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寝起きでロールプレイ  作者: スイカの種
第四部

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291/298

291 地元民と二ノ宮の懇談

 洗脳という作業は、サッときてスーで終わる事ではない。

 ロジックを理解しても、完成度の高い洗脳をするためには膨大な作業工程が必要でげんなりする事だろう。

 意思や思考を書き換えるのに秒で済んだりする創作物は俺が生まれる前からトレンドとして一定の需要があったけど、その設定だけで問題が全部片が付いてしまうので真面目に創作物を楽しみたい層からはサイテー扱いされてドン引き案件だった。


 ぶっちゃけ、俺もドン引きだ。

 ゲームで出てきたらコントローラーぶん投げるレベルだ。

 手や目がピカピカ光ってそれで人が自在にコントロール出来ちゃって”不思議な力でそうなるんです。私の世界のルールです”とか言われても、納得するのは思考停止したファンだけだろう。


 ヤッポンが喰らった感情発信プロセッサは、限定的だがそれをやってのける。

 作られたのは昔の香港だったらしいけど、開発したのはどこの国なのか、全くの不明だ。

 そうしたくなる気持ちを勝手に形成してしまうこのふざけた機械を攻略すべく、つつみちゃんとヤッポンは人生を費やしている。


 映画の感想がワンシーンでガラリと変わってしまうのと同様に、人の思考も簡単に塗り替えてしまうこの技術は、形を変えてナチュラリストに受け継がれている。

 捕食者と崇拝者の、単なる主従関係を超えた結びつき。

 鉄道博物館跡で出会った時の宗教染みて感じた初見とは全く異なる、単なる食糧の需要供給の域を超えた生化学的な繋がり。

 赤の他人との間に親子関係より強固な絆を化学的に作ってしまうこの技術は、一度適用されると除去が非常に厄介だ。

 都市圏でも、炭田でも、一度崇拝者になってしまうとどんなに細密な脳神経外科手術をしても、完全に元に戻すのは不可能だと言われている。

 元に戻すってのがそもそもオカシイ作業だから何とも言えないな。

 化学的だろうが、経験からだろうが、人間関係のリセットなんてそもそもナンセンスだ。

 俺が古代人だからそう感じるだけなのか?


 何故鮫島を連れ去ったのか、後で聞いてゾッとした。

 俺が碌な準備せずに追ってくると予測し、鷲宮亡長男の崇拝者の一人がその場の独断で決めたそうだ

 生き残った崇拝者が仲間の通信ログを開示して発覚した。

 マニュアル作ると対策されるとは散々聞いて知っていたが、天気予報感覚で俺の行動心理が予測されているのは思う処がある。


 深海への戦力大量投入は例え二百メートルぽっちの水深でも難しいらしく、

 もし奴らの間で造反が起きなかったら青森でのヤマダみたいな目に遭っていたかもと思うと、冷や汗が出る。


 あの場所は、昔から鷲宮の所有物で中継輸送拠点兼実験場として機能していたが、ショゴスの生息地では無かった。島の祭りから逃げた物や生き残った物が経年で少しずつ集まっていったモノが繁殖し、奴らはそれを食糧として活用していた。

 俺が祭りに参加すると聞きつけ、しっかり嫌がらせをしてくるのは流石だ。

 早めに膿が出せたと建設的に考えておこう。

 これを機に種子島周辺の大規模探査もやっておきたい。

 先立つモノは、どうすっか。何かこじつけを考えよう。




 祭りの一週間後、南種子町の空港に隣接するホテルで地元民と二ノ宮地所との会合が行われた。

 ホテルの多目的ホールの中、四角く組んだ長机を囲み、十人程で団らんしている。

 資料配布や情報の擦り合わせ、意見交換は祭り当日から開始され、今日は顔を合わせての最終的な意見統一となる。

 喧嘩になったらなどという不安は払拭され、互いに妥協点は見いだせており、和やかな内容となった。


 二ノ宮側も町役場側も、本題を放り出して俺の話で盛り上がっている。


「カメラで残していなかったのが悔やまれます。ホント、映画みたいでしたよ。目の前で石の塊振り上げられてダメかと思った時、暗い水面がザバッと盛り上がって、何が飛び出てきたのかと思ったら一瞬でバタバタ倒して、政府の作戦群が元々ミッション組んでたのかと思いました」


 あの時、恐怖と絶望で真っ白だった鮫島も、今はニコニコ武勇譚だ。


 あそこで鮫島のメットを割られて、四気圧から十九気圧に一気に加圧されたら、ファージで小手先の誘導なんかしても救命は不可能だった。

 ファージ誘導での減圧維持に必要なエネルギーは体積の三乗になる。

 ハエを潰す程度なら余裕だが、水深百八十メートルで人一人が破裂しないレベルの容積を生命維持含め維持するとなると、アトムスーツのバッテリーでも不可能だ。そもそも、俺にはあそこで潰れない骨組みの構築すら思い付かなかった。

 舞原は何か手があったらしいけど、運よく造反が起きてなければそれも難しかっただろう。

 あのドックの奥に有った解体場で吊るされて”死んじゃったなら仕方ないよね?”とか言われながら鮫島と仲良く捌かれて有効利用されていたかもしれない。


 生存メンバーで投降してきた者たちや、名目上救助された者たちは、そもそも海底の圧力に適応してしまっていて地上に連れ出せないので、あの場所の探索や事実解明の協力として留まってもらう事になった。

 それはどうせ表向きだ。

 誰も上に出たがらなかったし、あそこにいた奴らは人を殺し慣れ過ぎていた。

 針だらけで苦しんでいたイモムシの子供ですら、腹が空けばウサギでも捌くみたいな感覚で俺のもも肉を摘まむだろう。

 鉄道博物館の奴らは悪意を持ってやっていたが、海底の奴らは暮らしの一環として何の疑問も持たずにその環境で生きてきた。

 外見を差し引いても地上に出すのは危険すぎる。

 子供たち以外の俺らに協力してきた奴らはその辺りも分かっていて、今までの食人生活を理由に殺されないだけマシだと思っている。


 あの場所については、住んでいた自分らでも全容は知らないらしく、ファージ濃度異常の禁足地では本当に何が起こるか分からないという。

 こっちも分からないままは危険すぎるので、早急な探索と安全管理が求められた。


「政府有識者からも企業の協賛のお話があったと思いますが、その辺りは前向きに考えて頂けるのでしょうか?」


 種子島は九州連合が胴元なのだが、イニシエーションルームが無いと分かった途端、共同探索を提案してきた。

 州政府は予算の都合で難色を示し、種子島としてはまだ税収も少ない状況なので困っている。


 なんだろう。この間の屋久島の事が蘇る。

 上から目線で口だけ出されて、お前ら金と設備提供しろよとかいう話なら誰だって御免だ。


 鮫島から話を振られたスミレさんは俺を見ている。

 間に挟まれと?

 なら、言いたい事言っちゃうぞ?


「住民も含め、あそこの借地権を全面的に九十九カンパニーで管理する許可が出たと解釈して良いのか?」


「フッフッフッ」


 スミレさんがウケている。


 鮫島は目を見開いてへの字口だ。


「人権には配慮されるべきですし、資源採掘とは違いますので、景観や環境の保護は担保されるべきです」


 人権。

 現在の日本から最も遠い言葉だ。

 州軍からのオブザーバーとして参加している中川の顔色を窺いながら何かモゴモゴ言い始めたけど。

 種子島としては難しいよな。


「商法の範囲内で行われる借地でしたら州は関知しないでしょう。探査した場合の報告は一定の範囲内で義務となりますが」


 州兵の中川君は法律にも明るいらしい。


 金出さないし、協力もしないけど、調査結果少しくらい見せてね。って事か。


「住民の方々の理解の範囲内で行われる事が好ましいですね」


「住民ね」


 つつみちゃんの皮肉気な返しに中川が後ろ頭を掻いた。


 都市圏において、人喰いに基本的人権はほぼ無い。

 州政府においても、九州においても。

 屋久島で行われていた事に対して、誰も何も声を上げないのが答えだ。

 帰化したナチュラリストたちも、そこについては何も言わなかった。

 でも、今回の舞原たちとの合同計画で風向きは変わってきている。

 これから喰わないなら、生きていても良いかな程度の理解にはなってきている。

 深海の閉鎖環境で、仲間を捌いて喰う事が当然として代々育てられてきた鷲宮崇拝者たち。

 俺らからしたら悪逆非道の極みだが、彼らにその認識は無い。

 今回の内紛も、人喰いが嫌だからとかではなく。自分らが駆逐されると心配して起こしたのが理由だろう。

 行方不明となり、洗脳され、遺伝子的にも変質してしまった元島民たちは悲惨だ。

 当人たちがそう思っていないのがせめてもの救いか。

 鮫島はあの海底の腐った魚人と懇意だったみたいだけど、これからどうするんだろう?何も聞いてないし、聞けない。


”スミレさん。ショゴスによる管理の話はして良いのか?”


”どうぞ”


「これは独り言なのだが、あの場のショゴスは有効利用を考えている」


「と言うと?残すのですか?」


 鮫島が反応すると、他の町議たちや中川が俺に目を向ける。

 今にもいきり立ちそうな雰囲気。

 俺だって自宅の隣にショゴスの巣があったらおちおち昼飯も喰ってられない。

 両手の平を見せる。


「まぁまぁ」


 どーどー。

 俺はショゴス保護団体ではない。


「軌道エレベーターのテープ補修にはショゴスを使う案が有ったんだが、これの養殖場が確保出来ないのでどうしようかと困っていた」


「何ですかそれ」


 鮫島が吐きそうな顔をしている。


「別に降ってきたりはしない。エレベーター完成後も、雨の度に頭からショゴスが生える心配をするような事態にはならない」


「どういうモノなんですか?」


 手を組んだ中川が興味深そうにのり出してきた。


「資料が欲しければ後で纏めて渡そう。静止衛星軌道までのテープ補修は微細なショゴスによって行われる事になる」


「そんな。ショゴスが言う事聞くんですか?あの人喰い、いや失礼。深海の崇拝者たちにテープ管理を任せると?」


 そこまで危ない事はしない。


「雇用創出として、施設維持に彼らの手を借りる事はあるだろうが、ショゴスの直接的な管理は弊社で対応予定だ」


 種子島の方々も中川たちも絶句している。

 鮫島が目を向けると、ニコリと一瞬笑ったスミレさんは瞳を煌めかせ、俺に視線を固定して黙っている。


「スリーパーって。そこまで出来るモノなんですね?」


 ポツリと漏らす鮫島の語尾が震えた。

 勘違いは困るのでそこは正しておこう。


「俺がする訳じゃない。そういう技術も可能性として存在するという話だ。コストもまだ定かではないし、上手くいかなければ、従来通りファージや電磁気運用になる」


 鮫島は羨ましいのか、怖いのか。複雑な表情で俺をジッと見つめてくる。


「過去の遺産ですか」


 どうなんだろう?

 過去にはやった事あったのか?

 赤道上空では同じ技術が存在してるかもしれないな。


「たぶん、未登録じゃないのか?北にある技術かどうかは、舞原に聞いてみないと分からないな。後で確かめよう」


「はあ」


 ため息しか出ないみたいだ。


「安全性が担保されるのか、有識者による検証もお願いしたいところです」


「当然だ」


「それより、鷲宮の施設について、情報は出てきたのですか?」


 深海施設生存者たちの安全を条件に、付近の探索に協力してもらっている。

 彼らが他に知っている施設は一つだけだったが、それは深海二千メートルに有った。

 現在の都市圏の技術ではたどり着けない。

 水深二百メートルに住む彼らも、交流する場合は何か月もかけて潜っていくと言う。


「鷲宮は深海に関して世界で一番手を伸ばしている。水深二千メートルの位置に存在するという施設の他にも、まだ更にその先があると思われる」


 この辺りは開示された資料を見れば、俺でも分かる。


「根拠は?」


「その施設では、超高圧下での発電に多金属団塊を使っていた。これは四千メートルより潜らないと採取するのが難しい」


「何です?それ」


 鮫島は知らなかったが、中川が知っていた。


「深海のマンガン塊とかの鉱床ですよ。コストの面で採取出来ないって何年か毎に話題になるでしょう?」


「ああ」


「電気や酸素の生成に使うのは分かるが、施設があるとされる深海二千メートルにはコストに見合う程の鉱床が確認されていない。更に深海で大規模な運用が行われているとみている」


「鷲宮は何かコメント出しているのですか?」


 言っただけで殺される心配は無くなったけど、言いにくい。

 地元民と二ノ宮の会合って体だから、今ここにはバロメーターとなる陸奥国府のメンバーが一人も居ないんだよな。

 四つ耳裕子あたりは聞いてるかもしれんけど。


「だんまりだ」


 三男に聞けば教えてくれるかもしれないけど、都市圏側から回答を求めたあの長男崇拝者の施設にすらだんまりを決め込んでいる。

 何も言わないだけで、非常に注意深く見ているだろう。


「その二キロ深海の施設にも手を伸ばすのですか?」


 全員の気持ちを代弁して鮫島が俺に聞いた。

 スミレさんが答えた。


「都市圏は鷲宮と争う気はありません。救助や亡命の要請があれば応えはするでしょう」


 そこなんだよな。

 長男一派の施設だというのは判明してる。

 だから同じような実験や研究が行われている可能性が高い。

 放置は危険だ。

 でも、可能性だけで攻め込んで占拠する訳にはいかない。

 そんな事したら火種が増えて、南北を分断したいエレベーター反対派を調子付かせる事になってしまう。

 現時点で出来るのは周辺海域の警戒くらいだ。


「あの南の巣がコントロールできるようになれば、勿論大きな利点がある」


「ああ」


 皆そこには直ぐ気付いた。


「今回と逆の事が出来るのですね」


 頷く。


「まだ独り言レベルだ。毎朝隣にショゴスが添い寝してないか心配をするような事態にするつもりは無い。そういう事も出来るかもしれない程度に考えておいてくれ」


 急にやりますとかいうと大反発だからな。


 あのケイ素と脳幹の親子に話してみて、全てはそれからだ。

 どうやって話を進めようか。

 まず、ショゴスによるテープ補修からかな。

 先は長そうだ。


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