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寝起きでロールプレイ  作者: スイカの種
第四部

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289/299

289 狩猟民族

”というか。深きものって何だ?”


”今更かいの”


 膝まで浸かる海水は浮いた大量のゴミで水面がほとんど見えない。


 そもそも、このダクトやパイプだらけの通路は集魚ランプが時々吊り下がっているだけで基本真っ暗だ。

 浸水も至る所で滝になっている。

 アシストスーツが無い鮫島は、ルートが分かっていてもついて来るのがやっとだな。

 ジャバジャバと凄い音を立てて、ゴミに絡まって何度も転びそうになっている。

 背負った方が速いな。


”近くまで背負う。掴まれ”


 鮫島が首に腕を回した後、アシストスーツの片腕でしっかりと固定。ビンガムの調子を確かめる。

 膝まで浸かる水の中を走るのは筋力補助があっても地味に難易度が高い。

 なので水の上を走る。

 スピードが乗らない内は水を蹴破るソールを中華包丁っぽい形状にして、速い時はかんじきバージョンにする。


「この靴オカシくないですか?」


「黙ってろ。舌噛むぞ」


”パドリングの代わりに使いたいです”


 基準が波乗りなんだ。


”まだ非売品だからな。難しいだろう”


 潜らなければ通れない場所とかも結構あって、蚊幕やワイヤートラップ以外にも、ライトの近くには海藻に紛れた有刺金属線とか、水路の壁に水流で巻きこむ真っ暗な横穴とか、地味な嫌がらせが多い。

 海の底でこんなのに吸い込まれたら絶望しか無い。


 のじゃロリが示すルートはほぼほぼ集魚ランプのコードに沿っている。

 俺からルート提示すると是と言われた。

 もう三分近く突っ走っている。かなりデカいぞこの構造物。


”何故、戻って体制を整えなかったのです?”


 狭い隙間を通り抜ける時、一瞬だけのじゃロリとの通信が弱くなった瞬間、鮫島に赤外線で聞かれた。

 もうメンタルは問題無さそうだな。

 こっちから見えるバイタルは正常値に近い。

 通信には気付いているんだな。

 俺の立場に疑問を感じているんだろう。


”鮫島を殺さずに攫った意図は分からないが、俺がノコノコ出張って来るとは誰も想定していないだろう”


”ですね”


 もし本当にイニシエーションルームが有ったら、その直ぐ北にある種子島はかなりの危険に晒される。

 アレは収容された脳たちが物理サーバーとしても強力な役割を果たす。

 断層帯の時にほんの一瞬だけナチュラリストのネットワークに接続させてもらったが、環境の一部を間借りしただけなのに、何でも出来そうな気がした。 ルームの狂った脳たちが接続した後暴走でもさせられたら、電力の届く範囲内全てで、パンドラの箱が現実化するだろう。

 周りを海水に囲まれた種子島で、ファージインフラを管理する為の発電を海水に頼り切っている環境。

 仮にもエレベーター建設予定地だ。それだけは防がなければならない。


 戻って色々準備した方が俺も安心安全だが、もしルームが存在するかも、と表立って判明すれば色々利権が発生してくる。

 欲をかく奴も沢山出るだろう。

 西日本とか州政府はその辺りどう動くのか良く分からない。

 今までの内紛とかズブズブな対応を見ていると不信感しかない。

 だから、持ち帰って検討するという選択肢は無い。

 幸い、舞原は今協力してくれる。ナチュラリスト相手ならこれほど心強いバックアップは無い。逃す手は無い。

 ファージの隔離だけが懸念点だが、この漏水だらけの海底迷宮で完全隔離や遮断は難易度が高い。


 定間隔で聞こえる耳障りな叩音がしてきて、近づいていくと段々大きくなっていく。

 人が沢山集まっているエリアが近づいてきた。

 のじゃロリのファージ走査しか頼りにならないので正確な人数は俺からは分からない。

 ファージネット経由で開示される情報が非常に精査されているのが分かる。

 あえてどうこう言うつもりは無い。プロに任せる。


”待ち構えとるが、争そう気は無さそうじゃ。次の曲がり角からゆっくり近づけ”


”鮫島は?”


”把握されとる。傍に置いておけ。アトムスーツのバッテリーを四割ほど開放してもらえんかの?”


”了解”


 鮫島には俺を遮蔽にしてもらって、通路の角から出てゆっくり近づいていく。

 セントラルヒーティングの施設が近いのだろう、ゴンゴンと振動するダクトだらけの通路を抜けると、結構大き目な空間に出た。続く道は緩く階段になっていて、その先には倒壊した鳥居が見えた。


”この鳥居は偽物かと思ったが、材質がサンゴじゃった”


 元は五メートルくらいあっただろう、結構大き目の鳥居が崩れて階段に散らばっている。階段の両脇には定間隔で淡い光の集魚ランプが転がしてあり、形状の不明な生物が集って陰を作っている。

 ドーム状にくり抜かれた岩盤をダクトとパイプが這いまわり、雑に組まれた免震装置が足場と共に広場を埋めていて、生き物の骨格を思わせ、何かの体内にいる気分にさせる。

 舞原の走査情報では、天井から垂れる海水は何かの卵を大量に含んでいる。

 一瞬、伊勢崎の銀行に有ったケイ素の虫だらけの金庫を思い出してゾワッとした。

 アトムスーツの走査では周囲にそられしき構造体は見当たらない。

 ここにあんなの居たら困る。


 痛々しい泣き声の正体は奥の社にチラチラ見える。

 火の入っていない巨大灯篭の前に何人か立ってこちらを見ている。

 俺らが近づくのを待っている。

 灯篭の前には崩れた岩山があって、これも元鳥居だった。


 近づいていくと、そいつらが人の形をしていない事に気付く。

 さっきの腐った魚人もどきとはまた違う。


 真ん中の一人は両足が義足で、両手が無かった。被っている外套の背中が膨らんでいるのはアシストスーツの義手だろう。

 武器の有無は分からない。ボサボサの髪は整えられていなくてワカメみたいに張り付いて上半身を隠している。顔も見えない。

 両隣の奴らは、水死体みたいにブヨブヨに膨れた上半身で、腰から下が腐りかけの朝鮮人参みたいになってとぐろを巻いている。


「ぼ待ちしておりばした」


 真ん中の奴がガタガタ震えながら喉に水が詰まった声で話しかけてきた。


「舞原家に連なる方とぼ見受け致します」


 まぁ、そう見えるよな。


”一応、表敬訪問の式に則って段階を踏んで誘導かけとる”


 他家のルームの場合、一歩間違うと戦争になるからな。

 本来、近づく事すらイレギュラーなんだ。


”おのこよ。鳥居は倒せぬ。倒れる鳥居は偽物じゃ”


 何かを叩く金属音が一つする度、泣き叫ぶ何かたちの声が大きくなってゆく。


「ごれより先ば鷲宮の土地。立ち入らぬよう、重ね重ねぼ願い致しますぶ」


”こ奴らも偽物。ホンモノは社前で泣いとるワッパ共だけかいの”


 偽物って。コピー体って事か?


”テロリストの分体共が児童虐待って事だな。土地の所有権は分かるか?”


”分体にも人権はあるんじゃが、この際それはよいか。そこは鹿児島所有じゃ。種子島の管理なのでわっしは関知せん”


”都市圏として介入する”


”好きにせ。祖霊召喚中じゃ。止めるなら早うな”


 そういう事は早く言えよ。


「都市自治法に則って立ち入る。抗議は役場で受け付ける」


 こっそり目のバフを起動。

 鮫島に背中を差し出すと、察しておぶさってくる。


「血迷われだかっ?!」


 制止しようと手を広げた奴らを飛び越え、社に向かい駆ける。

 ニンジン二人が手槍を投げようとしたが舞原に阻止された。

 俺が誘導を行わないから油断していたみたいで、そのまま三人とも綺麗に無力化されている。


 境内で行われているモノが肉眼でも見えて、鮫島が俺の肩を掴む手にギュッと力を入れた。


 乱入した俺らに全員が注視し、声と動きが一瞬止まる。


 並べられた五つのまな板。

 その前に整列して蹲っている魚人たち。

 包丁や金槌を振るっていたイモムシたち。

 まな板の上では、イモムシ状の子供たちが下半身を解体され、虹色の釣り糸が伸びる釘や針を丁寧に打たれていた。

 なんだこりゃ!?

 想像してたのと違う!


”どうすればいい!?”


 レスは直ぐ来た。


”ノンファージをマーキングする。現場を掌握せい。事後処理は請け負うで”


「今行われている作業は即刻中止だ。この場は都市圏の管理下に置かれる。抵抗すれば容赦はしない」


 変声すればよかった。

 ガキの声じゃ説得力皆無だ。


”貝塚が潜水艇を出すと。上はまだ片付いとらんが人を送る。今解析しとるんじゃが・・・、間に合わんかったら解体を始めてもらうかもの”


 そりゃ助かる。貝塚も動かないと不味い事態か。

 てか何の解体だよ。


 ここに居るのは四十人くらいか。

 反応は様々だ。


 蹲っていた魚人たちは懐から槍の穂先やナイフを取り出し、同士討ちし出した。

 何人かは俺らに向かって来る。

 敵対してるのは鷲宮長男崇拝者が死んだ後クーデタ―起こした奴らで、俺らに味方してるのは照屋の仲間なのかな?

 子供を解体してたイモムシの一人は俺に中華包丁を投げつけてきた。

 残りの解体者四人は金槌や包丁を手にぬるりと距離を詰めてくる。


 回転しながら俺の顔目掛けて綺麗に飛んできた包丁はアシストスーツで綺麗にキャッチ。倍の速度で投げ返す。

 薄暗いし、余裕でメットを割れると思っていたのだろう。

 投げ返された包丁を頬に深々と受けてそいつは力なく倒れた。

 俺の反撃にも全員が動揺していない。

 これはかなり不味い。

 舞原を信用してノコノコ出てきてしまった。


 ノンファージでマーキングされた奴らはイモムシが二人、魚人の中に八人。

 魚人のうち二人はこちらに背を向け、じりじり寄って来る。

 この二人は入り口にいた魚人の仲間なのか?

 一人が背中を見せたまま俺に聞いてきた。


「照屋は?」


 っぽいな。


「入り口で待っている」


 嘘は言っていない。


”舞原。この闘争心バリバリな方々は何とかならないのか?”


 口八丁で何とかできるか?


”わっしの方で直接干渉は無理じゃ。繭玉作ると利用されかねんし。ん、忌諱剤撒き始めとるな。三十二より少なかんべ、シシ。何とかせい”


 状況だけ見たら詰んでるんだよなあ。

 でも、忌諱剤撒いたのはアホの極みだな。

 水圧でぶっ壊れたら大惨事なんで、危なくてファージの容器持参出来なかったから、奴らが使わないのなら渡りに船だ。

 俺がエルフだと勘違いしてくれているんだ。


「抵抗するなら対処する」


 大分気持ちに余裕が出来た。

 言葉に出ないように気を付けよう。


「説得なら無理だ」


 背中を向けているうちの一人が応えた。


「ここにあなたが立ち入った時点で、僕らの取るべき道は決まってしまった」


 相対してる奴らはどう動くか示し合わせていない。

 ノーコンタクトで狩りをするのに慣れ切っている。

 二人こっちについたのは牽制になっていて、その点少し余裕が出てくる。


 俺が背負わないで、鮫島には隠れていてもらった方が良かったか?

 でも、まだ二十人以上どこかにいる。

 こんな迷路みたいな空間、忌諱剤撒かれて捕まったら面倒過ぎる。


 奴らが半円に広がり距離を詰めてきた。

 俺が飛び道具を持っていないのに気付いたみたいだ。


”鮫島。首を固定してちゃんと掴まってろよ”


”はい。あの”


”何だ?”


”内圧制御が後一時間切ります”


 それまでに片は付く。良いにしろ、悪いにしろ。


”迎えは来ている。間に合う”


 現在の水深は二百二十メートル。この超深海施設内の空気組成は地上とは全く違う。吸気可能なようにコントロールされているのだろうが、窒素や酸素が少なく、二酸化炭素がめっちゃ多い。

 深海の圧力下で地上と同じ組成の空気など吸ったら哺乳類は酸素中毒で即死だ。

 なので、今の俺らは耐圧の効いたスーツで四気圧くらいまで抑えた上で、若干組成の変更をかけた空気を吸っている。四気圧かかっているのは、スーツが傷付いた時に即死するのを防ぐ為だ。気休め程度だけどな。なので常に息苦しく、コンディションは最悪だ。

 スーツの制御が切れれば死ぬ。そこは変わらない。


”はい”


 俺のアトムスーツはまだ分轄制御できるから即死はしないけど、鮫島のダイバースーツ壊されないようにしないとな。

 難易度が高い。



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