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沈むシーツ

作者: GNIEBNAMUH

夜。静まり返った団地の一室に、微かな水音が響いていた。 「ぽたん、ぽたん……」


小学一年生のれんは、またしても目を覚ました。 股間に感じるひやりとした感触。 それは、彼にとってもう慣れた朝の合図だった。


「……また、やっちゃった」 蓮は泣きそうな顔で布団をめくり、濡れた寝間着とシーツを見下ろした。シーツから滴る水が床を濡らし、冷たく感じられた。 ベッドの下から、水の気配がする。


ふと、布団の隙間から、何かの「気配」を感じた。 誰かが、ベッドの下にいる?


———


「また?どうして寝る前にトイレ行かないの?」 朝、母の咲子は呆れた顔で言った。 「だから昨日、夜はお水控えなさいって言ったでしょう?」


蓮は何も言い返さず、ただ黙って朝食のパンをかじった。 父の裕介も新聞をめくりながら、「夜中に起きてるってことだろ。甘えてるんだよ」とぼそりと言った。


しかし蓮は、夜中に夢を見ていた。


夢の中、彼はどこか見知らぬプールに立っていた。 水面は鏡のように静かで、深く、暗かった。 誰かがそこから「手招き」していた。


「おいでよ、こっちにおいでよ」


———


「蓮、ベッドの下を覗いてたって?」 ある日、咲子が幼稚園の先生からそう聞かされた。


「最近、変なこと言うの。“床の下に誰かいる”って」 咲子は苦笑しながらも、家に帰るとそっと蓮に聞いた。


「ねえ蓮、最近怖い夢見てる?」 蓮はしばらく黙っていたが、ぽつりと答えた。


「水の中に、知らない子がいる。……でも、お父さんに似てるの」


———


裕介はその夜、自分の夢にうなされた。 それは、あの夏の日の記憶だった。


小学生の頃、弟と一緒に市民プールへ行った。弟は僕にそっくりで、よく間違えられた。 いつの間にか、弟がいなかった。 深いプールの底に、小さな体が沈んでいた。


裕介は気づくのが遅れた。 助けられなかった。 弟は死んだ。


その後、両親は離婚し、裕介はその「事件」を心の奥底に封じた。


———


蓮の様子がどんどんおかしくなっていった。 夜、布団の中でぶつぶつと何かを呟く。 朝になると、目に光がなかった。


ある日、咲子は洗面所の鏡の前でぎょっとした。


鏡に映る蓮の顔。 その背後に、もう一つの顔が浮かんでいた。 水にふやけ、青白く、目の焦点が合っていない子供の顔——それは、裕介の幼少時の顔に似ていた。


「それ、誰……?」


咲子は絶叫した。


———


「もう、蓮じゃない」


裕介は、そう呟いた。 蓮は、もう失われていた。


彼の中にいるのは、あの日、水底に沈んだ裕介の弟だった。 長い時を経て、水の底から戻ってきた。


沈むシーツ——そこは「境界」だった。


水と現実のあいだ。 夢と記憶のあいだ。 そして、命と死のあいだ。


静かに水音が響く。 「ぽたん、ぽたん……」


———終

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