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2 : 8  作者: 松浦アエト
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第12話 干渉


「ちょっと、なんでここに居るの?」

「あれが辰巳宗一? ふ~ん」

「飯がまずくなった」

「フォーク投げつけてやろうかしら?」

「またレイストローム基地長と一緒にいるじゃん」


 現在、昼真っ盛り。俺は今、生徒が利用する大食堂に来ている。

 いつもは食堂ではなく、あまり人目につかない場所で昼食を済ませるのが俺のセオリーだ。何故なら……いや、もう説明はいらないと思うので省略させてもらう。その時は縁かその他二名が必ずいるが、今日はいない。


「ねぇねぇ。宗一君は何食べるのー?」

「……無事食べられたらなんでもいいです」


 アリサさんを誘ったのは俺だ。ちょっと聞きたい事があったので声を掛けたところ、「じゃあ食堂いきましょう。あっ、縁は遠慮してね。二人だけのヒ・ミ・ツ」とウインクしつつ、呆然とする縁を置き去りにして俺をここまで連行してきたのだ。


「レイストローム基地長、こちらどうぞ。……ちっ」

「あっ、ありがとー」


 頼まなくても席を確保してくれるアリサさん。舌打ちに関しては完全に俺用だったがスルーした。

 アリサさんと向かい合わせで着席。食堂のご飯は初めてで、実は少し楽しみだった。ちなみに俺のメニューはカレー、アリサさんはわかめうどんみたいだ。

 カレーリスペクトの俺は、スプーンでご飯とルーを6:4の絶妙のバランスで掬い取る。ふっ……完璧だ。


「宗一君ってホントにカレー好きねー」

「え? うまいじゃないすか」

「いやまぁ、そうだけど……。目、輝きすぎだよ」

「ははっ、アリサさんのマッドな科学者の目には敵いません、よ…………はあぁあ!?」

「ひっ! ……ど、どうしたの? 宗一君」


 話しながらカレー第一投目を口内に投擲した瞬間、俺に電流走る!

 心待ちにしていた、あの舌に刺す様な鋭い辛味が全くない。そう、このカレーは甘かったのだ。どのくらい甘いのかと言うと、某フランチャイズの甘口並に甘い。……許せねぇ。


 俺は荒々しく席を立ち上がり、厨房を親の仇のごとく睨みつける。その際、俺に野次馬心で注目していた視線は薙ぎ払われた。さっき舌打ちしていた子がビクッとして震えているのも見えた。でも今はそれどころじゃない。


「ちょ、ちょっと宗一君! なになに、なんなの!? 訳わかんないけど落ち着いて!」

「っくしょー……。止めないで下さいよ、アリサさん。このカレー甘いんすよ、しかも半端なく。……許せねぇ。許せねぇでしょ? これは」

「い、いや、許せる! 許せるから! だ、だから落ち着いて! ほら座って! こ、この……座れーーー!!」


 今にも仁義無き戦いを始めそうな俺。それを阻止しようと、服をぐいぐい引っ張ってくるアリサさん。

 くそう、ここはアリサさんの顔を立ててやるか。

 こういう公共の味付けでここまで甘いとか客舐めてるよなー、なんてブツブツ言いながら着席。カレーは備え付けの醤油でごまかす事にした。


「うっ……そ、それで。話って何?」


 真っ黒に染まっていくカレーに吐き気を催しながら、話を振ってくるアリサさん。

 そろそろ本題に進めよう。聞いていいのか少し躊躇しつつもアリサさんに問う。


「アリサさんは、フェイズ5なんですか?」

「……」


 西洋人とは思えない器用な箸使いを見せていた手が止まる。

 これは失敗したかという雰囲気になったが、それは一瞬だけだった。


「そうよ」


 アリサさんはいつもの笑顔を浮かべて答えてくれる。


「あの、なにかまずかったですか?」

「ううん、いずれ分かる事だしね。でも宗一君にはあまり知って欲しくなかったなーって」

「えっと……何故? と、訊いてもいいですか?」

「この話を続けていくとね、結末が予想できるの。その結末で宗一君が、その……ね?」

「ね? と言われても、さっぱりです」


 珍しく歯切れが悪いアリサさん。何か重い話かと予想したが、そんな感じではない。


「あー、もう! わかったわよ! 私はフェイズ5よ! 文句ある!?」

「ええー。それ、何ギレですか?」

「どうせ私の能力はどんなのですかー、とか聞くんでしょ? でしょ?」

「えと……嫌なら聞きませんが」

「えい」

「っ」


 アリサさんが唐突に向かい合わせの席から手を伸ばし、俺の額に当ててくる。

 子供の熱を計るように優しく添えられた手から、何かが流れ込んでくるのを感じる。


「何が見えた?」

「……紗枝さん」

「正解」

「え?」


 目を開けた状態からでも、直接、脳に視覚情報を叩き込まれたようにイメージを捉えた。いや、捉えさせられた?

 アリサさんは満足したように手を戻し、わかめうどんに取り掛かった。


「え……? 解説を所望したいのですが。うどん食ってないで」

「もう、わかったわよ。……干渉よ」

「それは、フェイズ3の事ですか?」

「そうよ。フェイズ3の干渉能力はむしろ人間に使う方が汎用性が高いの。武器を分かりやすく強化するのもありだけど、それは戦闘のみの話でしょ?」

「そりゃあ武器ですからね」

「人間に直接使うと武器にもなるし、医療にも使えるの。例えば今、私は宗一君を殺せてたし、逆に疲れを取ることもできたわ。あっ、精神的にね」

「えええええ!?」


 わかめうどんと醤油カレーを食ってる平和な昼の光景の筈が、俺はいつの間にか死の淵にいた。


「まぁフェイズ3じゃ医療なんて器用な事はできないけどね。せいぜい破壊に使えるくらい」

「それは精神にですか?」

「いいえ。肉体も破壊できるわ。頚動脈とか急所とか、血流を過剰に促進させて破裂させてやればいいのよ。その為には触れないといけないけど。相手の防御力が高い時は有効な手段ね。……ん? どうしたの?」

「い、いえ……」


 少し腰が引けてしまった。男ならわかってくれるであろう。


「それじゃあ触れば無敵じゃないですか」

「いいえ。同じだけの干渉力をぶつければ相殺されるわ。だから戦闘には相性が重要になるの。干渉に対する防御力が皆無のフェイズ2は、フェイズ3が天敵になるわ」

「両方強いと無敵になるんですね」

「そうでもないけど……。まぁその場合は有利と言えるわね。でも大体は強化が得意だと干渉は苦手、その逆もしかりって所よ」


 なるほどなるほど。

 強化も干渉も鍛えれば鍛えるほど強くなると思っていたけれど、そう単純な話ではないようだ。

 聞いている限り、得手不得手を努力で補うのは難しそうだ。 


「……じゃあ、アリサさんの能力は?」

「簡単に言えば治癒ね」

「触れば完全回復みたいな?」

「そんな神懸りなことできるわけないでしょ。回復力の促進、精神崩壊からの回復、脳機能の正常化、臓器機能の正常化、接合手術、等など。いろんな応用ができるわよ。ただし、相応の医学知識が無いと無理よ」


 いや十分神懸りなレベルに聞こえるんですけど?

 道具なしで外科手術から精神科まで、幅広い医療行為が可能と言っている。特に、他者の精神に干渉して回復させるなんて、恐ろしい程の繊細さが要求されそうだ。

 これがアリサさんのフェイズ5の能力なのか。


「ん? ……そういえば」

「……」


 まだ話が終わってないのに、アリサさんは素知らぬ顔でうどんを啜りだす。俺は俺で、今までの事を思い返していた。


 俺がこの基地で目を覚ました時、アリサさんはまずどこを触った? フェイズ1に到達した時も、フォローすると言って隣に寄り添っていた。その後、立てないほど疲弊していた事も覚えている。

 フェイズ1を掌握した時も、俺が気絶する前はどこを触っていた? 無茶してフェイズ2にした後も、俺が目覚めた時アリサさんの顔色は悪かった。それに脳波が停止していた筈の俺に、後遺症が全くない。十日間付きっきりで看病? いや、少し違う。……何かをしていた?


「まさか……」


 床に視線を這わせているアリサさんの頬が少しだけ朱に染まっている。その表情を見て得心した。要するに、この人は恥ずかしいんだ。

 いつも天真爛漫に振る舞っているけど、内面はその辺の女の子のように照れ屋で繊細なのかもしれない。今更、真剣にお礼を言われるのがくすぐったい。そんな感じなんだろう。だから俺に能力を知られたくなかった。


「……くっく」

「な、なによ……?」

「いえ、なんでも。うどんのびますよ? ……くく」

「ぬ……くっ。……わ、分かってるわよ! あー、わかめっておいしいわねー」


 この人は鋭い。俺の含み笑いで全てを悟ったんだろう。顔が真っ赤になっている。

 そして、この結末は彼女の予想通りだったんだろう。俺がここで礼を言わない事も。この恥ずかしく居たたまれない空気の中、この話は終息していく事も。

 でも、俺はここで終わらす気はなかった。いつかこの大きすぎる感謝の気持ちを、彼女に伝えなければいけない。絶対に。


「……ふふ」

「何がおかしいの? バカじゃないの? バカじゃないの? ……バカじゃないの?」


 三回も言われた。でも全然効きませんよ、アリサさん。

 そして、俺にはもうひとつ気になる事があった。拗ねているので答えてくれないかもしれないが、ダメ元で聞いてみる。


「アリサさんはその、強くはないんですか?」

「そうよ。か弱くて可愛らしい女の子だけど、文句あるの?」

「いえ、あの。そういう意味じゃないんですが……。可愛らしいには同意します」


 これはダメそうだと思ったので、箸を持っていることにはつっこまず、無難に褒めておいた。するとそれが功を奏したようで、態度が幾分、軟化してくれた。この人も結構単純だ。


「私の身体能力や五感は、遺伝子操作以前のレベルまで落ちてるわ。フェイズ2のように自己の強化もできない。つまり常人レベルってわけ」

「でもフェイズは5なんでしょ?」

「……ふぅ」


 アリサさんはうどんの汁を飲み干し、ハンカチで口を拭った。そして少し真面目な表情を俺に向ける。


「宗一君。なんで『レベル』じゃなく『フェイズ』なのか、考えた事はない?」

「え? いえ、それほど深くは」

「レベルは次元、水準、力量なんかを指す言葉よね。能力アップを辿るフェイズにおいて、意味は同じだと思わない?」

「フェイズは違うんですか?」

「フェイズは段階という意味だけれど、決定的に違う点がある」

「違う点?」

「ええ。フェイズを進めて新しい能力を得ると、失う能力がある。そしてそれは取り戻せないわ。人が過去に戻れないようにね」

「それがアリサさんの場合……身体能力や五感だった?」

「そうよ。私もフェイズ3くらいまでは常人より遥かに上だったんだけどね。他にも似た能力者はいるけど、フェイズ4でやっと外科治療。フェイズ5の精神治療は世界で5人もいないわ」


 フェイズ3。つまり干渉能力を得てから、アリサさんの能力はひとつの方向性を持った。

 その能力特化の代償に、その他全ての能力を失ったということだ。積み上げた物を失わないレベルとは異なっている。


「まぁ分かりやすい例を出すと、恐竜は空を飛ぶ為にどうしたと思う?」

「翼を生やしました」

「それだけで飛べるかしら?」

「……体重を軽くしました」

「他には?」

「え、他……? ……分かりません」

「翼の操作の仕方を学んだ。つまり少し賢くなった。その結果、地上にいる恐竜には空というアドバンテージができた。でも同じ地上という土俵なら、どっちが強いか言うまでもないわね?」

「……そして翼を得た恐竜は、もう地上には戻れない。戻る為には違う過程を歩まなければいけない?」

「その通り。よくできました」


 よしよしと俺の頭を撫でてくるアリサさん。

 その手は大変気持ちよかったが、俺にはひとつの結論を飲み込むので頭が一杯だった。


「つまり、フェイズは」

「そう。フェイズとはつまり…………人間の『進化』」


 俺はその言葉に戦慄せざるを得なかった。

 進化とは、長い年月を経る事で、種の多様化と自然環境への適応による形態・機能・行動などの変化の事を指す言葉だ。しかしフェイズは人為的に遺伝子に介入し、本来とは比較にならない短時間でその現象を促進させる行為に他ならない。

 チャールズ・ダーウィンが唱えた進化論である自然選択説とは真逆の摂理。人為的に引き起こされた『進化』は神をも恐れぬ所業と言える。


「宗一君?」

「……」


 その過程で能力を得た人間は何を失っていくんだろう? 人間であると一目で判断できる形態は保ち続けれるのだろうか? 五感の何かが失われる事はないんだろうか? 理性的に思考し、人間らしい生活を営む事ができるんだろうか? そしてその終着点は一体どこなんだろう?


「あ……」


 俯いて考えていると、柔らかな感触がした。

 顔を上げた先には、慈しむような微笑みを浮かべたアリサさんが、俺の額に手を伸ばしているのが見える。その映像を一瞬だけ捉えた後、俺は目を閉じた。

 その行動の意味は自分でもよくわからなかったが、アリサさんのイメージを一番感じ取るにはこの方法が最適だと思えた。


 視覚を遮断し、意識を集中する。

 周りの喧噪がボリュームを絞ったように静まっていく。


 静寂な闇であるはずの意識の深淵は、母親に抱かれているような安心感に包まれていた。アリサさんの思いを感覚器官全てで感じ取る事ができる。そして、イメージだけであるはずの干渉にも関わらず、俺には確かに聞こえた気がした。


『私はここにいる』


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