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074 突発性路上ライヴ

 元々、サワグチは捉えどころが無い人間だった。というのが、現在の俺の正直な感想だ。

 担当医や、バンドメンバー、スミレさんに聞いた意見を総合し、客観的判断をした。

 考えてみれば、明確な意思を持って日々生きている人の方が少ない。

 医者からは、あえて俺が意思決定に口を出すのもよろしくないとお小言を頂戴した。

 現代において、精神病は病理学的に治療が確立されており、脳神経外科手術により治療が可能だ。

 ファージやその他のマイクロマシンを使い、壊れたネットワークや、異常接続されたネットワークを正常な機能に回復させる治療が行われるのだが、これに関しては賛否両論だ。

 没個性や画一的だと反対する人も多い。

 半面、凶暴性や健忘症の治癒には大きな効果があるので、俺としては大反対とも大賛成とも言えない。

 サワグチの脳は、元の組織図が判別できないほど変質してしまっていて、治療を行うと現在の人格に大きく影響してしまうと判断された。

 本人の意向もあり、軽い遺伝子治療を含めた経過観察に落ち着いている。

 いつ狂いだすか分からないのだが、それは誰でも同じだ。

 サワグチの場合は、爆弾が見えてるだけ対処がしやすい。

 そう思う事にした。


 脳神経が取っ散らかってしまうくらいの目に遭った。

 何年も。何年も。

 考えただけで胸が苦しくなる。

 医者に言わせれば、よくある事だそうだが、大抵、直ぐに壊れてしまうそうで、破綻しなかったサワグチの精神力は脅威的だ。


「何考えてんの?」


ボーっとしてた俺を、変装したサワグチが不審な目で見ている。


「疲れた?少し休もっか」


 つつみちゃんがウェイターを呼んで注文を出した。

 勝手に頼んでいるのだが、俺の分はカプチーノなので黙っておく。

 ここの喫茶店のカプチーノは神だ。

 確かに今回は疲れたが、気を使われたみたいだ。


「横山。サルベージポイントもう少しずらさないと、また危険区域に接触するぞ」


 分かっちゃいるんだけど、多分ここに隠れてるんだよなぁ。

 刺激するとアカシック・レコードが過反応する可能性が有るんで、刺激が少ないルートを試行錯誤している。さっきも、防衛反応みたいのが発現しそうになってビビった。

 スポッターとして金属袋とはまた違う意味でサワグチが優秀なのでこれはこれで仕事がやり易い。

 ルートにマーカーだけ付けて、一旦休憩。


 サワグチの声で流暢に苗字呼ばれるの割と好きなんだが、内緒だ。


 この、大宮駅の西口三階にあるテラスはゆるく階段状になった庭園の中程に位置しており、上は開閉可能な高透過ガラスのドームになっている。

 中でも座って飲めるのだが、今日は天気も良いし、外で仕事しようという事になった。サルベージ機材は大宮市庁舎のを使っていて、ここには中継器のみなので三人の内二人は身軽でいる。

 サワグチなんて読書用の小型端末しか持っていない。

 俺は何も持っていない。

 つつみちゃんは何故か、いつもリュック一杯に荷物が多い。

 確かに、便利なのだが、ソレ今必要?って物をこれでもかと持っている。

 役立つ度に、カンシャを要求してくるのだが、悪いと思って荷物を持とうとすると、プリプリして全力で拒否される。


 謎だ。


「ちょっと見てきて良い?」


 下の路上で、草バンドが弾き語りをやっている。

 つつみちゃんはさっきからずっとチラチラ気になっていた。


「あたしも行こう」


「俺はこれを飲んでる」


 アツアツのカプチーノを放りだすなんてトンデモない!

 それに、ここでも音は聞こえる。


 二人は顔を見合わせ、何やら意思疎通してから、バルコニーの端っこに向かっていった。

 つつみちゃんは小走りになっている。


 この、ふわっと柔らかいミルクの口当たりに、熱く強いコーヒーの香りが溶けあうと口の中が幸せに満たされる。

 暫くして、つつみちゃんだけ戻ってきたと思ったら。


「ちょっと、下行って混ざってくる」


 折り畳みのタッチベースをカバンから出すと、旧式のテックスフィアを引き連れて駅の中に駆けて行ってしまった。

 サワグチだけ一人にする訳にもいかないので、俺も下が見える端っこまで行く。

 サワグチは手すりに両肘をつき、リズムに合わせて微かに頭を揺らしていた。

 隣に行って下を見ると、左手の無いギタリストが、足を使ってエレキを器用に横弾きで弾いていて、隣でもう一人のギターがアコギをこちらは普通に手で横弾きしながら囁いている。ベースの音源は同じリフの繰り返しだ。

 それでつつみちゃん、居ても立ってもいられなかったのか。

 つつみちゃんが弾きながら近づいていったのが見えた。

 音質が同じで、音量も同じだったから一瞬分らなかった。器用だな。


「器用ね」


 サワグチが目を細めて笑っている。


アコギのおっさんがベースのリフを切ると、つつみちゃんは曲に合わせて主張しない程度に和音で刻みながら入っていく。

 囲んでいた観衆から指笛が鳴った。

 有名な曲なのだろうか?俺の知らない曲だ。ヴォーカルはあまり聞こえず、音に合わせてずっと意味不明な言葉を囁いている。時々、示し合わせた様に一瞬全員が動きを止め、また直ぐにセッションが混ざりあう。

 カタカタ音がするので隣を見たら、サワグチが囁きながら指を動かしていた。鍵盤代わりに手すりを叩いている。自分で気付いているのか分からないが、涙を流していた。

 俺は知らないフリをして、また下に視線を戻す。


 下の三人は向かい合って同じリズムに乗り、囲む人垣は道路にまではみ出し始めている。

 この階の手すりにも、いつの間にか人が鈴生りになっていた。

 警察も出張って来ていて、止められるのかと思ったが、交通整理だけしていた。

 粋でいて、でも少し物悲しいリズムが、駅西口を満たしているのが分かる。

 ここにいる奴らはこの曲を聴いて皆同じ感覚を共有しているのだろうか。

 つつみちゃんがアコギの方のおっさんに何か言うと、おっさんが両手でサムズアップして、その後ドラムの音が混ざり始める。

 ツインドラムだ。

 シュクタカとシャカタカだ。

 たぶん、二ノ宮本社から遠隔で参加しているのだろう。

 歓声が地鳴りで轟き、三人の弾いてる前で揃ってステップを踏み出す奴も出てきた。大宮の奴らはノリが良いな。

 暇人が多いのか?

 治安は良いよな、熊谷とか籠原の時みたいに浮浪者も市民権無い子供も見かけないし。

 三人は、周囲を全く気にしていないのか、無心に弾いている。

 いつまでも続いて欲しいと思うリズムだが、唐突に途切れた。

 足で弦を押さえていたおっさんがのたうち回っている。

 脚がつったらしい。

 一瞬騒然としたのだが、その後笑いに包まれ、ライヴは唐突に終わった。

 つつみちゃんはそのまま弾きながらステルスして消えてしまった。


 どうやって来たのか、あっという間に俺の隣に出現する。

 周辺のサーチ起動しときゃ良かった。

 ハッキング対策以外切っていたので、どういう仕組みか解析できなかった。

 周辺のファージログにも痕跡が無い。

 聞くのも悔しいので、黙っておく。


「楽しかったーっ!」


 身体にリズムがまだ残っているのか、グルーヴしながらホクホクしている。


「ひーちゃん?!ごめんねっ?寂しかった?」


 サワグチが泣いているのに気付いて、慌てて駆け寄る。


「ううん。聞こえてたよ」


「うん?」


 顔を伏せたまま、鼻をすすっている。


「缶詰の時も、聞こえてた。聞いてたよ」


 嗚咽に紛れて、絞りだした言葉に寒気がした。

 意味に気付いたつつみちゃんは背伸びをして、手すりに顔を埋めるサワグチの肩を抱く。


「もう。大丈夫。大丈夫だよ」


 泣くのを懸命に堪えて、優しく肩をさすっている。

 慰め力がゼロで居たたまれなくなった俺は、ひたすら空気になる練習をした。


 元気になって欲しい。


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