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第4話

 その日の夕刻。帰宅のため住宅街を歩いていた紫は、道行く人々が怪訝な視線を送るほどふらふらと危なげに歩いている人物を見かけた。

「星君」

「フぁっ! お姉さま! おかえりなさい」

 紫の声に反応したその少女は、ピっと姿勢を正したものの、――やつれている。

 一目でそうわかるほど、目の下にはうっすらとクマが浮かんでおり、顔色も芳しくない。

「具合、悪そうだね。家まで送ろうか?」

「う゛ッ」」

 星は胸のあたりを押さえてしゃがみこんだ。

「大、丈夫?」

「お姉さまのジェントルっぷりに動悸が……」

 そのとき、スパァンと星の髪の後ろから飛び出てきたニノマエが星の頭をはたいた。

「ふざけてねえでとっとと寝ろっつてんだよ馬鹿アカリ!」

 ニノマエがずい、と前に出て紫に言う。

「ムラサキ、こいつの家ちょっと遠いからお前の部屋で少し仮眠とらせてやってくれねえか。ほとんど寝てねえんだ」

 ニノマエの進言に星が「ちょ」と止める間もなく

「構わないよ。行こう」

 紫が星の手をとり、半ば引っ張って歩き始めたものだから、星のいつものかしましさは鳴りを潜めてしまった。


「コート、預かるよ。20時前になったら起こしに来るから、ベッド、好きに使って。私はリビングにいるね」

 星のコートをハンガーにかけ、素早くベッドメイクをする紫を前に、星は「え、え、え」と同じ言葉しか紡げない壊れたロボットのようになっていた。

「あとちょうど今日草津君からたくさんお菓子をもらったから、よかったら食べてね。ここに置いておくから」

 紫は菓子折りの箱を開けて、部屋の真ん中に置いてすんなりと部屋から出て行った。

「……むり、むりむりむりむりですわ! お姉さまの神聖なる寝所を私が使って汚すなどッ」

 星が頭を抱えていると

「昨日ベッドの匂い嗅ごうとしてたのどこのどいつだよ」

「空気をおすそ分けいただくのと物を使わせていただくのは別物なのですわッ! それはそれとしてそこの無駄に豪華な菓子折りはなんなんですの! 私だってお姉さまにとっておきのお店の美味しいお菓子お渡ししたいのにぃーーーーグギギ!!」

「とっとと寝ろや!」

 ニノマエが星の後頭部を思い切り張り倒し、そのはずみで星はベッドに突っ伏すことになった。

「………………てん、ごく」

 久方ぶりのシーツに包まれて、疲労がピークを迎えていた星の意識が落ちるのに3秒もかからなかった。

「だから逝き過ぎだろ」

 呆れて溜息をつきながらも、ニノマエは星に掛け布団をかけてやる。

 部屋の時計を見ると、まだ17時。あと2時間と少しは睡眠を取れるだろう。

 ニノマエは音を立てぬよう、そっと紫の部屋を出た。


 リビングでは、紫が飲み物を淹れようとしているところだった。階下に降りてきたニノマエに彼女はすぐ気づく。

「彼女、眠れそう?」

「もう寝た」

 これには紫も驚いたようで、少し目を丸くしていた。ニノマエが昨日と同じ位置を陣取ってテーブルの上に座ると、紫がコーヒーを差し出す。

「随分疲れてるね」

「まあな。あいつ、もともとブレーキ壊れてるから」

「……もしかして、寝ずに探してるの? あの白いバクを]

 紫の問いに、ニノマエはどうしたものかと頭をかいた。

「……探してるっていうか、……隠しててもしょうがねえか。あいつは今お前のためにたくさんのバクと戦ってるんだ」

「たくさん?」

「言っただろ。お前はこれまで何度もバクに夢を食われて殺されてるって。アカリは今、おれの力を使って時代を遡り、過去にお前の夢を食ったバクをひとつずつ倒している途中なんだ」

「……どうして?」

「お前の夢を食ったバクを倒せば、夢の力はお前に還るはずなんだ。そうすれば、お前は悪逆の女神の呪いを自分の力で断つことが」

「ごめんニノマエ。違う」

 言葉をさえぎられたニノマエはなにが、と首を傾げた。

「どうしてって訊いたのは、そうじゃなくて。星君はどうしてそこまでしてくれるのかな」

 ニノマエにもし眉毛があれば、冗談めかして大きくひそめていただろう。

「どうしてってそりゃあ……」

「5回前の世の私が彼女にとって大切な人だったのはわかってる。けど今の私は、5回前の私とは別人だもの。そこまでしてもらう理由がない」

 それはそう。本当に彼女の言う通りだと、ニノマエも思う。

 思ったが

「それ、アカリの前では言わないでくれるか」

 口をついて出たのは、そんな言葉だった。

「……いや、悪い。忘れてくれ」

 ニノマエが前言を撤回すると、紫も首を振った。

「ううん。ごめんね。君の言う通り、私はきっと空っぽなんだろうね」

 紫の言葉に、ニノマエは肯定も否定もできなかった。

 星はすでに、全数のうち半分のバクを倒したはずだ。けれど、相変わらずこの少女に夢の力が戻っているような片鱗は窺えない。

 強いて、些細な変化を挙げるなら。

 最初に会った日に比べると、少しだけ感情表現がわかりやすくなった、ぐらいか。

 この変化が仮に成果だとしても、それではあまりにも些細すぎるのだ。彼女には神殺しの力を取り戻してもらわなければ意味がないのだから。

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