080 海賊とコーヒー
青森への日程は、間に函館への寄港を挟んで一週間の予定だ。
サルベージする情報を予約している企業は一週間分だけ招待してあり、それ以降の企業に関しては、データだけ送るとか危険すぎて出来ないので、遅れが出た場合は俺の居る所まで来てもらうか、向こうに戻ってからデータだけ渡す算段になっている。
只、抽出したデータが宙ぶらりんでどう扱われるかは誰もが気になる事なので、出来うる限り早く渡し、渡した後は履歴消去が基本だ。なので遅れが出ないように予定通りの行程消化見込みだ。
その辺は、貝塚の威信にかけて滞りなく行われると思う。
夕餉に合わせて銚子港を出航した貝塚第二空母打撃群は、外洋に出るクルージングを十二ノットと低速で航行し、緩やかに艦隊編成を変形させて俺や招待客を楽しませた。
壮観だ。
食後、見晴らしの良い空母の艦橋から外に出て、月光に照らされたデカい鉄の塊が白い航跡をなびかせているのを眺める。右と左に三隻ずつ。護衛艦一隻は水平線の向こう、八海里ほど先行して偵察行動をしている。潜水艦の位置は俺には聞かされていない。作戦中は浮上予定は無いそうだ。
俺にこれを見せる為だけに札束が秒単位で消費されている。
知らんぷり出来るほど胆は太くない。
どうすっかな。
隣には貝塚とつつみちゃんが夕食後のイブニングドレスのままで、夜風に当たりながら議論を重ねている。
音に関する技術的な話なので良く分からん。
暫くボーっと、船と空と海を見ていた。
いつまででも見ていられる。
突然、ライトが全て消された。
同時に、前方に高く、音もなく火柱が上がる。
「りょうま君、客室に避難してくれ。前方で戦闘が発生した」
マジか。
早速?!
「こちらは風下だ。風や音波が届く前に中に入ろう。後三十秒程で音が来る」
耐水扉が開いて、中からスタッフが出てきた。否応なしに中に案内された。
そのまま艦橋から連れ出される。
戦闘視たいな。
指揮に対応し始めた貝塚は、俺のしょんぼり具合が伝わったのか、ニヤリと笑った。
「見学するかね?」
「良いのか?!」
こういうのって現場がめっちゃ嫌がるんじゃないのか?
企業秘密ばっかだろうし。
周囲のスタッフの顔色を窺うが、表情一つ変えない。
よく教育されてるなぁ。
「三階下に作戦指揮室がある。ここは的にされ易いのでそっちに行こう。ついておいで」
ひゃっほう。
踊り出したいくらい嬉しいが、つつみちゃんにじっとり観察されているので、表には出さない。
バリバリと船が揺れた。さっきの爆発だ。
「随分、燃料と火薬を積んでいたようだな。行きがけの駄賃とでも思われたのか?」
向かいがてら貝塚が呟いた。
「音で分かるのか?」
「輸送船を狙った海賊行為は年々多くなっている。海の真ん中では誰も助けに来ないからな。一隻でゆっくり航行していると大体狙われるな。この音だと、日本からベーリング海に向かう船を拿捕するつもりの海賊船団かな?銚子から向かう船はターゲットになりやすい。高い船一隻だけだったから眼の色変えて襲ってきたのだろう」
エレベーターから降りるとそこが作戦指揮室だった。
映画でしか見たことのない計器類や立体地図パネルに心が躍る。
残念ながら、カッコイイ指示出しとか、情けない声で叫ぶオペレーターとかは無かった。
窓が無いので外は見えないが、表示されているカメラ映像には両翼の護衛艦から白い無人機が蚊柱の如く大量に立ち昇り、夜空に消えてゆくのが見えた。
状況説明だけが淡々と報告され、近づいてくる爆発音と振動は通り過ぎる頃には収まっていた。
「まだ一隻沈んでない様だね」
地形データには海底に沈みゆく中型船が五隻、今まさに沈みかけている大型船が一隻表示されている。
肉眼でも、一キロほど右に煙を出して傾いている船がうっすら見えた。
戦闘機発進どころか、ミサイル発射も機関砲発射も無かった。
無人機だけで六隻沈めたのか。
「先行してた護衛艦は?」
貝塚は立体地図の先を指さす。
「変わらず。八海里先だ。夜間は速度を六十ノットまで上げて明日の昼には函館の予定だ。外に出たくなったら言い給え。減速しないと風で煽られるからね」
やりたいけど、流石に旅行のしおりを変更してまで我儘を通す気は無い。
「海賊たちはどうなったんだ?」
「文字通り、海の藻屑だろう。運が良ければエルフに回収されるかな?人数は無人機からのデータで概算でしか把握していない。戦闘記録に興味あるなら見るかい?」
「いや。いい。今日は色々有り過ぎた。休ませてもらう」
つつみちゃんと顔を見合わせて同時に溜息が出た。
「ははは。旅はこれからだよ。楽しみにしていてくれ」
次の日の朝、寝床に違和感を感じて早く起きてしまった。
微妙に、ゆっくりだが揺れてる気がする。
スケジュールより一時間も早いな。
まだ日の出前だ。
通路に出たら、傭兵は二人とも壁に背を預け寝ていた。
油断しすぎだろ。起こさないでおこう。
コーヒーでも飲もうかと食堂へ向かうと、貝塚が数人のスタッフと歓談していた。
昨日のドレスから着替えていたから流石に寝たんだろうが。まさか、ずっと起きてた訳じゃないよな?
「おはよう。よく眠れなかったのかい?」
一瞬俺の後ろを見た。警護がいないのを不審に思った筈だ。
貝塚はスタッフから離れて俺の相手をする事にしたようだ。
「おはよう。枕は良かった。コーヒーを飲みに来ただけだ」
スタッフたちの方を見ると、俺に手を振っている。
仕事中のお堅い雰囲気とは違っている。
「君のサインが欲しいと言っていたよ」
”代表酷い!”とか野次が飛んでいる。
「俺の?俺はウルフェンじゃないぞ」
貝塚は誰もいなかった厨房に入り、俺にカウンター席を薦める。
自分で入れるつもりだったのだが、お言葉に甘えておく。
「熊谷防衛戦は付近の都市に中継された。りょうま君の雄姿には視聴者全てがが涙と息を呑んだものさ」
ん?聞いてないぞ。
「あれそんなに広く中継されてたのか?」
言ってから”しまった”と思った。
サワグチも見てたと言ってたし、熊谷でライヴ中継していたのはなんとなく分かったが、二ノ宮主導なのか熊谷主導なのか。肖像権どーなってんだ?
ウーファーパイルの契約にその辺り表記が有りそうだな。向こうに帰ったら内容読ませてもらおう。次が無いとも限らないしな。
なんか地雷臭いので、二ノ宮の不利になりそうな事は黙っておこう。
「ライヴはショゴス防衛の花形だが、舞台で踊ったスターは久々だ。あの時は血塗れで頽れるりょうま君にわたしも肝を冷やしたよ。確か、作戦の立案もしたそうだな?ドキュメントなのに映画並みの緊迫感だったらしいじゃないか」
「っ!作戦もヨコヤマ様だったのですか?!」
「凄い」
スタッフたちが目を輝かせてテンションを上げている。
持ち上げられすぎて居心地が悪い。おもてなしされてる側としてこちらからも少しくらいリップサービスしておくか。
俺はひねくれものなので、ヨイショされると醒めてしまうのだが、彼らは純粋に疑問だったみたいだ。
「あれは、頭の固いスミレたちには思いつかない作戦だ。以前は軍関係者だったのかね?」
どう答えるかなぁ。
「昔、映画で同じようなシーンがあった。あの時は時間も押してたし。試しに出来るか言ってみただけだ」
という事にしておこう。
後でつつみちゃんに会話ログ見せて話合わせないとな。
「なるほど。知識は力だ。だが、アカシック・レコードから引っ張り出した訳では無かったんだな」
それな。
「便利ではあるが、接続は厳しく制限されている。仕事中以外で無闇にアクセスすると五月蝿いからな」
皆にクスクス笑われた。
貝塚は大仰に頷いている。
「スリーパーの鑑じゃないか。いつまでもその清い心でいてくれ給え」
コンコンと高温の湯が沸く音がしてきた。
「ご注文は?」
「カプチーノで、ガテマラかブラジルでフレンチ以上の有るか?」
「両方あるね。煎るのは上手くないから有る物にするよ」
「んじゃガテマラで頼む」
向こうで”代表にコーヒー入れさせてるよ”とか”俺だったら部長に殺される”とかヒソヒソやっている。
おい。聞こえてんぞ。
スチームノズルからシュコンと良い音がする。
スミレさんやルルルと違い、温度管理を計器で厳密に計っている。
作業自体は手際よく、サラリと出てきたカプチーノはこれまた高そうなコーヒーカップだ。
これは、食堂に置いておいて良い食器なのか?
貝塚の私物か?
チラッとスタッフたちを見ると、トレイやカップは安物の樹脂やステンレス製だ。
ワザとらしくカップを掲げるスタッフに貝塚は無言の圧をかけている。
視線が集中する中、口を付ける。
やさしくとろける泡の下に熱い熱い香りが凝縮されている。
くどくない苦味は舌に残らず、頭の中を爽やかにしていく。
分離しないギリギリまで温められたミルクは、エスプレッソと混ざり、えも言われぬコクを引き出している。
美味い。
「満足してくれたようだね」
エスプレッソマシンを拭きつつ、貝塚は嬉しそうに微笑んだ。