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2 : 8  作者: 松浦アエト
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第10話 対話


「……ん? ……あ、アリサさん? ……ひいぃ!」


 目が覚めると、天使と鬼が居た。

 その鬼から逃げようと、反射的にベッドの逆側に避難しようとする俺。しかし強烈な眩暈に襲われ、ベッドから転げ落ちそうになる。


「っと」


 それを受け止めてくれたのは縁だった。

 起き抜けのせいか、気分が最悪だ。縁に抱きつくような体勢のまま動けなくなってしまう。ぼんやりした視界で右手を見ると、包帯でこれでもかとグルグル巻きにされていた。


「大丈夫ですか?」


 俺の肩に顔を埋めている縁から、少しの震えが伝わってくる。


「宗一、人の顔を見て逃げるとは……どういう事だ?」

「いえ、その……。寝起きにはちょっと刺激的だったので」


 縁に抱きついたまま癒しパワーを充填することにする。

 後ろの鬼は今の俺にはきつい。


「あ、あの。……宗一君?」


 縁が胸元でモゾモゾしだす。

 そろそろ離してくれというサインなんだろうが、こんなチャンスは滅多にない。気分の悪い振りをしてもう少し堪能しよう。ついでにギュッとして首筋に顔を埋めてみる。


「ひっ、ひゃ、ひゃああああああああああ!?」

「……おい、宗一」

「ち、ちょっと宗一君!」


 やばい、やりすぎた。縁さん大テンパイ。そして後ろが怖い。振り返ったら死ぬる。

 思い残す事がないようそのまま縁を愛でていたら、後ろ頭をガシッと鷲づかみにされた。


「宗一、死にたいようだな」


 振り返らなくても死ぬる。

 俺は恐怖しながらも、三人に心配を掛けた謝罪と、お世話になった礼を伝える事にした。



◇◇◇◇◇◇



「で、なんでお前らここにいんの?」

「……」


 俺の問い掛けに、正面の椅子に座っている有原と立川は、黙ってこちらを見るばかりだ。

 俺が目覚めたのは、あの事件から十日後のことだった。おっちゃんは病院で治療を受けて、既に退院したようだ。

 意識を失った俺と立川、そしておっちゃんを、有原が抱えて病院まで運んだらしく、そこをアリサさんに目撃され、自動的に紗枝さんまで情報が伝わった、という経緯なわけだが……。


 今、俺の病室には紗枝さん、有原、立川の三人。

 どういうわけか、二人が俺の見舞いに来たのだ。そしてそれに立ち会う紗枝さんという図になっている。


「事情はわかっている。お前ら、謝罪しろ。宗一もだ」

「はぁ! 何言ってんの紗枝さん!?」

「何か不服か?」

「当たり前じゃん! なんでこいつらに謝るんだよ!」

「命令だ」

「……そんなもん、聞けねーな」

「ほう、いい度胸だな。今度は私と戦りたいのか?」

「さ、紗枝さんが、……ひ、ひ、退かない……なら……」


 やべぇ、俺死んだかもしれん。しかし、ここは退けない。

 有原と立川はビクビクしながら肩を寄せ合い、合掌モードに移行している。どうやら見捨てられたようだ。


「……ふっ、わかったよ。お前達で話し合え」

「い、いや、別にいいっすよ。話す事なんかないし」


 むしろ話したくもない。


「あのな、宗一。相手に非があるとはいえ、お前は立川を殺す所だったんだぞ? 私はその事を謝れと言ったんだ」

「う……」


 途切れ途切れになっているものの、ほんの少しだけ記憶の残留がある。

 フェイズ2に侵食されてしまったとはいえ、はっきり言ってやりすぎだ。あの時の衝動は抵抗できるような生易しいものではなかった。もう少しで殺人を犯していたかもしれない自分に恐怖を覚える。

 その一点に関しては謝ってもいい……いや、謝らなければいけない。


「立川、その……悪かったな。怪我、大丈夫か?」

「いいえ。私、辰巳さんに謝ってもらう事などひとつもありません。あの時、辰巳さんのお気持ちを察する事のできなかった私が悪いんです。怪我は少し傷みますが問題ありません。お気になさらぬよう」

「いや、本当に悪かった。俺はもう少しでお前を………」

「方法はわかりませんが、フェイズ1になったばかりでフェイズ2にしたら、誰でもああなります。その原因を作ったのは私達ですし。それに辰巳さんは、最後は自分の意思で殺意を治めたと聞きました。尊敬に値します」

「……とにかく、すまん」


 立川は意外にも、俺に恨みなど持っていないような真摯な目で語る。紗枝さんがいるから猫を被っているのかと勘ぐったが、演技をしているようには見えない。

 俺のぶっきらぼうな謝罪が終わると、立川は隣に座っている不機嫌そうな有原を促した。

 二人は椅子から立ち上がり、少し前に進み出る。謝罪の言葉を述べるつもりなのだろう。


「いらない」

「え?」

「お前らの謝罪なんていらない。俺はやりすぎたと思ったから謝った。だがお前らは微塵も悪いと思っていないはずだ。紗枝さんに言わされてるだけの言葉なんていらない。それに、謝る相手が違う」

「あ、あの方にはもう謝罪しました! そ、それに、辰巳さんにはちゃんと悪いと思ってます!」

「おっちゃんには悪いと思ってないの?」

「うっ……そ、それは……」


 いつも動じる事がない立川が困っている。そんな必死な表情を見るのは初めてだった。


「で、では、どうすれば……許してもらえるのでしょう?」

「え? いや、許すとか許さないじゃなく、俺とお前らは……なんて言うか、多分一生分かり合えないと思うよ。だから俺の前に二度と現れないでくれたらそれでいいよ」

「……うぅ」


 そう。こいつらと分かり合うなんて無理だ。

 俺はあんな表情で無抵抗な人の腕を折ったりできない。思い出しただけで吐き気がする。


「た、辰巳。……その」


 有原が言い辛そうに口を開く。


「あの時、なんで……その……泣いてたの?」

「……お前に言っても、わかんねーよ」


 そう。絶対わからない。というか実際、自分でもよくわかってなかった。言葉にするのが難しい。でも断言できるのは、この二人には絶対わからないということだ。


「宗一……向こうが歩み寄ってるんだから、少しは受け止めろ」

「いや、でも……無理ですって」

「いいから話だけでもしろ。対話を切るという事は人との繋がりも切る事になる」

「わ、わかりましたよ」


 紗枝さんって結構お節介なんだろうか? 実に説教じみた言葉がスラスラ出てくる。

 しかし、その通り……だな。意思の疎通を放棄したらそこで終わり。こいつらとは一週間ばかりだが、普通に接していたんだ。分かり合えるなんて到底思えないが、少しだけこの対話を続けてもいいかもしれない。


「じゃあ、聞くけど。……立川」

「はい」

「正直に答えてくれると嬉しいが、お前は男性なら迫害しても良いと考えてるんだよな?」

「……いいえ、女性でもです」

「え?」

「私は自分の知人以外、つまり他人に苦痛を与える事をなんとも思わないんです。そこに性差はありません」

「つまり、お気に入りの人以外どうでもいいと?」

「はい。辰巳さんは入っていますのでご安心を」

「……嬉しくねぇ」


 何かこう、ある感情が欠落してるように思えるが、どうなんだろう?

 俺もニュースで聞く他人の死なんかに心は痛めないし、自分では直接殺せないかもしれない牛の肉とか食ってる。それを自分でやっても心が痛まないのが立川という女なんだ。極端だが、言ってる事はまさに人間だ。


「じゃあ、有原は? 完全に男嫌いだよな?」

「そ、そうよ。小さい頃からそう思ってきたから今更変えられないし、変える事もできそうにない。だから、殴ってもなんとも思わない、けど……」


 憮然と言う様が、言葉を続けるにつれて勢いを失くしていく。 


「あんたが泣いた時、あんたに都が殺されかけた時、自分の涙や、叫びが……空しく、なった。その……よく、わかんない、けど……っぅ……」


 状況を思い出しているのか、泣きそうになる有原。立川がよしよしと頭を撫でている。

 有原は喜怒哀楽の激しい純粋な子だ。それゆえ、幼い頃から男性嫌悪の影響を受け続けてしまったんだろう。それが当たり前、普通、常識。そういう感覚なんだ。

 今回の事で、有原自身が俺と重なってしまい、混乱しているんだろう。それを感じてくれるだけ、まだ救いがあると言えるが……。


「う~ん……」


 紗枝さんの言うとおり、話をしたらちょっと歩み寄ってしまった。流石、年の功。

 しかし同時に落とし所も見失ってしまった。お前らとなんか二度と会いたくない、と面と向かって言うのもどうかと思う。でも、これからは仲良くしようなんてのも無理っぽい。


「あの」

「……なんだ立川」

「先日も言いましたが、本当に私と付き合って貰えませんでしょうか?」

「はぁ!?」


 今度は紗枝さんまで被ってきた。


「……お断りします」

「何故ですか? 私、こんなに愛くるしいのに」

「だからうぜぇ!?」

「今回は引きませんよ。この前は冗談10%でしたが、今度は混じりっ気なしの本気です!」

「この前もほとんど本気じゃん!? てか、殺されかけた奴と交際とか何考えてんだよ!?」

「ですから、もう私の命は辰巳さんの物。それに私、あの一発で目覚めました」

「それってM的な何かじゃないの?」

「……えい」

「!?」


 立川がベッドで座っている俺の傍に来たかと思うと、俺の腕を取ってその微妙な大きさの胸を当ててきた。

 うおおおお! 胸、びみょー、ガックリ。

 微妙な大きさの胸なんかより、その……立川のサラサラの黒髪がまずい。信じれない程のいい匂い、きめ細かさ、滑らかさ。それが俺の頬にダイレクトに当たって……。色々とまずくなって……あっ、スリスリやめて。


「ふふふ、私の胸攻撃が効いてますね?」

「いや、それは違う」

「急に冷静!?」

「小さくはないんだが、立川にその技は無理だ。2レベル不足している」

「うぅ……。そ、宗一さん、ひどいですー……そんな真面目な顔で……」

「つーか離れろ! そんなんでごまかされるか! それと勝手に名前で呼ぶな!」

「効いてたように見えたけど?」

「気のせいだ。有原さん」


 なかなか目敏い有原。そう、効いた。いい匂いすぎた。

 怖い顔で静観していた紗枝さんが、やれやれ顔で割って入ってくる。


「有原と立川に言っておく。今回の件は軍の規律に抵触している行為であり、後にある程度の懲罰を言い渡す事になるだろう。それと今後、辰巳宗一に危害を加えた場合においては、規律に関係なく個人的にお前達を許さない。分かったか?」

「き、肝に銘じます」

「り、了解しました。国枝基地長」


 ちょ、おいぃ。あんたは俺の家族とか恋人なのかよ。個人的に許さないって、またあらぬ誤解を生むだろうが。ほら、二人の「どんな関係よ?」的な目がめちゃ痛い。

 それからしばしの沈黙が降りたが、それを切り裂いたのはまたしても立川だった。何かを発案したように、紗枝さんに話を切り出す。


「……そうだ。国枝基地長」

「なんだ。立川」

「不肖、この立川都。辰巳宗一さんの護衛就任希望の意を表します!」

「ええ!?」


 このこけし頭だけは読めない。まだそれ以前の話が終わっていない。仲直りの前に同棲しようとしてやがる。

 何故そんなに俺との関係を繋ぎとめようとするのか。その動機は一体何なんだ。


「国枝基地長! わ、私もやります!」

「あ、有原まで。あのな……」

「……いや、いいかも知れんな」

「ええ!? ついさっき警告した相手に護衛を任すなんて、紗枝さん本当にボケてませんかがぶぅ」

「縁がいない時もあるし。探してたんだが中々いなくてな」

「い、いやあああああああああああ! 考え直してえええええええええええええええええ!!」

「き、きもいぞ……。宗一」


 理不尽な暴力にもめげず、紗枝さんに泣きながら懇願したが、キモがられただけだった。

 俺は諦めきれず、紗枝さんに顔を寄せてヒソヒソ話しだす。


「お、俺が研究対象って機密なんでしょ?」

「ああ、それはもう言ってあるぞ」

「なにそれ!? なんたるアバウトな機密!」

「触りだけだ。少し特殊な遺伝子の持ち主だとな。過去だの樺太だのは話してない」

「そ、そうですか……」


 い、いや。納得してどうする。こいつらと一緒にいるのなんてごめんだ。


「と言う事で、宗一さん。これからもよろしくお願い致します」

「よろしくね。……そ、宗一」

「……」


 あれ? もう確定してしまっているっぽいぞ。話の展開の速さについて行けない。

 しかしここは断固拒否せねばなるまい。この二人といるとかどんな拷問だよ。


「そ、宗一」

「え?」


 頭の中で否定文を十数通りまで用意していたが、有原の襲来により言語化が困難になってしまう。


「じゃあ、その、行こう?」


 俺の手を取って促してくる。しかしその行動とは裏腹に、有原は嫌悪を必死で隠そうとしているような、何とも微妙な表情を浮かべている。

 そういえば、有原が能動的に触れてくるなんて初めての事だ。そんなに嫌なら無理するなよ。

 

「行くってどこへ?」

「あのおじさんの所。……その、約束だから。私が負けた時謝るって。あんたがいないと意味が無いし」

「いや、あれはお前が負けたとか、そういう話じゃないだろ?」


 そう言うと、有原は俯いてふるふると首を振る。

 何が言いたいんだろうな、こいつは。


「悪いと思ってないんだろ?」


 形だけの謝罪に何の意味が……。


「そうだね。……うん、今は。でも、あんたといると何か思うのかもしれない。感じるかもしれない。……違う、かな?」

「…………知らん」

「まぁなんでもいいじゃん、私がそうしたいんだから。ほら、早く!」


 俺の手を掴んで引っ張ってくる有原。満足そうな笑みを浮かべてその光景を見ている立川。

 色々納得できない事はあるが、これだけは言わせてもらおう。


「……勝手に、名前で呼ぶな」


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