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後日譚5 発熱したお姉さまのお見舞いに行く話4

◇ ◇ ◇

 深夜、紫はふと目を覚ました。

 額に手をやると、自分では貼った覚えのない冷却シート。

 身体を起こしてみると、気だるさはあまり感じられず、どうやら熱は下がっているらしい。

(星は……ちゃんと帰ったよね)

 念のためぐるりと部屋を確認する。

 枕元にあったスマホの電源を入れてみると、何通かメッセージが届いていた。

 まずは午前中から未読になっていた星からのLINEと、同期の猪口女史からのLINE。そして最後に22時ごろ届いていた星からの新しいメッセージだ。

『明日もお見舞いに伺いますね』と書いてある。

 であるならば。

(……シャワー浴びておこう)

 急速にそう思い立ち、シャワールームに向かった。


 どうにか洗濯機も回し、ドライヤーで髪を乾かしている間、今日の記憶を振り返ってみる。

 熱があったせいか、どうにも夕方の記憶があいまいだった。

 あるのは美味しい卵とじうどんの記憶と、

『私も、愛していますわ』

 やけに耳に残っている、甘い言葉。


 そういえば昨日、星との通話の最後に『おやすみ』と間違えて『愛してるよ』と言ってしまったかもしれない。

 いや、間違いというのは語弊がある。もともと、『おやすみ』のあとに『愛してる』という言葉を心の中で付け加えていたのだが、昨日はたまたま熱のせいで先に出てしまっただけなのだ。が。

(~~~~愛してるはまだちょっと早かったんじゃないかな~~~~?)

 頭を抱え、唇を嚙みながらひとり自省する。

 勿論、気持ちに嘘偽りはないのだが、言葉にしてしまうとよりアウトというか、ただでさえ色々とギリギリなのに『私も、愛していますわ』なんて返された日には、気を失っていなければ抱きしめてしまうところだった。

(気を付けないと……)

 鏡の前で、ひとり赤くなりながら紫は気合を入れなおした。



◇ ◇ ◇

 翌朝、宣言通り星は紫のマンションを再び訪れた。

「おはようございますお姉さま。お加減はもうよろしいのですか?」

「うん。もともと熱以外の症状はなかったから、大分良くなったよ」

 言葉の通り、玄関で星を出迎えた紫はすっかりいつも通りの、さっぱりした状態だった。

「それは何よりですが、もう少しゆっくり休まれていいんですのよ。つきましては、本日はお姉さまにきちんと栄養を摂っていただくべく、私が腕によりをかけてお昼ご飯を作らせていただきますわ!」

「あ、それでそんなに大荷物なんだね?」

 星の両手には昨日と同じぐらいの大きさの買い物袋が提げられていた。


 部屋に上がるなり、星は早速食材をダイニングテーブルの上に並べ始めた。

「昨日は本当にありがとうね。昨日と今日の買い物分、お金払うよ」

「いいえ、私が進んでしたことですもの、お気遣いは不要ですわ」

「でも……」

「恋人らしいことができて嬉しいのです。今回は私に花を持たせていただけませんか?」

 そう言われてしまうと、紫も無理にとは言えなかった。

「わかった。じゃあ今度デートするときは、いつもよりちょっと良いところに行こう。そのときは、私が星をもてなすから」

「えっ本当ですか! 楽しみですわ」

 星は顔をほころばせながら、持参したエプロンをさっと着込んだ。

 先週通販で購入したばかりの『さりげないフリルがちょっとあざと可愛い新妻風エプロン』である。その名の通り、パステルカラーで大袈裟過ぎないフリルが可愛い、ちょっとよそ行きめのエプロンだ。

「わ。エプロン可愛いね。ドラマに出てくる新婚のお嫁さんみたい」

「あ、ありがとうございます……」

 通い妻になりたいですわ♡的な意味を狙って着込んだものの、ストレートにそう褒められると星もつい照れてしまった。

 紫はテーブルの上に並べられている豚肉やニラなどの食材を見渡す。

「お昼のメニューは決まってるの?」

「はい。今日は疲労回復にぴったりの豚肉を使ったチゲうどんを作ります。病み上がりなので、辛さは少し抑えめにいたしますけどね」

「楽しみ。私も手伝うよ」

 そう言って腕まくりをしようとしたら、星がそれを制止した。

「いいえ、お姉さまは寝室でゆっくりしていてくださいね」

「そういうわけにも……」

「本当にすぐに出来上がるお料理ですから」

「じゃあ、ここで見ててもいい?」

 紫の提案に星は折れた。


「昨日の卵とじうどんもとても美味しかったけど、星は料理が得意なんだね」

 豚肉をごま油で炒めている間、星のすぐ後ろに紫は立っていた。

 油が跳ねて星がやけどをしないか心配だったのだ。

「お姉さま、豚肉をただ切って炒めているだけなのにそんなに褒められると逆に手元が狂いそうですわ。あと揚げ物ならともかく炒め物で多少油が跳ねたぐらいでは私騒ぎませんわよ」

「ごめん」

 紫は反省して一歩下がる。

「普段も料理を?」

「日頃の食事はお母様や家の者が用意してくれるんですが、それとは別に最近お料理を少しばかり習っていまして」

 勿論、嫁入り修行の一環である。星の父親にはこの習い事もまだ内緒だ。

「そうなんだ。まだ高校生なのに偉いね」

「お姉さまに美味しいお食事を提供するのが私の目下の目標なので……」

 星の言葉に、紫ははっとする。

「そっか。それは、嬉しいな……」

 あまりにも嬉しくなってしまったので、紫はさらに一歩下がった。

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