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2 : 8  作者: 松浦アエト
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第13話 別視点 三者三様


◇◇◇◇◇◇ ≪ 有原涼子 ≫



「私、あの人と話してみたい」

「……ええ!?」


 親友、立川都がまたおかしな事を言い出した。

 彼女とはこの栗原の基地で、十二の頃に出会って以来ほとんど行動を共にしている。

 親友、戦友、好敵手、仲間。それら全ての関係に当てはまる。この荒んだ世界に、この子はなくてはならない存在になっていた。


 この子が変なのはいつもの事だったけれど、今回ばかりは嫌悪に顔を歪めずにはいられなかった。

 都の指は、基地内を馬鹿みたいに走っている男に対して向けられていた。その男は私も知っている。いや、この基地で知らない人はいないだろう。


 辰巳宗一。軍部唯一の男。

 どうして今更? と誰もが思った事だろう。四年前の事件以来、軍部に男性は一人も入ってこなかったはずだ。それなのに何故? おまけに国枝基地長の厳命まで出ている。

 正直、私自身も興味があった。でもそれは、その辺の野次馬と変わらない些細な好奇心だった。直接関わりたいなどとは露ほども思っていない。

 何故なら、私は男という存在を認めていないのだから。


 私はこの時代では珍しくもない、人工授精の生まれだ。父親は誰か知らないし、知りたいとも思っていない。

 唯一の家族である母は極度の男性嫌いだった。その理由は知らないし、やはり知りたいとは思わなかった。只、それはそうである。そうでなくてはならない。そうであるはずだ。と、そんな風に毎日、私に男という存在の醜悪さを語った。幼い頃の私が、母の言葉に疑問を抱くなんてあり得なかった。


 そして、外部から入ってくる情報も全て、母の言葉を裏付けるものだった。

 ニュースで報道される男達は平和な町を蹂躙し、殺戮を繰り返していた。新聞のコラムでは理路整然と男性不要論が書き連ねてあった。近所の男性が、婦女暴行の容疑で捕まった事もあった。 

 そして私自身が男と初めて接した時の事である。男は私に脅えるような目を向け、嫌悪に顔を歪ませ、逃げるように立ち去っていった。私は唖然とするしかなかった。だって私は何もしていないのに、幼くて何の力もなかったのに、男は魔物を畏怖するかのごとく私を恐れたのだ。


 それを見て思った。やはり母さんは間違っていなかったのだと。



 ――――。



 成長した私は母の反対を押し切り、軍に入隊した。

 戦場で初めて男を殺した時、幼少より燻っていた義憤は解消されるどころか増すばかりだった。そして気付いた。操作されている男だろうが、その辺にいる男だろうが、私には何一つ変わらないことを。何一つ変わらず殺せることを。


 どうして男は人間のカテゴリーに入っているんだろう?

 どうして人間は男に頼らないと繁殖できないんだろう?

 そんな風にいつも思っていた。


 そんな男嫌いな私が、都の頼みで辰巳宗一に話し掛ける事になったのである。実は都は人見知りなんだ。いや、人見知りというよりも、人間嫌いと言っていい。

 そんな都が興味を持つ男に、私の好奇心は幾分上積みされた。これが他の人間の頼みなら、確実に断わっている所だろう。


「あんたが辰巳宗一ね?」


 転ばしてやった辰巳は、息を切らしながらこっちを見上げている。その男の目は、今まで見てきたものとはどこか違っていた。

 怯えもない、焦りもない、嫌がる風でもない。私という女を真っ直ぐ見ている。そこには上も下も何もなく、一人の人間を対等に見ていた。そして起き上がった辰巳の偉そうな口調。

 私は生まれて初めて会った男に驚きつつ、不覚にも面白い奴、なんて思ってしまっていた。



 ――――。



「有原、ちょっといいか?」

「なに? って痛い、痛い! だから! 用がある度に髪を引っ張るな!」

「いやーなんか引っ張りたくなるんだよな、そのしっぽ」

「しっぽ言うな、もぅ……痛いっつの」


 なんの因果か。私は今、男の護衛なんて事をしている。

 あれ以来、以前より男に対しての嫌悪感は薄れている……ような気がするけど、ハッキリとは分からない。もしかすると、それは宗一に対してだけなのかもしれない。

 今でも宗一以外の男に対し、苦痛を与える事に躊躇しないように思う。そしてやはり、私に罪悪感は生まれないのだろう。


 あの時、宗一が見せた涙の意味。それが判るまで、宗一の傍に居てみたいと思う。

 それは迫害して来た男性への贖罪になるんだろうか? 罪悪感も感じていない私が? この積み重ねてきた憎悪はどうするの? 私のやっていることは、只のエゴなのかもしれない。


 ああ、何だかよく分かんないな。もう考えるのが面倒だ。とりあえず、今の状態は悪くない。悪くないと思う私がいるんだ。だから私は、私がやりたいように男の護衛でも何でもやればいい。


 きっと母さんは、許してくれないだろうけどね。



◇◇◇◇◇◇ ≪ 立川都 ≫



「ふぅ……」


 早朝。私は兵舎の自室で物思いに耽っていた。


 私の心には『壁』がある。その壁の内と外では、私の中では天地ほどの違いがあった。壁の外の人間は、生きようが死のうがどうでもいい。いや、むしろ死んで欲しいとさえ感じているくらいだ。


 壁の内には、二種類の性質がある。

 自分の命を捧げてもいい程の相手と、好意を持つ相手。前者に属するのは、親友の有原涼子と家族。後者に属するのは、縁さんや国枝基地長、レイストローム基地長、ここでお世話になってる人達。

 そして最近、後者に加わった、辰巳宗一という男。


 男性がこの中に入ってくるのは、家族以外では彼が初めてだった。

 私の家庭は夫一人、妻三人の一夫多妻で、この時代では認められているものの珍しいものだ。私はこの中で気を許していたのは父だけだった。

 実母を含め、家庭内はいつもギスギスしていた。女の権力争い、縄張り争い、父への誹謗、中傷、暴力。それらの繰り返しの毎日だった。しかしそれも当然、もともと一夫多妻の価値観に合わない国柄なのだ。


 私が腹違いの兄弟と遊べば叱られた。私と食事を取るのは押し黙った実母のみだった。私が話をしていいのは実母と父だけだった。私が父に可愛がられると実母は喜んだ。そしてその度に母達の衝突が繰り返された。

 私がその劣悪な家庭環境の中で休まるのは、父といる時だけだった。父はこの家庭内で唯一人、普通に接してくれたのだ。普通に遊んでくれたし、普通に手を繋いでくれたし、普通に談笑しながらご飯を一緒に食べてくれた。

 何故か決まった曜日にしか会えなかったが、私はそれでも構わなかった。そして気付けば、心の中に『壁』ができていて、私は毎日こう思うようになっていた。


 私と父以外、全員いなくなればこの家は平和なのに――。

 

 それが叶う前に父は逝去してしまい、それをきっかけにして軍に入隊した。別に何でも良かったんだとと思う。あの家庭に身を置かずに済むのなら。



 ――――。



「はじめまして、辰巳さん」


 涼子ちゃんに頼み込んで、辰巳宗一を連れてきてもらった。人見知りな私は平静を装いながら、内心ではかなり緊張していた。


 彼に興味を持ったのは、単純に好奇心だった。なんで軍部に男なんだろうと。

 私から頼んだものの、涼子ちゃんの性格上、彼を殴って失敗に終わるだろうと思っていた。しかし予想外にも、涼子ちゃんがなにやら苦戦している。その様がおかしくて、涼子ちゃんにさらに強くお願いする事にした。


 初めて会ったはずの辰巳宗一は、私のパーソナルスペースに軽々と侵入してくる。彼には男特有の、女に媚びた態度が全く見当たらない。嫌悪している訳でもない。

 彼があまりに普通すぎて、私は人見知りする暇もなく会話を紡いでいた。

 慣れるとすぐ悪戯したくなる私は、反応が見たいが為に告白してみた。でも断られた。頷かれていたら少し困るところだった。


 彼と話していると、胸中に一つの思いが湧き上がる。この人なら、父のように母達に脅えず、媚びずに、暖かい家庭が築けたのだろうか。

 それから一週間ほど話をした時点で、彼はもう壁の内側に入っていたと思う。

 こんなに態度の大きい男は初めてだったけれど、特に嫌な気にはならない。似ても似つかない両者であるけど、私は彼と父を重ねているのかもしれない。その普通さは、私にとって心地よかった。


 しかしある時、彼は普通じゃなくなった。私にとってなんの価値もない人間の痛みに激怒した。

 理性を失った彼に殺されかけた事より、拒絶された事のほうが私にはショックだった。

 今まで壁の内側の人に、あれだけ明確な敵意を持たれたのは初めてだった。もしかして私は、自分に都合のいい人間だけを寄せ集めていただけなのかもしれない。


 私は彼を繋ぎ止めるのに必死だった。護衛という役職に就き、傍にいる理由はできたけど、彼はまだ心を許してくれている訳じゃなさそうだ。

 護衛に就く条件として、彼から無関係の人への迫害を堅く止められた。不思議そうに確認してくる彼には申し訳なかったが、未だに私はその手の罪悪を感じないだろう。その旨を正直に告白すると、彼は特に責めたりもしてこなかった。

 その時の彼の表情が、少しだけ私の胸にしこりを残す。両者の溝は決定的なものだと。


 彼はもう私の壁の内側。でも私は、彼の壁の外側。

 私は『彼の中の私』を内側に入れたいという、初めての感情が湧き上がった。今まで私の壁の内側に入れる人は、例外なく私に対して好意や、それに准ずるものを持ってくれている人だったから。


 ふと時計を見ると、そろそろ講義が始まる時間になっていた。宗一さんの護衛に行かないといけない。考えるのを中断して、出かける準備をする。


 嫌われていても、それでも近づきたい。この感情が何なのか分からないけれど、私は今こうしたいと強く思っている。『彼の中の私』を『壁』の内側に。

 

 だから宗一さん。私は今日も言いましょう。


「私とお付き合い、して頂けませんか?」




◇◇◇◇◇◇ ≪ 井上縁 ≫



 見慣れた後姿が目に留まる。

 宗一君が講義を終え、次の教室に移動しているようだ。その傍らには、最近護衛になった涼子ちゃんと都ちゃんがいた。


 私が受ける講義はもう限定されていて少ない。だから学校にもあまり来ることがなく、訓練主体の毎日だった。でもここ最近、彼の護衛でよく学校に来ていた私は、彼の隣にいない自分に少しだけの違和感を覚えた。


 仲良く(?)ギャーギャー騒いでるその姿を見て、子離れする時の親の気持ちはこんなものかと思い、少しだけ苦笑いをこぼす。

 最初は指令だった護衛も、今では私の生活の一部になっている。それが証拠に、彼と会わない日は、なにか物足りない気分になってしまう。


 私は人工授精の出生だ。母もいなく施設で育った。

 私にはフェイズ能力者の素養があったようで、十歳の頃、施設にやってきた人達に軍に入るよう言われた。施設にいる子供は、元々その目的で作られた子達だったので、特に驚きはしなかった。

 ああ、私の番が来たか。その程度の感想だった。

 実験的な施設だったので、全員が全員そうなるわけではないけれど、どうやら私は選ばれたようだ。その時に国枝基地長に出会い、その堂々とした振る舞いに強く惹かれたのを覚えている。

 私もこんな風になりたい、なんて。

 

 その施設には女子しかいなく、そこで育った私は男というものがどんな存在か知らなかった。

 物心つくまで、存在すら認知していなかったと言っていいと思う。そして軍に入隊後も、男のいない部隊だったので、触れ合う機会は一度もなかった。そんな私に、意外な指令が来る事になる。


「あの男の監視と護衛を頼む」

「お願いね、縁」


 姉のように慕っている基地長二人にそう言われる。

 男嫌いではない私だからこその指令みたいだけれど、好き嫌いの次元ではなく、知らないが正解だった。しかし以前から興味だけはあった。

 今の時代、卑下され敵視され続けている男はどんな存在なのか。カーズに操作されていない男は女とどう誓うのか。

 私は自分の目で見たものしか信じない。そんな性格も後押しした。


 私は彼の眠っている姿をしげしげと見下ろす。こんなに男を間近で見るのは初めてだった。

 目覚めた彼は変な事を口走る。でも変なところはそれだけで、それ以外は普通の人間だった。

 想像していた性差はあまり感じられなく、少しだけ女性よりぶっきらぼうだけど、私をかばってくれたり優しい所があるのも窺えた。

 世間では卑下の対象でしかない男は、私の中で初めて人間になる。


 私は性差を超えた信頼を、彼と築けていると思っていた。彼が笑うと嬉しいし、私の笑顔で彼も嬉しそうだ。その心地良い距離感がずっと続くと思っていた。でも、その認識は少し違っていた。

 彼に手を握られた時、告白の練習をした時、体が接触した時、女性同士ではありえない感情が湧き上がる。初めての感情の暴風に、私はどうしていいかわからなくなってしまった。

 それこそが明確な性差の証明だと思い知る。自分が女性であるという事をもっとも確認できる瞬間だった。


 そして彼は、凄い才能の持ち主だ。平均二年のフェイズ2到達を、僅か二ヶ月で成し得てしまった。

 以前、教室で彼が暴走しかけた時、肉体強化を行使せず全力で殴ったら、私のほうがダメージを受けてしまった。つまり彼は、あの時点でフェイズ2に足を踏み入れていたのだ。

 その才能を自分の事のように嬉しく思った反面、少し怖かった。事の摂理を曲げたかのような急成長は、何時かどこかに異常となって現れてしまうだろう。


「縁ー」

「あら?」

「縁ちゃーん」


 廊下を曲がる際に気付いたのか、三人が笑顔で手を振ってくる。

 宗一君の隣にいる涼子ちゃんと都ちゃんは、学校や訓練をよく共にしている友人だ。彼女らの護衛は少し心配だったが(涼子ちゃんの男嫌いとか)、あの笑顔を見ているとそれも杞憂に終わりそうだ。


 皆が気付いてくれて笑顔で手を振ってくれた。それだけで、今日は頑張れそうな気がしてくる。

 私も手を振り返す。意識しなくても私の顔も笑っているはずだ。だってこんなに気持ちが軽い。

 私は次の護衛を心待ちにして、その場から立ち去った。


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