後日譚4 休日にお家デートをする話3
うどんを食べた後、私たちは「死国」というホラー映画を見た。
「いや、なんで数ある作品の中でそれ選ぶんだよ。他にあるだろ他に」
というのは鑑賞前のニノマエの談なのだけど、星はホラー映画が見たいって言うし、さっきから四国の話で盛り上がっていたからちょうどいいかなって思ったんだ。
ベッドシーンがあったのはちょっと予想外だったけどね。
「愛憎劇としては楽しめましたわ。ホラーとしては正直微妙でしたけど」
「四国の空気感がなんとなくわかったよ。良いところだね」
「いやこれしきで四国わかんなよ! せめて栗山千明が滅茶苦茶綺麗だったとか言えよ!」
ニノマエ、やっぱり四国の生まれなのかな。
「ところで星ってホラー映画好きだったっけ」
「いいえ、全然。B級ホラーはむしろ嫌いです」
そうなんだ? じゃあどうして今日はホラーを見たがったんだろう。
「それよりお姉さま、お茶にしませんかっ」
「そうだね。タルト、いただこうか」
私は紅茶の準備を始めた。
星が買ってきてくれたフルーツタルトを美味しくいただいたあと、映画の感想を言いあったりふたりで四国について調べていたら、あっという間に夕方になっていた。
「あんまり遅くなるとご両親も心配するだろうから、今日はこのあたりでお開きにしようか」
私がそう切り出すと、星は不服そうに口を尖らせた。
「お姉さま、まだ16時ですわよ! 早すぎますわ!」
そんな星も可愛い。可愛いんだけど。
「明るいうちに帰さなきゃ、お母様に信頼していただけなくなるかもしれないし」
これはとても重要なポイントだ。今私が星と自由に会えているのは、星のお母さんが寛大なお陰だ。少しでも下手をして彼女の信頼を失うことになれば、会うことすら難しくなるかもしれない。それは絶対に避けたい。
でも、私の言葉は星の癇に障ってしまったみたい。
「以前から思っていましたが、お姉さまは私の家のことを気にしすぎです! お父様もお母様も私のことを信頼してくれていますし、その私がお姉さまを信頼しているのですから何の問題があるのでしょうか。いいえ、ありませんわ!」
反語まで使って面と向かってそう断言されると、私としてはどう返答していいのか分からない。
助けを求めるようにニノマエのほうを窺うと、彼は目を線にして顎をかいた。
「……アカリ、そう言うなよ。ムラサキだって気ぃ使ってるんだよ、いろいろ」
「そんなこと分かってますよ‼ でもせっかく、……せっかくのお家デートですのに、恋人っぽいことを何もしていませんわ!」
星の言葉に、私は頭を抱えたくなった。
「一緒に映画を見て、旅行のことを考えて、お茶するのは恋人っぽくない?」
「大変すばらしい1日でしたわ! でもホラー映画、全然怖くなくてお姉さまに抱きつけなかったですし! 手だってつなげなかったですし! 私の今日のミッションを達成できていないんですわ!」
あ~……。ホラー映画、そういう趣旨だったんだね。
「ごめんね星、気が付かなくて。でも私、星に触れるのは君が18歳になってからって決めてるんだ」
言葉にしたのは初めてだけど、多分星は私が意図的にそうしていることをもう肌で感じていたはず。
「……どうしてです? 法律のせい?」
「それもあるけど、……うん。正直に言うと、そういうのは後付けというか、建前というか。星の言葉を借りると、私が君の信頼を裏切らないようにするためかな」
本当は15年前からずっと星に会いたくて。
でも彼女がS女学院に入学するまでは、ずっと我慢していて。
就職先を今の会社にしたのも、勤務条件より立地を優先した。星にすぐに会いに行けるように。
そんな私の気持ちが、重すぎないわけがなくて。
多分、世間一般から見たら変質的ととらえられても仕方がない。
「手をつないだら多分離せなくなるし、抱きつかれたら、それこそさっきの映画のラストみたいになっちゃうかも」
ごめん星。笑えない冗談言っちゃった。
でもね、気持ちの上では本当だよ。
「それに星、今日私が飲み物を買いに行っている間に居眠りしてたでしょう? あんな風に無防備にされると、私としてはちょっと困るんだ」
我慢がきかなくなるからね。
私の言いたいことが伝わったのか、星は徐々に顔を紅潮させ、最終的にはこの時間に帰ることに同意してくれた。




