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046 音合わせ

「僕らはいつも、ヤる前に音合わせなんて全くしないんだけど」


 客が入り始め、ガヤガヤしてきた店内で、狼男は何杯目か分からないテキーラのショットをあおる。

 そんなにバカスカ飲んで、差し支えるぞ?


「済まなかったな」


 人のよさそうなその狼の横顔を見てると、なんとなく口に出しておきたくなった。


「んん?ふっ。僕も君を殺そうとしたしな。おあいこだ」


 やはりアルコールで掠れ始めた声でシャリシャリと笑った。

 カウンターにスミレさんが戻ってきた。

 俺らの斜め前で控えていた傷だらけの顔したバーマンが、するりと抜けてフロアに出ていく。

 まだ、客は続々と入ってくる。オーダーも詰まっているな。居なくていいって言ったのに。


「なんとか始められそうね」


 スミレさんは俺の飲みかけたストローハットを目ざとく見つけて下げた後、只のレモンスカッシュ割のトマトジュースをさらりと出し直してくる。


「あーっ。ボス、僕の奢りでテキーラで乾杯してたんだぜ?」


「未成年にお酒はダメよ」


 大人なんだよなぁ。

 これはこれで美味いので、狼と乾杯し直す。

 因みにこのノンアルもストローで飲む。メット取ると皆警戒するからな。


「ノリユキの奢りはお姉さんが貰っとくわ」


 ワザとらしく俺の飲みかけのストローを口に含み、俺を見てウィンクする。

 お茶目さんか。


「もう大丈夫そうだな」


 ちょっと恥ずかしくなってステージに目を向けると、つつみちゃんがノリノリでベースを搔き鳴らしていた。口がとんがっているのでかなりご機嫌だ。

 ツインドラムが小さく併せる中、金属袋のスーツ女が奏でるサックスと張り合っていて。その前で、ケラケラ笑いながらソフィアがタップを踏んでいる。

 ステージ前には少し人だかりができ始め、グルーヴしている客も何人かいる。

 暫く三人で互いをおちょくり合いながらバカ話していると、ノッポ巨乳ドラマーが音合わせを止めて、肩を回しながら近づいてくる。


「始まる前に腹減りそう。ボス、飯下さい」


 俺の隣のスツールに腰掛け、足を組むと俺の方を向く。

 女の汗の瑞々しい匂いが熱気と共に広がる。


「つつみがいつも自慢してたけど、ホント荒事慣れてるな」


 耳に刺さるハスキーボイスだったが、第一声がそれで白目を向きそうになる。

 確かに、本来味方のはずの彼らに対して、初対面に脳死状態で荒事に訴えるのはクソムーブだった。だいぶこの世界に染まっているな。暴力直結の人格破綻者として今後そういう目で見られてしまう。

 まぁ、俺としてはつつみちゃんファーストなのは間違いないが、今回の事は教訓として刻んでおく。


「済まなかった」


 とりあえず、何かの機会に全員に謝っておくか。


「別に責めちゃいない。お前の立ち位置だったら、誰相手でも直ぐ抜けるくらいじゃないと、寿命が半年持たないぞ」


 そういう世の中なのは、散々身に染みてるよ。


「それより、あの分解と組み立てはどうやったんだ?幻覚かと思ったんだが、マジで組み立て直してただろ」


 無口さんかと思ったら、結構おしゃべりだなこいつ。


「シュクタカそれ聞いちゃうの?手品は種で飯食うんだぜ?」


 狼が呆れている。が。


「別に。隠すほど高尚なネタじゃない。ファージ使って空気中の塵と水分で動かした。構造はネットで拾って設計図通りの手順で動かしただけだ」


 と、ざっくり説明する。実際にはもっと細かい手順やらネタがあるが、説明が面倒だし、嘘は言っていない。

 ぴくぴく虫の事を殺し屋から聞いて、実際にあの映像見てから、かなり練習していた事だ。初回でデザートイーグルの分解に使う事になるとは思わなかったが、起動手順は何種類か用意していた内の一つが咄嗟に使えて、偶々巧くいっただけだ。


「エネルギーが足りる気がしないが、実際目の前で起きたしな」


「エネルギー保存の法則からは外れちゃいない。映画の中の魔法じゃないんだ」


「ははは。シネマティックファージを使うのに?」


「僕には魔法に見えたぜ」


 スミレさんの出してきた香ばしいオムライスを頬張りながら、ノッポ巨乳ドラマーがスプーンで俺を指す。


「ナチュラリストは大丈夫か?散々気を付けてたんだろ?」


 知ってたのか。


「つつみから自慢話何度も聞いててミミタコだ。さっきミミサンドだけど、警備が阿鼻叫喚だったらしいが、侵入はされなかったのか?」


 あ、対処できなかったんだ。やべぇ。邪魔されるのヤダから警備会社にも反撃したんだよなぁ。損害賠償請求されたらめんどくせーな。


「アクセスはあったな。すぐメット被ったし、問題は無い」


 奴らが乗り込んで来たりとかあるのか?一応、スミレさんからアクションあったら対応できるようにはしておこう。


「珍しい名前だな」


「ん?あたし?」


 名前なのか?


「あたしがシュクタカ、あいつがシャカタカ。このバンドに入るときに何にしよっかって、つつみが付けた」


 つつみちゃん名付け親かよ。


「ツインドラムって、大抵、微妙にいらなそうだったり、邪魔そうだったりするんだ。あたしらは二人で仲良く叩いてたんで、擬音からシュクタカとシャカタカねって」


 つつみちゃんぽいと言えばぽいな。

 実際、ステージ上は無理に詰め込んだ機材とドラムでジャングル化している。


「僕僕、僕にも聞いてよ」


「ああ。リンス何使ってるんだ?」


「お。それ聞いちゃう?いや違うよ。芸名だよ」


「どうせいつもノリでイってるからだろ」


 ノッポ巨乳ドラマーとスミレさんがバカウケしている。

 狼男は苦虫を噛み潰していた。


「え?マジで?」


「可哀そうなものを見る目で見ないでくれるかな?!失礼だよ。君たち!」


 このバンドはつつみちゃんが作ったのか。


「結成は、あそこでサックスやってるメタルザックとツツミだけだったんだ。言うて、始めは時々この箱で音響試してただけだけどね」


 メタルザックって言うのか。まんまだな。


「顔見せろとか聞くなよ?ガチ切れするからな」


「だねぇ。”オッパイ見せて?”のがまだ可能性あるよ」


「なにお前見たことあんの?」


「いや、ボーイならの話さ、美乳らしいよ?」


 何でだよ。


「ケッ。結局カネかよ。世知辛いねぇ」


「僕は違うよ?露出の度にライヴライヴ言ってる金の亡者とは違う」


「ロマンで魚は釣れまちたかぁ~?」


「シュクタカ。後で泣かすね」


「ボスー、駄犬がモラハラでーす」


 仲良いなこいつら。

 しゃべりながらも超早食いなオッパイはお手拭きで顔をガシガシ拭くと肩を回してまたステージに向かって行った。

 あれ、スッピンだったのか。めっちゃ美形だな。

 てか、脇のホルスター丸見えなんだが、どうなのよ。


 二時間近く音合わせしていただろうか。夜の帳が下りる頃、客足も落ち着き、つつみちゃんとソフィアがステップ踏み合いながらカウンターにやってきた。


「よこやまクン、始まったらわたしの前に来てね」


 ハイハイ。楽しみにしてるよ。


「うぃー。今日の流れどーすんだい?」


 この犬もうベロンベロンだが、大丈夫なのか?


「選曲はわたしとヤッポンで順番つ。ノリ悪かったらイントロだけで回すって」


 そんなテキトーなモノなのか?ライヴとアルバムはストーリーが超重要だとか散々聞いてたんだが、二世紀半も経つと変わるものなのか?

 俺が不思議そうな顔をしているのにスミレさんが気付き、皆に気づかれないようにチャットでコメしてくる。


”この子たちはいつもこんな感じよ。ライヴは自己表現じゃなくて人体実験なの”


 不気味なワードに不穏な空気を感じ。一瞬だけ、周囲の音が遮断される感覚に陥る。


「のわっ!?」


 びっくりした。後ろからメットに小さな手が目隠しをしてきた。

 つつみちゃんだ、油断してたんでびくっとした。


「スミレさん禁止、そういうの禁止です」


「フィフィがエスコート投げて遊んでたからね」


「あたしぃ?!」


 俺、スミレさんが良いな。


「スミレさんでお願いします」


「コノガキ・・・」


 ドヤ顔のスミレさんは俺のメットを抱きしめるつつみちゃんと俺を射殺そうとするソフィアを見下しながらシガ―をくゆらせる。

 人生で初めてタバコが美味そうに見えた。


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