073 理不尽
「そんな訳で、コピー体で且つ大宮市内である事を条件に、外出可能になるんだが、どうする?」
サワグチは薄く笑っている。相変わらず何考えているのか分からない。
場所はいつもの本社地下にあるサワグチのコテージ前。芝生の上に置かれたガーデンベンチでお茶している。
「この間言った事気にしているんだ」
「興味あるかなと思って」
あまり感触が無いな。別にどうでも良かったのか?
言葉を選んでいるのか、俺の顔を見て黙っている。
「そうだ。何でアトムスーツ着てないの?」
そこ?今更?
「この間の騒ぎで破損して、修理に出してる。大宮市街地内は、簡単に外出許可が取れるようになった」
「大出世じゃない」
これは出世と言うのか?
「実際、外出許可出て、一人で油断してたら、籠原の時は殺し屋に何度も狙われて死にかけた」
「何度も油断して生きてるのが凄いよ」
呆れている。
「俺がアホだったのは仕方ない。どうする?今決めなくとも良いが」
返答から逃げてる気はする。
サワグチが何を考えていて、どうしたいのか。
未だに全く分からない。
昔、顧客にいた糖質で通院してる奴がこんな感じだった。
そいつは俺のことを目の敵みたいに憎んでいたのでまだ考えていることがなんとなく把握できたが、サワグチの場合、俺に悪意を持っているのかどうかも良く分からない。
生きたいのか、死にたいのか。
外に出たいのか、出たくないのか。
何か仕事したいのか、何もしたくないのか。
俺とこうやって会うのも、どうなんだ?
俺の為に会ってくれてるのか?
医者から言われたから仕方なく会ってるのか?
そういや、スリラー映画で、牢屋でも大都会でもフリーダムに生きていくサイコパスな医者の話が有ったな。
そいつは、自らの欲望に忠実に生きていくという明確な設定の下、行動が一貫していた。難解そうに見えて実に分かりやすいストーリーだった。
今のサワグチは、なんだろう。なんとなく動いているだけに見える。
何かをしたい、という強い意思が感じられない。
義務的に動き、ただ生きている。
条件反射だけとまではいかないが、俺に何かリアクションをする時も、本当はそんな事考えてないんじゃないかと、思えてくる。
ああしたい、こうしたい、これはいやだ、これが欲しい。
確かに。そうは言うが、この違和感は俺の勘違いなのか?
本当は、本質はもっと違うんじゃないのか?
サワグチの目をみる。
これはどっちのサワグチだろう。
もう一人は俺の後ろで、ブランコに座って本を読んでいる。
ファージが無いので分からない。
何を考えている?
どうしたい?
本当は放っておいて欲しいのか?
現状、ただ一人の同郷と言って差し支えないこのタイムトラベラーの女性は同じく異邦人である俺の安寧の一因にもなっている。
サワグチは俺が嫌いなのだろうか?
関わりたくないのだろうか?
それならそれで仕方ないが、生きていて欲しい。頭がこんがらがってくる。
何も言わずに紅茶を啜っていたサワグチは、俺が見つめているのに気付いて、いや、今気付いたフリをして口を開く。
「何か悩んでいるのか?」
「ちょっとな」
「おねーさんが相談にのってあげよう」
つい、ため息が出た。
「君は失礼だな。前から思ってたけど」
意外にも、憤慨している。
そうか。
そういう感情はあるのか?
それとも、一般的な反応に基づいて返してるのか?
「見た目で判断するな。中身はおっさんだ」
「余計失礼だよ。子供らしくしなさい」
無茶言うな。
「名は体を表すって言葉は、あれは俺には適用されない。外見に引きずられて中身が変化するってのは人によりけりだよ」
「毎日鏡を見て言うんだ。”これは俺だ。これは俺だ”って」
「それ、頭が狂う暗示だろ。知ってるよ」
「本来は”俺じゃない”って言うんだよ」
お、そうだな。
「横山君」
いつの間にか。ブランコで本を読んでいた方のサワグチが隣に立っていた。
「君のものさしは君だけの物だ」
うん?
「ああ」
だから何だ?
「今日はもう帰ってくれ。少し早いけど寝るよ」
まだ午後九時だ。
「そうか」
強引に薦めた記憶はないが、嫌だったのか?
「一緒に寝るか?」
ウィンクして投げキッスしている。
無表情なので色気のかけらもない。
「川の字で?親子かよ」
「失礼だな、せめて姉弟って言ってよ」
「姉さん、俺、一人で寝たいんだよ」
「ああ、うん。お年頃だもんね。恥ずかしいか」
両側から二人して手をつないでエレベーターまでお見送りだった。
これ、カメラ撮られてるんだが。嫌がらせかな。畜生。
後でしっかり、つつみちゃんから嫌味を言われた。
三日後。幸運にも俺は、ソフィアのあの大型スクーターに付けたサイドカーに乗っている。スクーターに併せた丸っこいレトロモデルでクッソカッコイイ!
口を開けると、風が甘い。
これが大宮の風か!
「ガキね」
何とでも言え。これが役得ってやつだ。
隣で運転するソフィアの後ろには、サワグチのコピーが二ケツで掴まっている。ずっとキョロキョロしてて、怖がっているのか愉しんでいるのかは不明だ。
アリーナ前からさーっと流して、ぐるっと南から回って北の自然公園に向かっている。
西に九龍城が見える危険な場所なのだが、公園自体はドーム型の巨大なシェルターになっていて比較的安全だ。これなら流れ弾も飛んでこないし、ファージも使用不能レベルまで希薄にされているのでセキュリティレベルはかなり高い。内部は遊歩道が完備された植物園になっていて、近くの施設の子供たちが遊びに来ていたりもする。
今日はソフィアとサワグチの話の擦り合わせも兼ねて、ピクニックだ。
俺は接続制限されていないが、サワグチはピクシースーツというファージ遮断専用スーツを中に着込んでいて、緊急時はメットを被れば即時ファージ遮断できる仕様だ。コピー体には生体接続する技術が無いので、ハッキングには細心の注意が必要となる。
今ここに俺らがいるのを把握しているのは二ノ宮と大宮だけなので、そうそう荒事には巻きこまれないだろう。
スミレさんも、傭兵チーム三つ付けてくれると言っていたし、さりげなく大宮のパトロールも気にしてくれている。
「何か、遠近感狂うね」
久々の広い場所だからか、サワグチの頭がフラフラしている。
「目がチカチカする」
「少し休んでから歩く?」
ソフィアがめっちゃ気遣いしてる。
「ああ」
三人でベンチに腰掛けて、取り留めのない話をする。
時々見かける筋骨隆々のランニング中なおっさんが笑える。
さりげなくしてるつもりなんだろうが、見て噴き出さないように気を付けないと。
ん?どこからか、ドーナツの甘い匂いがする。
「ドーナツ買ってきて良いか?喰う?」
「これからランチなのよ?」
「甘いモノは別腹だ」
「女子かよ」
サワグチがウケている。
二人ともいらないと言うのだが、どうせ隣で喰ってたら欲しがるだろう。
少し向こうの木陰で停まっているフードトラックに向かった。
「おぉ!」
八種類くらいあって、モノによっては揚げたてで提供もしてくれるみたいだ。素晴らしい。
当然、揚げたて希望でリングドーナツ三つとチュロスを頼む。
「毎度」
どこかで聞いた声だと、顔を見たら。
「なにやってんの」
警備杜撰過ぎない?
「大宮から出る機会逃して。何もしてないと身体が鈍る?」
殺し屋だ。
あの時別れて、それまでと思ったが。
「獲物の選別じゃないのか?」
「そうとも言う」
悪そう口端を歪める。
「揚がるのに二分、油切るのに一分、三分待って」
なんだよそれ。
「ドーナツ屋かよ」
「そうだが?」
九龍城にアジトが有って、ここで商売しているのか、出口が九龍城しかないから、ここで様子見してるのか、あるいは獲物選別してるだけなのか。
てか、殺しって仕事だろ?趣味じゃないんだよな?
「ここでやるかい?」
トングで口を隠して、俺に問いかける丸いグラサンの奥の目が笑っている。
「俺は今、ドーナツが喰いたいんだ。こんな匂いをまき散らしているお前が悪い」
実際、ここで殺り合ったら、俺も酷い事になるだろうが、こいつも酷い事になる。それは避けたい。
「ずっと、礼が言いたかったんだ」
「そうか」
殺し屋は油の中のドーナツを器用にひっくり返すと、飲み物の準備を始めた。
「サービスだ。お連れの子たちのもいるか?」
赤いマウデューだった。赤かよ。
俺は好きだけどさ。
「弁当持ってきてるんで、あいつらには聞いてからにする。あんがと」
「ピクニックか。良いな、若い子は」
「お前だって若いだろ」
何言ってんだこいつ。
「碌にデートもしない内にもう三十だ」
若っ!?俺より年下だったのかよ!
それでこのスペックか。理不尽だ。
何で殺し屋なんかやってんだよ。
あ。ドーナツ屋か。
「んじゃ、今度デートするか」
「おこちゃまと?ハハハ。刺されるよ」
誰が?誰に?
「まぁ、考えといてくれよ」
ドーナツを受け取って手を振る。
「またのご来店を」
我慢できなくて、ベンチにつくまでに一つ齧ったら、めっちゃ美味かった。
香ばしくてフワフワで、揚げたて最高。
そして、しっかり残りは全部取られた。
マウデューも全部飲まれた。
買おうかと聞いたら要らないと言うし、俺の取られ損じゃないか。
また買いに行くのも笑われそうだし。
「ナンパしてたでしょ。エロガキ」
ソフィアに難癖つけられるし。




