203 金ラベル
「君が活動家に毒されていないか不安になってね」
貝塚は常に過激だ。
地雷原に火薬をまき散らしながら、マイペースで平然と歩いて来る。
気味が悪いほど遮音がしっかりした機体内は、エンジンの振動も僅かしか感じられない。よく考えたら乗り心地良すぎて軍用機らしくない。専用機でこれだけ特別に防音板貼りまくってんのかな。
下手したらノイキャン全面に展開してそう。
先ほどと同じくお通夜状態で、俺と金持が貝塚と膝を向き合わせている。
青柳と荒井は、他の貝塚社員と一緒に後ろの方でブリーフィングしていた。
忙しそうに真面目な顔して話し合ってたが、中身スッカスカでイラつく。
こっちに混ざりたくないだけだろう。
「俺はそこまで若くない」
昔、寝る前には、同年代にそういう奴もいたが、若い頃は一度は通る道だと、そいつも言っていた。
十代で独身の時真っ赤だったそいつは、家庭を持ったら温和な右寄り全体主義に落ち着いていたな。
「年は関係ないさ。声の大きい者は金を稼ぎやすい。良くも悪くも、稼ぎやすい者を利用したがるものは多い」
完全に疑われてるな。
そもそも、俺は声高に権利を喚きたてたりしてないぞ。
俺が今、炭田の味方なのは事実なのだが、さじ加減は見誤ってないつもりだ。
ああ、いや。停電は多分やりすぎだな。寄合衆以外も相当死んだだろう。
「スケープゴートにされないか心配でね。スミレも急ぎ過ぎてひんしゅくを買っているよ」
スミレさんが?
「何を急いでるんだ?」
「リョウマ君の居場所作りだよ」
悲しくも無いのに、目頭が熱くなる。
「二ノ宮は守り切れなかったと聞いているが?」
金持が非難めいた声で口を挟む。
貝塚は、いかにも今気づいた感じで、金持を見ずに俺に問いかける。
「こちらの傭兵はどなたかな?」
知ってる癖に。煽りよる。
「みなかみ開発の金持課長だ。こっちに足を踏み入れた時から世話になっている」
助けてもらった身だが、今はこいつの肩を持たせてもらう。
貝塚は面白そうに片眉を上げた。
眉が無いから雰囲気だ。
「これはこれは。兵の気を纏っていたので勘違いしたよ。出身は島根かね?」
「曾祖父は出雲の出だ」
貝塚は重々しく頷いた。
「名は体を表すとは正に君の事だね。代々冶金に携わっているのかい?」
何故か、金持の角が少し取れた気がする。
「わたしが炭田に入ったのは偶々だ。両親は崇拝者だった」
爆弾発言。
壮絶だな。
「食肉対象か。それは大変な苦労をしただろう。心中察するよ」
本来ならばブチ切れる反応だろうが、隣から伝わるのは健やかな威圧だけだった。
「貝塚グループの重役の苦労に比べたら、わたしの過去など些事だろう」
「ハハハ。グループ内では木っ端の身だよ。お陰で年中使いっ走りさ」
好きで外周りしてるんだろ。
「リョウマ君。顔に出るのは相変わらずだね」
ぐっ。
「癇に障ったなら謝罪する」
素直に謝る。
「受け取っておこう。スリーパーの謝罪は付加価値が高い」
金持をしっかり見据えて、貝塚は手を組んだ。
「リョウマ君が元気にしているのは君のお陰でもあるようだ。都市圏を代表して感謝する」
少しだけ金持の顔に影が差した。
「最近、いささか元気でどうにも」
何か、含む物言いだな。
舞原の別荘行ったのまだ根に持ってる。
でも、ここで出す話題ではないだろ。
「舞原君から聞いたよ。DNA提供をしたようだね。経過はもう聞いたのかね?」
そういや、まだ聞いてないな。
何か修復過程で新しい発見があったのか?
ん?
金持は、俺のDNAに関して、貝塚と舞原の間で取引があったと思っている?
舞原も、契約不履行は俺を敵に回すと重々承知している。
俺自体は只のクソだが、気にかけるべき要素はそれなりに揃えているつもりだ。早々軽々しくは扱わないと・・・、思いたい。
「聞いてないな」
ヘリは既に、炭田のみなかみジャンクション入口に着陸した。荒井たちは貝塚の兵と出ていったが、俺らの話は続いている。
「教えるのは早い方が良いだろう。リョウマ君。最近感情の起伏が激しく感じたことは無いかね?」
横は見てないが、金持がピシリと心を軋ませたのを感じた。
こいつも思っていたのか?
やっぱ俺があっちで洗脳されたと?
一瞬だが、断層帯で三千院の汚染があったのは事実だ。
でも、あれは直ぐ除去した。
後で、のじゃロリからも問題無いとお墨付きを貰っている。
ああ。意味の無いお墨付きだよな。
いつの間にか、俺は舞原楓子をすっかり信用してしまっている。
こうやって炭田から人を引き抜いていくのか?
「そういう事もあるかもとは感じている」
否定はしない。
「地域柄、染まっている気もしなくもない」
貝塚は愛想で嗤った。
らしくない。
「それもあるだろうが。根っこはこころとからだの問題だ」
ん?
「思春期だそうだよ」
「はぁっ!?」
うぉ!ヤベ。
「失礼」
思わず座席から腰が浮いた。
思春期!?!
「・・・思春期」
肩を震わせ始めた金持が、上を向いて笑い出した。
地声が出ない貝塚も、目を細めて息を細かく吐いている。
おい。いつまで笑ってるんだ。
「金持君の懸念点は解消されたようだね」
「公主から頼まれたのか」
笑いを堪えながらも、金持の目つきは鋭い。
「口には出さなかったが、君に嫌われるのではと気にしていたよ」
「好きも嫌いも。大口顧客だ」
「肖りたいものだね」
「その話でこちらに足を運んでいたのでは?」
おお。切り込むな。
ぐっじょぶ金持。
「ふん。君たちには伝えておいた方が良いだろう」
薄く口を開いて少し固まった貝塚は、懐から皮のペンケースっぽい物を取り出した。
「良いかね?」
葉巻かよ。
勿体つけるなあ。
俺と金持に確認した後、あの船の上の時より長く、丁寧に火を付けた。
マッチの燃えさしを手の平に手品で仕舞い、ゆっくりと煙を体に取り込んでいる。
金持にも勧めている。
「味をみるかい?台湾経由だが、本場のパルタガだ」
金持が生唾を飲み込んでいる。
「キューバの葉巻は吸った事は無い」
「知っておくと良い。カットは?」
「任せる」
「なら、このままV字にしておこう」
機内に充満し始めた二本の煙は甘く、そんな嫌な臭いではなかった。
「おっと。成長期の男の子には毒だね。空調は強くさせてもらうよ」
それな。
ゆっくり火を付けられた葉巻を、何かの儀式みたいに重々しく受け取った金持は、くわえて頬を少し窄め、口から漏れる煙はそのままに、指に挟んだ葉巻を眺めている。
機体に緩く振動が起きた後、二つの葉巻から出る煙は上で一つになり、川となって空調に吸い込まれていった。
肺に少し入ってしまい、咽そうになった。俺はよく辛抱したと思う。
その後、貝塚からさらりと出てきた言葉は、その意味が直ぐに理解できなかった。
「種子島のアースポート開発計画が、今年度中に合意する」
俺の聞き間違いだろうか?