224 責任転嫁?
ぶっちゃけ、ここから出る事は難しくないだろうと考えている。
貝塚と舞原、つぎ込む金が唸れば、財力でねじ伏せるだろう。
相手の目的や効果範囲が不明な現在、逃げれば解決という訳でもないんだよな。
現状、半径十キロだから二十キロ四方ってことか?被害はその範囲に納まっているものの、逃げた途端、球電の環境が日本全国追ってきて都市圏とかのコミュニティに被害が出まくったら笑えない。
慰問公演っぽい演奏会が終った後、少しは皆の角も取れたみたいだ。
その後の、南北兵士たちの初めての共同作業で、俺が万が一の為に仕舞いこんでいた太陽光発電用のシートをコンテナの隙間や上に隙間なく敷き詰め固定していく。
時々笑いも起きている。一応は大丈夫そうだな。
手持ちの全部引っ張り出したが、たかが知れている。それに、ずっと曇りだから発電効率は半分程度だ。ヘリの電源とコンテナ電源設備を使っても、電磁防壁用の燃料が三日分切っている。三千kVAあるから十分遊べると思ったんだが、高価な軽油がモリモリ減っていってる。
いざという時を考えてディーゼルエンジンの発電にした、油なら何でも動くが、だからって流石に白絞油をトン単位で持ってる訳じゃない。
こんな事態は想定外だ。ファージ誘導でMAP攻撃には十分だろうな程度の感覚でいた。
太陽光で延ばせる時間は良くて数時間だろう。
コテージのリビングで、不安定ながら刻々と揃ってくる周辺のデータに俺らが目を凝らしていると、外で自陣営とレーザーで打ち合わせしていたメアリが中に入ってきて貝塚に話しかけた。
「少し宜しいでしょうか?」
「なんだね?」
「貝塚様、弊社で環境発電設備を送り込む準備があると通達がありました」
外で舞原が動いてるのか。
「うん。外部からの電力確保に関してはこちらも考えている。刺激しない方がいいと思うので保留だよ。それより」
ジロリと見つめられ珍しくメアリがたじろいだ。
「うちの衛星が上空を通過した途端不通でね。何か知らないかね?」
収集データ量が一瞬減ったのはソレか。
見間違いかと思った。
でも、メアリは話す内容に安堵を示す。
「ああ。それでしたら、データ共有致しましょうか」
了承も無く目の前で展開され始めたデータに俺らは目を疑う。
「何だね。これは」
意趣返しをされたかたちの貝塚は生唾を飲み込んだ。
立体表示された大規模な周辺MAPには、高度八百キロ近くまでの気象レーダー図が表示されている、沖にある黒い物体辺りの座標を中心に、形成され始めている入道雲は、高度三百キロ近くまで恒常的に音波干渉をしていた。
リアルタイム映像だ。舞原は静止軌道衛星を持ってやがる。
「弊社でも真上に移動した衛星が壊されました。直ぐに情報共有すべきでした」
「いや。早計だった」
これ、電離層まるっと包囲されてね?
「電離層掌握されてるのか?」
「ですね。上層反射を使う電磁波通信は全てブロックされてます」
これは酷い。
「上空のファージ分布は?」
「こちらではまだ周囲五十キロ、上空は三キロまでしか走査範囲を伸ばせていない」
ちょっと悔しそうだな。
「重ねてみましょう。我々が把握しているモノです」
更に表示されたデータ。上昇気流により舞い上がるファージと、それによる音響走査可能空域が入力されていくにつれ、皆の顔色が白くなっていく。
「ははは」
貝塚は笑うしかないようだ。
「どうしろというのかね?」
「弊社も検討中です」
通常、対流圏と呼ばれる高度十キロ付近までしか無いファージ生息域は、今朝方攻撃があった直後から上方に急速度で拡大を続け、既に高度百キロまで到達している。
「音波の到達する三百キロまで拡大するのではとの見解です」
「そうだね。時間の問題だろう。地表付近のファージを死滅させるかい?」
「海面からの蒸発で時間稼ぎにもならないと言われました。今日の昼過ぎから前線の影響で南からの風も強くなります。外周からのコントロールもコストがかかり過ぎるとの事です」
「試算書を見せてくれるかね」
少し考えたメアリは、黒塗りが有っても良ければと応え、貝塚が了承すると代表と相談すると言ってまた外に出ていった。
「貝塚はアレを破壊する気は無いのか?」
「どうしてそう思うのかね?」
どうしてって。
「新兵器の効果測定をしてるように見える」
嬉しそうに目を細めた。
「柄にもなく焦って失言した後にそう言われると、中々感慨深いね」
違ったらしい。
「ただ、アレがもし高度三百キロまでファージ誘導可能な装置なら、軌道エレベーターの電力確保や保守メンテナンスが桁違いに簡単になる。我々の現在の窮地を勘定に入れなければ、まるであつらえたような現象ではないかね」
意図された現象ではあるが、害意が根本では無いと言いたいのか?
その可能性もあるだろう。
出たら死にそうだが、それを確かめる為だけに人柱になるのは皆御免だ。
都合が良すぎる解釈だ。
「地に這いつくばり領土争いする我々を、スミレはいつも笑っていた」
スミレさん?どういう話しのつながりだ?
可美村や井上と打合せしながら、後ろを向いているつつみちゃんがこちらに耳をそばだてている。
「怨恨の連鎖や、利益の誘導など、スミレには些事なのだよ」
確かに、スミレさんて邪魔者には容赦しないけど、恨みつらみは放置だよな。
「スミレはいつも、遥か空高くから俯瞰していた」
何を言いたいんだ?
「軌道エレベーターのプロジェクトを持ってきたのはスミレだよ。我々とみなかみの交渉を取り持ったのも、二ノ宮地所の桐生支部だ」
なん。だと?
「我々が資源の浪費するのを見て、もどかしかったんだろうね。舞原くんと並んで座らされて、遊んでないで炭田の使い道を考えろと叱られたよ」
恐ろしい絵面だな。
「今回、妙に出来過ぎた災難だが、これはチャンスだと考えている。わたしは、・・・我々は、アレを破壊する気は今の所無い。情報を収集し、有効利用する予定だ。我々の生活圏に問題がある事象ならば、その時は破壊や停止は考えるだろうがね」
スミレさん。
言葉には出さなかったがずっと宇宙見て仕事してたんだな。
俺が家出した時、桐生に来ていた二ノ宮の車はそれだったのか?
プロジェクトのついでに俺の捜索願いでも出てたのかな?
何故俺はあそこを飛び出してしまったんだ。
「言っとくけど。スミレさんじゃないからね」
貝塚の社員二人と一緒に近づいてきたつつみちゃんが腰に手を当てて貝塚に凄んでいる。そんな威圧されてもかわいいしか無いんだよなあ。
「わかっているさ」
両手を上げておどけてみせた貝塚は、脚を組み直してつつみちゃんに言葉を返す。
「アレが出現した原因は、我々が手を組んだからだ。私が来て、待っていたかのように起動した。スミレでないとしたら、誰の意思なんだろうね?」
貝塚は、神の御業でなく人為的だと断定したのか。
「神とは考えないのか?」
「君からその台詞が出るとは。ああ、そういえば、今の君の仕事は神祀りだったね」
兎を羨ましがった海の雷神が、自分も祀ってくれと自己主張してきたのなら童話に出来る。そんな話しにはならないと思うけど、アカシック・レコードの深淵は見通せない。何が起こっても可笑しくない。
構造が分かってくると、余計にヒトとは思えないが、もし、もし仮にだ。
ヒトの仕業だとしたら、浜尻たちが昔、羊の送信に使った謎の大容量電源としてアレが考えられる。
どういうコストが支払われてるのか分からないが、生み出されるエネルギーは膨大だ。
自分らが自己主張せずに、技術供与を考えたら。
うーん。
でも、俺ら丸焦げにされそうだし、ヘリも落とされた。
無人とはいえ装甲車も破壊されたし、それは無いかな。
早計だ。データ解析は進んでいる。
まだ時間はある。進捗を待とう。




