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225 手引き

 次の日の朝、寝覚めは最悪だった。


「ほわぁあああああああああっ!!!?」


 つつみちゃんの悲鳴で飛び起きる。

 異様な湿気に咳き込み、窓の外が真っ暗なのに気付く。


 カーテンを開けて、両手を熊手にしたつつみちゃんは俺に背を向けたまま動かなかった。


 暗いので明かりをつけると、コテージの窓の外がユムシウナギでミチミチに埋め尽くされている。

 ビクッとして腰にきた。

 久々に驚いた。


「おはようございます。昨日はお愉しみでしたね」


 ドアを素早く三回ノックして入ってきた可美村は、俺らとツインベッドをちらりと見て、皮肉で軽いジャブを入れてくる。


「朝一から止めてくれ。最近あんたらが仲悪い所為で胃の調子が悪いんだ」


 俺とつつみちゃんは残念ながらまだ清い関係だ。


「最近、後悔先に立たずと学びましたので」


 誰だこいつにそんな危険な事教えたのは。

 無敵の人になってるじゃねぇか。


「やり様があるだろ。俺は平和主義者なんだ」


「ですね、副代表。太陽は青いです」


 思わず二の句が継げなかった。

 俺は部下相手に接待プレイで勝つつもりは無い。


「すみません。言い過ぎました」


「いや。俺も。すまない」


 可美村も疲れてるのだろうか。

 しばらく本社から離れてたから気が抜けてたのかな。

 

「おおう。浅瀬のウナギが全部浜に上がって来てるんだ」


 仕切り直そう。可美村が渡してきたタッチパネルを手に取る。

 見せてもらったデータは凄いことになっている。


「全部かどうかは分かりませんが、処理が間に合っていない量ですね。コテージが潰れるほどではありませんが対処が遅れて、太陽光パネルは有機系でしたので食べられました、全滅です。空調が開いてたコンテナも一つ入り込まれてぐちゃぐちゃです」


「それはもう、仕方ないから扉を開けておいてくれ。中で死んで腐ったらコンテナごと投棄する羽目になる」


 可美村さん。何故ベッドのニオイを嗅いでるんですかね。


「つつみ代表は立ったまま気絶してる様ですよ?介抱した方がいいのでは?」


 器用だな。


「俺がやっていいのかよ」


「私が触れると不機嫌になりますので」


 確かに。ハッキングされるとか騒いでたもんな。


「ウナギは放って置けば戻るか死ぬかするんじゃないのか?」


「かもしれませんが、隙間に潜り込んでくる習性があります。皮膚呼吸がメインですので、私共の現在の寿命よりは長生きしそうです」


 ぐええ。


 倒れずに器用に気絶しているつつみちゃんをベッドに寝かせ、外が目に入ると見てるだけで寄生虫塗れになりそうで、気分が悪くなってきたのでカーテンを閉めた。

 雨戸も閉めたかったが、ちょっとでも窓開けたら地獄になる。

 防弾の耐圧二重ガラスで良かった。ケチってたら大惨事だった。


 リビングに入ると、事務方の兵たちに囲まれてあーもないこーでもないとセッションしている貝塚とメアリがいた。


「おはよう。目覚ましはここまで聞こえたよ」


 俺が入ってきたのに顔を向け、貝塚が片眉を上げた。

 周りの皆も頭を軽く下げているので俺も頷いておく。

 貝塚の冗談に誰もつられて笑わないのは教育が行き届いてる証拠だな。


「おはよう、ブルーカラーは朝から重労働みたいだな。朝飯食べたら俺も雪かきしよう」


 外から凄い音がしている。

 重機で搔き潰しているのだろうか?


「止めておき給え。先ほど無駄にしてしまってね。水が貴重だ。既に君のシャワー用の確保は難しいよ」


 そういうレベルなのか。

 保安のためとはいえ、水道管引っ張ってないとこういう時辛いな。


「なら遠慮しておこう」


 自分で動かないのはもどかしい。


「それより、山田副代表からも意見が欲しいね。前線の影響についてだ」


 お?進捗あったのか?

 データを見せられながら説明を受ける。


「ユムシの対処に関してではないんだな」


「そちらの解決は既に時間の問題だ。アレは木酢液を非常に嫌う。舞原君の所で大量に生産しているので、それを融通する。範囲外の風上から噴霧してもらえば直ぐ海に帰るだろう。殺して死骸を片付けるのも手間だ。それまで、コテージが壊されない程度に駆除しておくさ。寄生虫の駆除も出来て丁度良い塩梅じゃないか」


 この時代に木炭作ってんのか。

 ああ、舞原そういうの好きそうだな。

 バーベキューに使ってた炭も自家製だったりしてな。


「追い出されて陸に上がってきたんじゃないのか?コントロールされてる訳じゃないんだ?」


「ああ。電位差が上がって感電を嫌って上がってきていただけだよ。時間経過で電位差は無くなる。既に、現在まだ水中に残っている個体は、満潮でも浜に向かってきていない」


 ならそっちは安心か。


「現在、あの沖の黒い物体を中心に上昇気流が発生して入道雲が形成されているのは知っているね」


「ああ」


 只の雨雲だったのに、もう入道雲になった。

 自然現象と違ってエネルギーが足りないから形成は超遅いが、それでも人が作り出すエネルギー量から見たら驚異的だ。


「シミュレーションでは、前線に耐えきれず押し出されて消えると出ている」


 確かに、こんなコンパクトな局地現象では、巨大な前線の押し上げに耐えられそうにない。


「貝塚は違う見立てなのか?」


 貝塚がグラフの一つを拡大させながら解説する。


「海中の温度上昇の時間経過だ」


「なんだこれ?」


「見ての通りさ」


 アレの周囲の海水温が三百度近くになっている。どんどん上がっている。

 三百度。


「分裂炉の可能性があるのか」


「あるいは。それに類する、冷却を必要とする発電設備の可能性が非常に高い」


「グラフを見た通り。ユムシが浜に登り始める少し前、過熱を始めた。半径四キロ四方で海面温度は一気に三度上がっている。膨大な量の水蒸気が発生して、金床雲になるのは時間の問題だろう」


 北上する前線に対して対抗策を練ったとでも言いたいのか?


「わたしだったら左に巻き始めるね」


「前線のエネルギー巻きこんで台風になる?」


 俺の言葉に貝塚は周りのメンバーを見回す。

 皆もじもじしている。

 何だ?


「山田副代表」


 メアリが代表して答えてくれた。


「その発音はスリーパーがよく使う古語です。タイフーンと言った方が誤解が少ないでしょう」


「分かった」


 気を付けよう。


「タイフーンになるとして、どういう意図があるんだ?」


 だから何?となる。あそこが台風の目になって、意味あるのか?


「天気の影響を鑑みずに維持できるとしたら、脅威ではないかね?」


「それは。そうだな」


 厄介過ぎるな。

 便利過ぎるとも言い換えられる。


「まるで、チュートリアルみたいだな」


 メアリやその手下の何人かが息を呑み、貝塚が目を細めた。


「君もそう思うかい?」


 愉しくて仕方ないようだ。


「まず初めに危険性を教え、活用方法を示唆し、利用の弊害、維持の方法」


「次に何が来ると思うね?」


 マニュアルではよくある手順だ。


「トラブルの対処」


 貝塚がゆっくり拍手した。

 壁際で可美村が音を立てずに小さく拍手している。


「メアリ君。わたしも見当違いではないと思うんだがね」


「肯定的な対処をしなくて良いとは言っていません」


「勿論。警戒はするさ。最大限のね」


 ご機嫌だな。


「さあ。我々に必要なのは犯人捜しではない。この危機を、アレを破壊せずに乗り切ることだ」


 自分の仕事は終ったとばかりに、背もたれに背中を預ける。


「各々、職務に励み給え」


 貝塚の兵も舞原の兵も、一斉に動き出した。皆、自分の仕事を弁えている。

 指先一つ動かさず、敵勢力の兵隊を自律的に動かせるのは貝塚だけだろう。




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