後日譚4 休日にお家デートをする話4
星を駅まで送る間、なんとなく喋りづらい空気になってしまって、私は先刻の自分の発言を後悔していた。
こわがらせちゃったかな。
……でも本当のことだしな。
ならなおさら、もう少し隠し通したほうがよかったのかな。
こういうとき、いつも気を利かせてくれるニノマエも、今日は流石にキャパオーバーなのかただのぬいぐるみみたいになってるし。
本当に今日は駄目だったな。私が。
無言のまま駅前にたどり着いてしまった。
星はそれでも、私のほうにまっすぐ向き直ってから、丁寧にお辞儀をしてくれた。
「お姉さま、今日はお家に上がらせていただいてありがとうございました。とても楽しい1日でしたわ」
その言葉に、私はちょっと涙が出そうになっちゃった。
「ううん、こちらこそ。来てくれて嬉しかったよ。ありがとう」
星は良い子だな、本当に。
しばらくはもう遊びにきてはくれないかもしれないけど……
「また近いうちに、遊びに伺っても良いですか?」
「え?」
星の言葉に、思わず声が裏返ってしまった。
「また来てくれるの?」
あんなこと言っちゃったのに?
私の不安を吹き飛ばすように、星は大きくうなずく。
「もちろんです。今度は恋愛映画を観ましょう。コテコテのやつを」
「コテコテ?」
「はい」
コテコテってどんな? と尋ねる前に、星が一歩踏み込んできた。
「!」
私の目と鼻の先、少し間違えば触れてしまいそうな距離で、彼女は不敵な笑みを浮かべ、そして囁く。
「覚悟していてくださいね」
意味深な言葉を残し、星は「それでは!」と元気に改札の中へと消えていった。
私はその場にしばらく呆然とたたずみ、口元に手をやる。
……びっくりした。キスされちゃうかと思った。
コテコテって、そういうこと?
◇ ◇ ◇
「うふふ」
「うふふ、とかひとりでに笑う奴って本当にいるんだな」
母との夕食を終え自室に戻った星は、ベッドに寝転がってニノマエの手足をいじりはじめた。
「私お母様の前で変な顔していなかったかしら」
「しらんけど。絶対してただろ。ずっとそんな顔でにやけてたんだろ」
「~~だって今日のお姉さまの一挙手一投足、一言一句があまりにも尊過ぎて、思い出しただけで胸が爆発しそうなんですわ~~~~!」
ニノマエが星の腕の中でむぎゅ、と圧縮されたがここ最近慣れっこなのでどうということはない。
「私、お姉さまが手をつないでくださらないの、ずっと人目を気にされてるのかと思っていたんですけど」
「まあそれもあるわな」
「でもでもっ『手をつないだら離せなくなる』って仰ったり」
「言ってたな」
「骨が折れるまで抱きしめたいって仰ったり!」
「そこまでは言って……いや言ってたのか、あれ」
「無防備にされると困るって、切ない顔で仰るから~~!!」
星の腕に力がこもり、ニノマエがさらに圧縮される。それこそ骨があれば折れていただろう。
「……お姉さまにもそういう気持ちがあるということがわかって私はお赤飯を食べたい気持ちになりました」
「お前地味に失礼なこと言ってるぞ。そりゃああいつだって人間なんだからあるだろうよ、性欲ぐらイギュ」
圧縮され過ぎてニノマエの発声機能がついに制限される。
「ニノマエったらもう! そんなあけすけな言い方されると恥ずかしいですわっ!」
星は身体を起こし、姿見の前まで歩いていく。
ゆるみ切った頬を両手で押さえ、星は気合を入れなおす。
『覚悟していてくださいね』と言った言葉に偽りはない。
「私、お姉さまの理性を吹っ飛ばすくらい魅力的な淑女になりますわ! 目指しますわよ、キスアンドハグ! そして卒業旅行での婚前交渉!! 3年後が楽しみになってまいりましたわね!!」
「……言ってるそばから言葉が淑女らしくないんだが……?」
ベッドの上でやれやれと、ニノマエが溜息をついた。




