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後日譚5 発熱したお姉さまのお見舞いに行く話6

 星は紫の目を見つめてさらに問う。

「鼓動の音、その白い子じゃなきゃ駄目ですか? 私では駄目ですか?」

 少し背伸びをした殺し文句。

 大胆な言葉とは裏腹に、羞恥心は隠せないのか星の頬は徐々に朱に染まり、身長差のせいで自然と上目遣いになっている瞳も緊張のせいか潤んでいる。

(…………可愛い)

 紫にとっては、正直そうとしか言いようがなかった。

 その真剣な表情も、その向こう見ずな言葉も、年相応に揺れる瞳も、かすかに震える腕も、全てが可愛くて、愛おしい。

 ゆえに。

「だめ」

 紫はぽすんと、星の顔をおたまちゃんで遮った。折良くおたまちゃんが尻尾を激しく振ったので、星の前髪がわしゃわしゃと乱れる。

「あ、ごめん星、大丈夫?」

「ぬぁぁ〜〜どうしてですの〜〜!?」

 まるでムスカのように目元を両手で押さえて星はその場に再びしゃがみ込んだ。

「奥の手の壁ドンまでしましたのに……ッやはりお姉さまの理性を吹き飛ばすにはまだ私の魅力が全然足りないんですね……っ」

 紫は思わず目を線にして首を傾げた。

「星? そんなこと考えてたの?」

 紫の声がワントーン低くなったので星はビクリと肩を震わせた。

「それはっその、だって、こんなに近くにいるのに触れ合えないとか生殺しにも程があるといいますかっ、嗚呼いや、私決してふしだらなことを考えているわけではなくてですね、っ……やっぱりニノマエを置いてきた時点で私の考えがふしだらでしたわッ申し訳ございませんお姉さま、どうか出禁だけはご容赦をッ」

 頭を低く下げる星に、紫はやれやれと膝を折り、目線を合わせた。

「今度からはちゃんとニノマエを連れてくるように」

「はぃい……」

 がっくりと星は肩を落とす。そんな様子を見て紫は苦笑いを浮かべる。

「あのね、星は十分魅力的だよ」

 それを聞いた星の表情がまたパッと明るくなった。

「だからあんまり誘わないでね」

「ぅ、わかりました……」

 星はやや照れ気味に目を伏せて、手をもじもじさせる。

「あの、お姉さま。おこがましいお願いで恐縮なのですが、私のどのあたりが魅力的かをせめて口頭でお聞かせいただきたいのですが……」

「え、全部だけど」

「ッまさかのノータイムキル」

 星は嬉しさと恥ずかしさが相まって両手で顔を隠す。

「具体的に言ったほうが良い?」

 そんな星に追い打ちをかけるように、紫は言葉を紡ぐ。

「いつも元気でにこにこしてるところ。たまに怒る時も可愛いなって思ってるよ。何事にも一生懸命なところとか、ストイックに身体を鍛えてるところも尊敬してる。人に優しいところ、気遣いができるところも本当に素敵だと思うし、あと料理が美味しいところも追加だね。ほかにもまだたくさんあって、普段上品な言葉遣いなのにたまに砕けた言葉が出てくるところが面白くて、これは所作でもたまにあるんだけど、星って機嫌が良いときの歩き方が」

「たたたたタイムッッ、タイムですわ!!」

 星は両腕でTの文字を作りながら真っ赤になって叫ぶ。

「これ以上面と向かって聞いたら私の心臓が爆発してしまいそうですわッお姉さまったらどれだけ私のこと好きなんですの!?」

「あ、伝わった? 良かった」

 紫の屈託のない笑顔に、星は完全に屈した。

(……そこまで仰るのに触れてこないなんてお姉さまのほうがストイック過ぎるんですわ……そこも素敵ですけども! ぬぁーーもう大好きですわーーッッッ)

 勢いで抱きつきたい気分だったがそれをすると本当に出禁になってしまいそうなので、星はぐっと我慢した。

「……お身体が心配なのでお酒はほどほどにしてくださいね」

「うん」

「……あと、先ほどのお言葉の続きはまた今夜のお電話でお聞かせいただけると幸いですわ」

「分かった」

 結局この日星は長居はせず、そのまま帰宅した。




 星を駅まで送ったあと、帰宅した紫はおたまちゃんを抱いてベッドに横になる。

 ひとり反省会だ。

(あーーーーー危なかった)

 不意打ちの壁ドンを思い出して乱れた心拍に、ロボットの規則正しい鼓動が今はちょうど心地良い。

 紫の観察眼、予見をもってしても星の行動は割と突飛なときがある。昨日の突然の来訪や、今日の壁ドンはその最たるものだった。

 安眠のためというのも嘘ではないが、先週星を家に招いてからより強くなった「彼女に触れられない葛藤からくるストレス」を紛らわせるために購入したロボットがまさか危機を招くとは、皮肉なものである。

「ほんとにしばらくお酒はやめて、心身ともに健康な状態を維持するように努めよう……」

 紫はおたまちゃんを一層大事に抱えて上半身を起こした。

 それはそれとして、今回の件で星に迷惑をかけたので、彼女にお返しをしなければならない。

 ちょっと良いところに行こうとは言ったものの、最近の若い子は何処に行けば喜んでくれるのだろう。

「ディズニーランドとか……? いや、でもちょっとベタかな……」

「次のデート先ですか? アカリなら何処でも喜ぶと思いますけど。貴女と一緒なら」

 他に誰もいないはずの部屋で突然第三者の少女のような声が聞こえて紫は「え」と声のしたほうを見る。

 テレビ前のソファーの上に、いつの間にかくまのぬいぐるみが座っていた。ニノマエと同じ形だが、茶の色合いが少し濃い。

「えっと……ニノマエの知り合い?」

「申し遅れました、わたしはサンノミヤ。ニノマエが先日コンプライアンス違反を犯したので状況確認と監視のため参りました」

 サンノミヤと名乗ったぬいぐるみは、立ち上がってペコリと丁寧にお辞儀をした。

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