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エピローグ

 ――それから十六回目の、桜の季節がやって来た。

「じゃあごめん、忙しいところ悪いんだけど、あとをよろしく」

 同僚、部下にそう声を掛けて、彼女は颯爽とオフィスを出た。

 綺麗に整頓された空のデスクを見て、隣席の後輩が呟く。

「月夜さんがこの時期に半休とるなんて珍しいっすね? 普段ほとんど休暇とらないのに」

 それを聞きつけた紫の同期が、すーっとオフィスチェアを転がしてにやにやと彼に耳打ちをする。

「なんかぁ、どぉ~~しても外せない用事があるんだって。逆に気にならない? 明日詳しく問い詰めちゃおうと思ってるんだ~」

「えっ月夜さんってい人いるんですか⁉ ショック!」

 向かいの新人女子社員が大声で叫ぶと、「え⁉」「えぇ⁉」と別の島でも男女の困惑の声が上がった。

「……あいつファン多いなあ」


◇ ◇ ◇


 入学式を終え、一通りのレクリエーションが終わり、ようやく少女たちは解放された。ごきげんよう、さようならと挨拶を交わしながら、生徒たちが席を立つ。彼女も倣って立ち上がると、後ろの席の幼馴染が肩を叩いた。

「お腹減ったねえ暁。帰りになんか食べて帰らない? マックとか」

鹿角かすみさんたら、さっき先生が下校途中の買い食いは禁止って仰っていたところですよ」

「かったいこと言うなよ~、中坊のときよくやったじゃん。それとも今日は迎車?」

「いえ、そういうわけではないのですけど」

 何気なしに、亜麻色の髪の少女は窓のほうへ目をやった。

 その時びゅうと、春の強い風がカーテンを大きく揺らす。

 捲れ上がったその先、窓の外。遠くに見える校門に、人影がある。

「……私、今日は帰りますわ! ごめんあそばせ!」

 突然少女が血相を変えて走り出したものだから、置いていかれた鹿角薫子は呆然と立ち尽くした。

「え、なに?」


 息を切らして彼女は走った。

 廊下は走らない、と教師の誰かに怒られた気もするが、そんな声はほとんど耳に入ってこなかった。

 下駄箱で急いで靴を履きかえる。

 しっかりと履かなかったせいか途中転びそうになっても、彼女は構わず走った。


 春の日差し、桜の花びらが舞い散る真っ白な石畳。

 校門を抜けた先に、その人は立っていた。


「―—お姉さまっ」


 綺麗に切り揃えられたショートの髪に、着こなされた紺のパンツスーツと上品なパンプス。

 完全無欠の大人の女性、といった体の彼女の片手には、可愛らしい赤やピンクのガーベラの花束が握られている。

 人目も憚らず、星は紫の胸に飛び込んだ。

 紫は花束をつぶさないように気をつけながら、右手で星の頭を撫でた。

「約束通り、迎えに来たよ」

「……はい。はい!」

 感極まってそのまま泣いてしまった星をとりあえず道の端に寄せて、紫は左手の花束を持ち上げる。

「これ、入学祝い。おめでとう」

「なーんだプロポーズの花束じゃねえのかよ」

 星の鞄にマスコットとしてぶら下がっているニノマエが小さく突っ込んだ。

「もう、ニノマエ!」

 星がニノマエの頬をつねると、紫はふふっと笑みをこぼした。

「ニノマエ、懐かしいな。十五年ぶりだね」

「おう。ムラサキは前よりあか抜けてべっぴんになったな」

 星がその場でぴょんぴょんと跳ねる。

「おっ、お姉さまだけずっと大人になってしまってずるいですわ!」

「星は可愛いままだよ?」

 突然の殺し文句に星は思わず眩暈を覚えた。

 ずるいですわ、と星が額を押さえていると、

「あと、これ」

 紫が、目を伏せ少しだけ遠慮がちに差し出したのは、小さな箱。

「!」

「……お揃いのリング……なんだけど。これは流石に校則違反になっちゃうかな?」

 照れ臭そうに首の後ろをかく紫に、ニノマエは言葉をなくし、星も赤面したまま動けなくなってしまった。

「あれ? ごめん、高校生へのプレゼントにしてはちょっと重たかった、かな……?」

「わた、わた、くし、今日死んでも構いませんわあああああああああああ!」

 星が血を吐きそうな勢いで叫んだ。

「死なないでね⁉」

「アカリ落ち着け、お前まだ結婚できねえ歳だから!」

 ふたりになだめられても、しばらく星は感激して泣いていた。


「お姉さまは私の夢、叶えてくださるんですね」

 紫はにこりと笑って、星の指にリングを通した。

「勿論」


 ―—生まれ変わっても、もう一度結ばれたい。

 輪廻を超えて、ふたりの夢はようやく結実した。

ここまでお読みくださった方々、本当にありがとうございます。

ファンタジーバトル百合としての本篇は以上なのですが、次回からは私が書きたかった後日譚を、ゆる~く思いつく限り続けていきます。

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