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後日譚5 発熱したお姉さまのお見舞いに行く話2

「ごめんね、スマホを忘れて病院に行って、帰ってきてからさっきまでずっと寝てて」

 ベッドに戻された紫が、上半身を起こして苦笑いを浮かべる。

「いえ、こちらこそ押しかけてしまってすみません。でも過労で発熱だなんて、お姉さまを酷使するお勤め先は爆破ものですわ!」

 医師によると、コロナ、インフルともに陰性で、疲れが出たのだろうという診断だったらしい。とりあえず解熱剤だけ処方されたので、それを飲んでぐっすり眠っていたのだと。

「星、過労は言い過ぎ。ただの風邪だよ。繁忙期が終わって気が抜けたみたいで」

 紫は苦笑する。

「でもお姉さま、まだお辛そうですわ。お食事は摂られました?」

 星の問いに、紫は首を振る。事実、彼女は昨晩から何も食べていない。特段今も空腹感を感じているわけではないのだが

「ではせめておうどんだけでも召し上がってください。冷凍のおうどん、沢山買ってきましたから!」

 星が意気揚々と立ち上がるので、紫はその言葉に甘えることにした。


「今日は七味は我慢してくださいね」

 そう言って差し出された卵とじうどんは、柔らかな湯気が立ち昇り、だしの香りがふんわりと香って、とても美味しそうに見えた。

「ありがとう。いただくね」

 うどんをすする紫を見て、星はちょっとした充足感を得る。

「私、お姉さまにお食事を提供するのがひそかな夢でしたの」

 冷凍うどんだけどな、というツッコみは野暮なのでニノマエは黙っていた。

 一方で紫はというと、

「おいしいよ。うん、おいしい」

 空っぽだった胃が思ったよりも食事を欲していたのか、片栗粉で少しとろみのついたつゆと卵、うどんがするすると喉を通っていく。

「今度はもっとちゃんとしたお料理を作るので、はやく元気になってくださいね」

 うどん鉢があっという間に空になったので、星は笑顔で食器を片づけた。


「……星、本当に来てくれてありがとう。遅くなるといけないから、もう帰って大丈夫だよ」

 食器洗いを終えた星に紫はそう声をかけたが、その頬はさっきよりも紅潮していて、瞳も少し気だるげだった。

「お姉さま。もしかして熱、上がられているのでは?」

「午前中に飲んだ解熱剤が切れたんだと思う。さっきまた薬を飲んだからすぐに下がるよ」

 そうですか、と簡単に引き下がるなら、星はここまでやって来てはいない。

 星はニノマエのほうをちらりと窺う。

「ニノマエ。あなた人間に変身できたりしないんですの。例えば私に成り代わって家に帰るとか」

「あのなあ、それまじでダメなやつ。倫理的にアウトな変身には女神サマほんと厳しいから。最悪おれが消し炭になる」

 それは困りますわね、と星は溜息をついた。

「ではせめてお姉さまがお休みになるまでここにいますわ」

 すとん、と紫のベッドの横に星は正座する。そんな星を見て紫は苦笑する。

「それだと星がちゃんと帰ったか私がわからないね」

「ちゃんと帰りますわ! お姉さまがお休みになったら!」

 頑として動かなさげな星を見て、紫はふふ、と声を零して笑う。そして

「じゃあ、私が寝なかったら星はずっとそこにいてくれるんだ?」

 熱のせいかいつもより艶のある瞳で紫がそんなことを言うものだから、星の心臓がぎゅ、と縮まった。

「……、い、いますわ! ずっとここにおりますわよ!」

「そっか。じゃあ、残念だけど寝ようかな。ニノマエ、星のことよろしくね」

 紫はニノマエに目配せしてからベッドに横になり、すっと目を閉じる。

 その後、紫は微動だにしなかった。

 星は声を発することもできず、ただぐるぐると思考を巡らせる。

(え。お姉さまってもしかして3秒で眠る特技をお持ちなのかしら? 眠っていらっしゃる? それともただ目を閉じているだけ? えっ、ほんとに分からないですわ、えっ大丈夫ですの? 心臓止まってません?)

 あまりにも紫が静かなので、星は膝立ちになり、恐る恐るその顔を覗きこむ。


 綺麗だった。瞳を閉じていても開いていても、やはり紫の造形は神がかっていると星は心底思う。

 紫本人は年齢のことを気にしているきらいがあるが、星からすればむしろ羨ましいぐらいに、彼女の女性としての、いや人間としての美しさはその年齢でこそ見事に完成されている。時折見せる静かな視線や、上品な笑み、穏やかな声色。総体的に、高校生では決して持つことのできない、大人の色香がやはり彼女にはある。

 本人の所作が飾らない分、普段は前面に出てこないその色香。それが、汗ばんだ額に張り付いた前髪と、熱の火照りを帯びた肌の血色で逆に立ち昇っているのがなんとも罪深い。


(こんなお姿、ほかの方には見せられませんわ)

 星は内心苦笑して、膝を抱えて座りなおした。

「もう少しだけ、ここにいさせてくださいね」

 星はじっと、紫の寝顔を見つめていた。

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