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076 飯用テロ

 ここはゲームではないと改めて思う。

 なんせ、レベルデザインが息をしていない。

 トラブルも、ピンチも、急に訪れる。そして容赦がない。

 ある程度予測は出来るのだが、ある程度までだ。


「起承転結って大事だよな」


 ぼやく俺にサワグチコピーは目をぐるりと回す。


「最近そういうの流行らないよ」


「どういうのが流行ってるんだ?」


 そもそも、わざわざゲーム作ってる奴いるのか?

 この世界そのものがトンデモSFファンタジーなんだが。


「流行は、恋愛ものだね。もうひたすらラブラブ甘々なやつ」


「げぇ」


「この間、駅前で広告出てただろ?」


 そういや、デカデカとプロジェクション・マッピングされてるキス映像が大量にあったな。


「水商売の広告かと思った」


 噴き出したサワグチは慌てて自分の口を塞いだのだが、メット越しなので無意味だ。


 俺とサワグチは今、あの九龍城の隣にある公園に閉じ込められている。

 正確には、逃げ出せずに隠れて機会を窺っている状況だ。


 四か所ある出入口はテロリストに占拠され、公園内にいる市民は俺らも含め人質に取られている。ガードで周囲に張り込んでいたり市民に紛れていた傭兵もいるのだが、テロリストの数が多すぎて行動を起こすのに躊躇している状況だ。

 見つかった人たちが噴水前にまとめられているのだが、その中に傭兵のおっさん一人が入ってしまっている。

 めっちゃ強そうなので見せしめに殺されないか心配だ。

 武装解除された後念入りに調べられて、結構殴られていた。


 幸い、俺とサワグチは二人とも遮断できるスーツを着ていたので、メットをして隠れていればサーチには引っかからない。

 探知機器の位置は公園に来た時に全部把握しているので、公園内のファージが無くともハイドポジには困らない。

 今は噴水を見下ろせる遊歩道の茂みに伏せて隠れている。

 ここは、一見隠れる場所が無さそうに見えてどこからも見えない素敵なポジションだ。


 今日に限って、殺し屋のドーナツ屋は来ていない。

 フードトラックを見かけていないので公園内にはいないだろう。

 いても、俺を助けてくれるとは思えないが。

 どさくさに紛れて殺されないだけ良かったと思うべきだな。


「全部で七十二人だ」


 現状把握に出ていた傭兵の一人が音もなく隣に現れてサワグチがビクッとした。

 こいつ、ニンジャか!?


「多いな、噴水前に十五人、見回りで二十人までスポットしてあるけど」


「擦り合わせる。データくれ。どうやら、ナチュラリストに雇われた盗賊みたいだな」


 俺ら目当てじゃなかったのか。

 食料確保かよ。


「崇拝者が指揮ってるのか」


 傭兵は頷いて説明を続ける。


「博物館側の出入口に崇拝者が三人いた。ん?なんだこれ黄色マーク」


 接触通信で俺から渡したデータで、人質になっている人たちには青マーク、怪しい奴には黄色マークをしてある」


「見た目やりそうなのに、テロが注意を払ってない奴が五人いた」


「なるほど。助かる」


 一見では分からない。長時間観察してたからな。

 その五人を抜いても、人質は百人近くいる。囲んでる奴らは皆殺傷力の高い突撃銃を装備してるし、かなり厄介だ。

 ファージさえ使えれば・・・。


「スミレさんとは連絡ついたのか?」


「ああ。それな。突入準備は出来てるんだが、二ノ宮のスーツだと奴らが気付くから、外見を大宮の装備にしたいらしくって、手配に手間取ってる。いざとなったらなりふり構わず来るらしい」


 確かに。二ノ宮軍団がのり込んだら、重要人物がいますって教えるようなもんだしな。

 失敗した時のリスクがデカすぎる。


「公園内へファージの注入は考えているのか?」


 傭兵は頷いたのだが。


「空調管理室は電源室と共に占拠されている。壁に穴をあけて入れる事は可能だが、まず間違いなく察知されるから。やるならエントリー直前に注入だな」


 それだと、事が起きてからじゃ間に合わないな。


「それは良いんだ。お前らは事が済むまでここで寝っ転がってろ。どうせ人質は運び出される。奪還はその時を狙う」


 それだとなぁ。


「移動前に紛れてる傭兵が殺されるだろ」


 俺ならそうする。


「あいつは拘り過ぎてポカやったんだ。てめぇのケツはてめぇで拭くさ。ボウズが心配する事じゃない」


 分かってないな。


「おっちゃんらに死なれたら俺が悲しいんだよ」


 傭兵は口をへの字にして黙り込んだ。


「ファージがあれば横山がなんとかできんの?」


 ずっと黙って聞いていたサワグチが口を開く。


「ああ」


「七十人全部?」


「まあな」


 今の俺なら余裕だ。


「だめだ。散布したら人質は殺される」


 ほっときゃどの道喰われるんだろ。


「ファージ濃度計測出来る奴は見たところいない。他はどうなんだ?」


「西口に詰めてる崇拝者三人は全員付けてるが、中の奴は皆装備してないな。空調管理室の数値でしか分からない筈だ」


「三人は中にいるの?」


「二人は西口からちょい入った所で致している。一人は外でずっと通信だな」


 なるほどね。


「西口には何人だ?」


「そいつら以外は八人。人質が一人だ」


「なんとかできるか?」


 代わりに貰ったデータと照らし合わせたら、他三箇所は見張ってるだけだ。

 見回りの人数も最低限で、もういつ動きだしてもおかしくない。


「十一人なら、中に詰めてる俺らだけで余裕だ」


 頼もしいね。


「ならさ。良いものあるんだぁ」


 サワグチがポシェットからジッポを出した。

 ヴィンテージものだろうか。銀色だが鈍く酸化していて、ライダースーツを着た女の絵が彫ってある。


「サワグチってタバコ吸ってたっけ?」


「横山の居ない時とかね。スミレが来た時とか一緒に」


 スミレさん、コンタクト取ってたのか。

 あそこに行ってたのは俺と医療スタッフだけなのかと思った。

 何か、サワグチがニヤニヤしているので”ヤニ臭ぇ”と煽ろうかと思ったが、こんな時なので止めておいた。


「んで?なんなん?ファージが詰まってる訳でもないんだろ?」


「ふふん」


 サワグチがホイルを回さずにジッポに付属しているトリガーを押すと、ガスの漏れる音がしてファージが大量に出てきた。


「おっと?」


 拡散しそうになったので慌てて纏めて、茂みの中に充満させる。

 万が一があるからな。


「アンティークなのはガワだけで、中はガスライター。火を付けるだけなら、ファージも一緒に燃えるから使っててもバレないんだ」


「スミレさん知ってんの?」


「いや。何か有った時の為にってスミレに貰った。どの道、メンテしないと中のファージ一週間で死ぬし」


 ”こんな事もあろうかと”のレベルが高いよな。スミレさんて。


「濃度百パ換算で三千ミリグラムくらいだけど、足りる?」


 一兆匹くらいか。十分。


「最近、ナチュラリスト対策で指向性持たせたコントロールの練習しまくってたんだ。七十人制圧してお釣りがくるわ」


 おっさんがホッとしたように小さく息を吐いて後ろに下がっていく。


「うっし。初動こっちでやる。マーカー打ち直すんでそいつら頼むぞ。通信は赤外線で指向性のみ、空から入れる」


「了解」


 傭兵は来た時と同じく、音もなく去っていった。

 映画とかだとカッコよく消えたりとかするが、現実だとあの消え方は不可能だ。

 でも、傭兵は明らかに下草踏んだりしてるのに音も出てない。

 マジでニンジャじみた消え方をしていった。

 あれは、多分ノイキャン積んでる。見た目地味な防弾スーツだったが、かなり高級品だな、他にも色々付いてそうだ。あの性能なら俺も一着欲しいから後で聞いておこう。


「横山。怖くないの?」


 見たら、サワグチはガタガタ震えて涙を流していた。

 傭兵がいる時は我慢していたのか。

 監禁されていた事を思い出してしまったのだろうか。

 奴らに捕まったらもっと酷い目に遭う。

 ”捕まったら”なんて事は、俺は考えたくない。


「安心しろ。自分に出来ることは弁えている。俺たちは今日の夕飯にグラタンコロッケバーガーを齧るんだ」


「食べ物の事ばっかりね」


 旨いものが喰えない人生は絶望しかない。


「それに、グラコロって只の小麦の塊じゃん」


「旨けりゃ正義なんだよ」


 泣き止んだサワグチに鼻で笑われた。


「んじゃ、グラコロの力を見せてよ」


「ご照覧あれ」


 ここでやるとバレた時マズいな。


「ここにいろ、もうちょい近づいておく」


 首根っこを掴まれた。


「ふざけないで。一緒にいてよ!」


「一緒の方が危険なんだよ」


「襲われたらどうすんの!」


「静かにしろ。マーキングはしてある。近づけば分かる。銃弾からサワグチ守りながらガチバトルとか俺には無理だからな」


 いくらシネマティックファージ使っても、俺にはアメリカ映画バリのヒーローアクションは出来ない。

 現実では、アクロバットする前に惨たらしいハチの巣が出来上がるだけだ。

 このアトムスーツは防弾性能皆無だし、防弾スーツが有っても一発銃弾食らっただけでどうせ痛くて動けない。

 フルアーマーのパワードスーツでも着ていないと、突撃銃の七.六二ミリはノーダメにならない。


「分かったよ。せめて少し離れてろ。流れ弾当たったら困るだろ」


「一瞬で制圧出来るんじゃないの?」


「その予定だけど、万一がある。体内にファージが無い奴がいた場合制圧に時間がかかる」


 サワグチが手を握ってくる。

 仕方ない。このままやるか。

 このファージ散布が無い空間でファージ回線での攻撃などしたら、やった途端に位置がバレる。効かない奴がいたら鴨撃ちにされる。

 位置特定してくる奴が俺の攻撃に耐えきれるとも思えないけどな。

 いざとなったら俺が肉盾になって二ノ宮の制圧まで耐えきればいい。

 頭と心臓さえ撃たれなければ、一分くらい生きていられる。


 かかるといっても十秒はかからないが、銃を乱射するには十分過ぎる時間だ。

 事前に調べられないのが痛いが、そこは仕方がない。

 今までにそういう人間には出会ったことが無いが、ハッキング対策で金持ちがやっている的な話は聞いたことがある。

 元々、ファージの無い所に狙って来たのなら、そういう対策に金を使う奴らではないのではないかと思う。

 あえて、このテロ行為がブラフで、実は俺ら狙いとかだったら目も当てられないが、その辺は傭兵たちも考えているだろう。

 マーカーには傭兵の位置も表示されていて、俺らのカバーする位置に二人見える。

 人質の方にはボコられたおっさんともう一人の傭兵しか付いていなくて、残りは全部西口に詰めている。責任重大だな。

 信頼されてると前向きに捉えておこう。

 噴水前のキルマーク付けた奴ら全員に向けて接触ギリまでファージを伸ばしておく。


 一分もしない内に連絡が入った。


”護送用のトラックが二台来た。合図は消音無しで一発撃つ。人が足りないから見回りは順次の予定だ。準備は良いか?”


”おっけ”


”五秒前”


 パスパスと消音銃の発砲音が通話先から微かに聞こえる。


四、三、二、一。


 軽い銃声が微かに聞こえた。

 テロリスト共が一斉に西口を向く。


 今です。


 言いたかったが、心の中で呟く。


 人質の中の怪しい奴らも含め、全員に真上から一斉にファージを含んだ空気を落とし、強制接続、運動野を中心に脳機能低下をさせる。電脳化してる奴にはオマケでDOSアタックもする。

 眩暈と共に動けなくなって五秒で落ちる筈だ。


「っし!」


 キレイに全員落とした!

 誰も乱射することなくぶっ倒れた。

 良かった・・・。

 直ぐに囚われていた傭兵と付近に潜んでいたもう一人が動きだし、伏せてるよう呼びかけながら倒れた奴らに止めを刺していっている。

 驚いて叫んでいる人も結構いる。子供も見てるからあまり褒められた行為じゃないんだが、生かしておくと面倒しか無いしな。

 俺が口を挟む事じゃない。


 見回りしていたテロリストの奴らは二人一組で一目散に西口へ向かっている。

 視認しながら操作できなかったのでそいつらにはファージは伸ばしていない。公園内にカメラでも飛んでればそれを使ったのだが、フル対策されてる奴にファージ飛ばしたらアホなので、確認できてからヤるつもりだった。

 まぁでも、このまま伏せてれば終わりそうだな。


 他の出入口からも銃声が聞こえているから、突入が始まったのだろう。


”西口は押さえた。大宮市警にはおまえらに近づかないように言ってある。妙な素振りの奴には遠慮なくやってくれ。”


”うぃっす”


「サワグチ。まだ動くな。市警もグルの可能性もあるから、安全確保できるまでここで動かずにいる」


「うん」


 もう怖がっていないな。

 一安心だな。

 パニックにでもなったら対処が面倒だ。

 その後、俺とサワグチは、人質と一緒だと目立つという事で、死体と一緒に搬送される事になった。

 サワグチは目隠しに動画鑑賞して、俺が手を引く役だ。




 作戦行動は全部、市警の特甲部隊がやった事になった。

 偶々居合わせた俺らが運が悪かったのか、九龍城のエルフの奴らが飢餓で切羽詰まってたのか分からないが、三日後にまた掃討戦を控えていた中でのテロ行為だったらしい。

 今回の件を受けて、前倒しで四回目の九龍城掃討戦が始まり、かなり下層まで攻め込んで、エルフも何人か殺したと後で聞いた。


 九龍城自体を密閉して二酸化炭素で満たしてしまう案も市議会に提出されたが、収入の少ない浮浪者や言葉の通じない孤児も多く住んでいるという理由で、却下された。

 でも、おかしくないか?

 そんなに人が住んでるなら何で食料確保の為にリスクを冒してまで公園に狩りに来たんだ?

 不思議に思って、傭兵に聞いたら、九龍城に住んでいる人間は寄生虫や病気持ちばっかで、喰えないから、キレイな大宮市民を崇拝者に仕立てているそうだ。汚くなったり、不味くなったら、使い潰すとか。

 つくづく、屑過ぎて怒りしか湧いてこない。

 罪を憎んで人を憎まずとか日本では言われていたが、奴らに関しては当てはまらない。

 現代の人類は、脅威が多すぎて、ナチュラリストだけに構っていられない。

 俺のこの気持ちも、つつみちゃんたちからすれば。


”ふーん。肩の力抜きなよ”


 程度の話らしい。

 世代の差なのか。

 命が軽いのか。


 自分の親しい人たち以外が対岸の火事なのは昔も同じかな。

 その差が顕著なだけ、今の人類は取捨選択をしっかり表現しているという事なのかもしれない。


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