296 施設の環境について
確かに、この状況を事前に教えてもらう事は出来なかった。
ここから送信される全ての情報はこの施設の基盤管理責任者の目を通す事になるからだ。気付かれでもして、血迷って施設を壊されたら、俺も照屋も御破算になってしまう。
それにここでコントロールしているショゴスが全て解き放たれたら祭りの第二ラウンドになってしまうし。魚人やイモムシ全員が、記録デバイスを埋め込まれてて施設外でのログ管理もされている現状、この防壁を解いた時点で対処されると思った方が良い。
”あくまでも、子供を探すという前提で来てもらう事しか出来ませんでした”
連れてくる人数が多過ぎても怪しいしなあ。
会う事への二つ返事には理由があったのか。
”お前らの記録デバイスはどうするんだ?オンラインにした途端バレるぞ?”
”その為に、弄りやすい様、意図的に少人数にさせてもらいました。この会議のデータは改ざんして保存されています”
思わず可美村と井上を振り返ってしまった。
こいつら静かだったのって、それやってたから?
二人とも真面目な顔で頷いている。
可美村が赤外線で打ってくる。
”オフライン化後、お二方から直ぐ提示がありまして。状況が状況なので副代表には伝えずに、こちらも二人だけで進めさせて頂きました”
四人で偽の議事録シコシコ作ってたのか。
俺は顔に直ぐ出るみたいだからな。言わなくて正解だ。
”わたし共の脳内の短期記憶と記録デバイスのネットワーク齟齬は若干出るでしょうが、違和感は気取られない範囲だと思います”
照屋もそう言って頷いた。
”可美村、俺らの外部記録デバイスは?”
”弊社への異動にあたり、わたしどもは保持していません”
グッジョブすぎる。
なら、この魚人三人が漏洩しなければゆっくり動ける訳か。
俺ら九十九側の情報漏洩を気を付けないとだな。
”おそらく、既に部屋の外にマンシャゴが待機してこの部屋を走査しています”
マ?
”何だ?”
”基盤管理責任者の義体です。ノンファージで恐ろしく強い”
閉所だと面倒だな。
”コストが嵩むのでいつも休眠状態ですが、先ほど電力変化がそれらしき規定量検知されました。始動したようです。子供を探すのに協力を提案してくるでしょう。一緒に探す事にします”
”スペックは?”
”どうぞ”
貰ったスペックを見たら頭が痛くなる内容だった。
深海に適応した人類の見本みたいな奴だ。
義体の外見は手足が長いタコ頭女って感じだ。
水深千メートルまでフリーダイブ出来る性能で、喉の毛細血管で疑似的にエラ呼吸みたいな事をやってのける。なんだそりゃ。
俺が大好きだった宇宙的恐怖なジャンルのゲームとかだと、こういうタイプの奴はローブ纏って突っ立って魔法飛ばしてくるだけだが、こいつは鷲宮の集めた戦闘と戦略のプログラム経験者だそうで、水中特化のプロ兵士ってとこだな。
あのタコ崇拝者たちの動きとか想像すると、絶対水の中でヤり合っちゃいけない奴だ。
”暴動が起きた時に鎮圧に運用された事が有りますが、催涙ガスや溶剤でも無力化出来ませんでした。網で縛るのが手っ取り早いですが、ネコより柔らかいし、手足を千切られても素早く動くので、我々では手が付けられません”
見た感じ、外見は三男を頭にしてヒトの体付けた感じだ。
いつも持ってるのは、ヤスリと、銛、ロープか。
人殺しに行く格好じゃないな。
そりゃそうか。
”あれは?蚊幕とかどうなんだ?”
”アレは。誰でも嫌ですよ。サメやショゴス対策で護衛用のランチャーも有りますが、自ら撃つのはおススメしません”
”うん?”
”彼女は死角を持ってないですし、空気中で二メーターの距離で撃っても余裕で反応されますよ。ゴミを投げつけられただけで大惨事なので”
”ああ”
無人機飛ばせれば物量で押せるんだが、そんな状況がそもそも作れない。
無人機のほとんどは水中だと三気圧まで、スフィアは六気圧超えたら動かなかった。
深海用の兵装はまだまだ配備が追いついていない。今はマンパワーで何とかするしかない。
それに、俺らはスーツが壊れただけで終わるしな。
”こいつのネットアクセスのセキュリティは?”
”外部機器を使わない限り体内へのアクセスは難しいでしょう。表面のムチン質は対ファージ抗菌されてます”
”水の中でも?呼吸は?”
”海水中でのファージ誘導は経験が?”
水の中での大規模誘導は経験が無いな。
”あまり無いな”
頷いた照屋は動画やグラフをいくつか出してきた。
”二年程前の彼女の動きです、映像は参考程度に。グラフは水圧と誘導に必要なエネルギー、必要電力の減衰距離の簡易的な物です。ラボに行けばオフラインで詳しいデータは有りますが、深海に関しては貝塚物流様に聞いた方が正確で早いでしょう”
こういうのめっちゃ助かる。
”ありがたい”
てか、水圧以前に、海水中では俺のやり方ではほぼファージ誘導が出来ないぞ。
抵抗が大きすぎて、ファージが負けてしまって海水中でモノが動かせない。
電子戦ならそこそこ出来るけど、そもそも漏電が凄くて安定しない。
やるなら物理接続してからだな。これは面倒臭い。
空気中なら手はある。暴れられてもなんとかなるだろう。
などと考えながら動画を流し見してたら、目ん玉飛び出そうになった。
”なんだこいつ!?”
照屋は俺の変顔にウケている。
”ッツッ。見ての通りです。この管理権限内で、施設内で敵対されると厄介ですよ”
映像の中で、そのタコ女は分身し、周囲に溶け込み、赤外線カメラからも逃れて、突撃銃の掃射を喰らっても平気で動いていた。
三男が殺しても死なない感じだったから、そこそこ頑丈なのだろうと思ったが・・・。
”?!・・・うぇ”
頭しか通らないような取水管からにゅるりと出てくる映像も有って、マジでホラーだ。
”こいつ骨どうなってんだ?”
”詳しい資料は本家筋で管理しているのでわたしは又聞きの知識しかありませんが、骨の数がヒトの二倍近くあるらしいです”
ネコより柔らかいのか。こいつにアンブッシュされたら勝てる気がしないな。
”濃度異常の場所だと管理者がファージ誘導出来ないのかな?”
”そうです。なのでまだ対応仕様があります”
だな。
ここでの俺らのアドバンテージは、ファージ以外のネット回線とその運用方法を多数持っているって事だけだ。
タコ女も、照屋たちも、その対応策は多くはないだろう。
だから、何かあったらそこで優位に立てばいい。
基盤管理責任者もその辺りは警戒してるだろう。
スフィアが使えればめっちゃ楽なんだがな。
持ち込めても、電波悪すぎて効果は見込めないかな?
無いより百倍ましなんだが、無いものねだりしても仕方ない。
”基盤管理責任者は俺らがどういう奴らか知っているのか?どんな奴なんだ?”
”本家が得た情報は全て共有されています。三男の個人記憶は開示されていないので、整合性を取りたいのでしたら開示は出来ます”
”よろしく頼む”
上から取れる情報には限界があった。ゲームとは違うし、二十人以上の命がかかってる。どこまで知られているか分からないと何が出来るのかも分からない。
三男の個人記憶が共有されてないのはこちらとしてはありがたい。
ハリネズミの有用性がしっかり把握されてないって事だ。ファージ異常地帯でのアドバンテージが大きくなる。
照屋から開示される情報で、施設の全貌や生存者たちの所属、所持資格や賞罰、性格まで明らかになっていく。勿論、照屋たちの履歴も。
”マテ。これ俺らが知って良いのか?”
”伏せた方が不味いと判断しました”
そう言うなら良いけど。
前回の生存者の内、この施設に生き残っている者は全部で三十九名。
その内の三名の子供がファージ異常地区に籠っている。
生存は不明だが、生き残っている筈だと言う。
照屋たち含め、子供も全員人喰いで、人殺しを何とも思わないブッ飛んでる奴らばかりだ。
基盤管理責任者は特にヤバい。
元々が鷲宮の一族ではあるみたいだけど、脳の部位が混ざりまくっててもう身元が意味不明だ。言語野も機能してなくて、出力される意志も支離滅裂になっている。
施設管理には問題無いという事だが、自分の子供と他人の子供の区別がつかなくて殺意マシマシな時点でアウトだろ。
”気付かれたかもしれません。この防壁を解除したら、濃度異常地区以外ではログは全部見られてると思って良いでしょう。時間は決めておきま”
照屋がログを打ち終わる前に部屋が揺れた。
水密扉を覆っていた貝や海藻が吹き飛び、身体の芯まで響くバカデカい金属音を反響させて部屋全体がまた揺れた。
”作戦内容は送っておきます。その通りに進める予定です。以降、我々とのネット通信は傍受前提で。御社内での通信にも十分気を付けてください”
”了解”
”出ますよ。驚かないように”




