後日譚6 ニノマエとサンノミヤ1
『『サンノミヤ!?』』
スマートフォン越しに、愚兄ニノマエとその主人アカリがわたしの姿を見て目を丸くしていた。
「今日突然現れたから私もびっくりしたんだけど。でもニノマエそっくりでとても可愛いよ」
ムラサキはそう言って、わたしの手を指で優しく握り、画面の向こうに手を振った。
『アーーーーそのお姉さまの動作がかわいい、●RECですわ●REC……じゃない! そんなッニノマエの妹とはいえお姉さまと同じ屋根の下で過ごすとか嫉妬嫉妬嫉妬しかないですわ』
嫉妬という言葉を3回言う必要はあったのでしょうか。相変わらずアカリは喧しいですね。
「貴女とニノマエもずっと一緒に生活しているでしょう。それにニノマエの記憶、記録は午前0時にわたしに同期されます。逆もしかりでわたしの記憶、記録はニノマエにも同期されるのです。この上なく公平です」
『どこがどう公平なのかよく分からないですがつまりお姉さまは今夜何を食べて何時に眠りましたかと明日ニノマエに聞けばなんでも分かるってことですの⁉』
『ストーカー規制法に抵触するからやめろ!』
そんなふたりのやりとりを見て、ムラサキはにこにこと笑っていた。
あの悪逆の女神を屠った神殺しのムラサキ。ニノマエの記録でわたしもその功績は認識している。女神様も仰っていたが、そもそも人間の身でそこまでの神通力を持つなど本来はあり得ぬこと。彼女は実に惑星単位で稀有な存在。それがあのかしましい娘ひとりのために、こんな辺鄙な島国の、こんな薄汚れた街の小さな居室に収まって生活していること自体不釣り合いだとわたしは思うのですが、愚兄ニノマエはどう思っているのでしょう。記憶・記録の同期では彼の主観までは測れないので、明日にでも直接確かめてみるとしましょう。
22時15分、毎日行っているという定時通話を終えてムラサキはスマホをベッドの枕元に置いた。
「少し早いけど、明日に備えて今日はもう休もうと思うんだ。君はどこで寝る?」
「わたしはどこに置いてもらっても構いません。ニノマエはどうやら寝食の快楽を覚えて女神様の神聖な道具であることをすっかり忘れているようですが、本来わたしたちには睡眠も食事も必要なく、それらに頓着する必要もないのですから」
するとムラサキは「え、じゃあ……」と、遠慮がちにある提案を持ち出した。
「…………」
「ごめんね。前から一度抱っこして寝てみたかったんだ、君たちみたいなテディベア」
わたしはなぜか、仰向けになって眠るムラサキの、掛け布団の上で律儀に組まれた両の掌に包まれていた。
「苦しかったらいつでも抜けていいからね」
「はあ」
まさかこんな提案をされるとは思っていなかったわたしは、そんな間の抜けた返事しかできなかった。
「わたしは別に構わないのですが、その枕元にある白いモフモフのほうが抱き心地がいいのでは?」
「あ、おたまちゃんね。おたまちゃんはバッテリーとモーターに寿命があるから、できるだけ長生きしてほしくて稼働時間を少なくしたいんだ。それに君の毛並みもとってもサラサラで心地良いよ」
そう言って、ムラサキはわたしの頭を指で撫でる。少しくすぐったいけれど、彼女の指使いはそれはそれはとても優しくて、これはなかなか……、悪くはない。
そもそも我々は女神様の趣向でいわゆるテディベアの形をとっているけれど、愛玩されたことはないのでなんだか面はゆい。
「星とニノマエもいつも一緒に寝てるのかな」
「0時を過ぎて同期すればわかりますけど、教えましょうか?」
「あっ、ううん、大丈夫。おやすみ」
知りたいのなら教えるのに。奥ゆかしいんですね、ムラサキは。
◇ ◇ ◇
「連日お姉さまとお会いしているのにまさかの放課後デート、私幸せ過ぎて罰が当たりそうですわ~」
サンノミヤが紫の前に現れた次の日である月曜日。
サンノミヤの申し出により、急遽それは開催された。場所は先日星と紫が偶然遭遇した例の喫茶店だ。平日月曜日の夕方は特に客が少ないので人目もまったく気にならない。
「てかお前1日で滅茶苦茶懐いてね?」
テーブルの上に座ったニノマエが、紫の両掌の上に満足げに座るサンノミヤを凝視する。
「懐いているとは? 単に彼女の掌の上の座り心地が良いだけです」
「私もフワフワで癒されるからウィンウィンというか」
ね~、といわんばかりに紫とサンノミヤは目線を合わせてにっこりと笑う。
「あのう!」
星が勢いよく手を挙げた。
「写真撮ってもよろしいですか!? 撮りますね、はい目線くださ~い! あーかわいい可愛いかわいいですわ~~~~! お姉さまがぬいと一緒にいる姿を撮れるなんて夢みたいですわ~~~~~!!」
スマホで紫とサンノミヤを連写し始める星に、ニノマエは溜息をつく。
「サンノミヤ、本題に入れよ。お前が呼び出したんだろ」
「本題というか。そもそもあなたがムラサキのマンションの部屋の鍵に変身したことがことの発端じゃないですか。多少のあれでしたら女神様もお許しくださいますけど住居侵入につながる鍵は完全にアウトです。申し開きはありますか?」
ニノマエは眉をひそめ、ただ一言、「ねえよ」とだけ言った。
「相変わらず潔いところだけは感心します。ではニノマエは女神様のぬいポーチで謹慎30年です」
「ま?」
「ま、です」
その時、星が口をはさんだ。
「待ってください! 私がお願いしたせいでニノマエが罰を受けるのは筋違いでは!?」
「いいえ。貴女が泣きじゃくったのを見て憐れんで実行したのはニノマエです。非はニノマエにあります」
サンノミヤはぴしゃりとそう言った。
「そんな……」
「あ、ちょっと待って」
今度は紫が小さく手を挙げる。
「私の家の鍵のことで揉めてるんだよね? なら……」
紫は鞄から鍵を取り出し、それを星に差し出した。
「星。はいこれ」
「……!?」
「この間遊びに来てくれたときに渡そうと思って忘れてたんだ。受け取って」
「お、お姉さまの……おうちの、カギ……!」
星は震える手でそれを受け取った。紫はサンノミヤの顔を覗き込む。
「サンノミヤ。ニノマエはやっぱり謹慎処分になる?」
「…………」
はあ、と今度はサンノミヤが溜息をついた。
「結果的になにも問題はなかったと判断します。よって処分はなしで」
「やったぁ! よかったですわ、ニノマエ!」
星がぎゅっとニノマエを抱きしめる。
「ありがとう、サンノミヤ」
紫の言葉に、サンノミヤは頬をかいた。
連載が不定期ですみません~~




