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182 ヘルメットの中の過去

 後頭部が割れてて、血がダラダラだったので、治療がてら施設の説明を受けつつ、ついでに遺伝子生検する事になった。


「この第二バンカーは倉庫みたいなものじゃ。直下ではないが、二階層下にラボがある。そこまで行くが、通路内ではオフライン化してもらうぞ?」


 場所は俺にも秘密って事か。


 フルフェイスメットを渡されたので被る。傷が押されてクソ痛かった。担ぎあげられて肩車された。これは隊長が担いだのか?

 そのまま五分ほどユラユラ移動した。

 メットの中では、サブリミナル効果が発生しそうな祭りの映像を見せられた。

 夕方か明け方か分からないが、和楽器の演奏に合わせて山間にある湖の浜辺で流鏑馬をしている映像だ。遠く、左右両端に天幕があり、馬のいななきが聞こえる。場所はこの近くなのか?データ抽出ロックされてて視覚情報だけなので、細かい日時は分からん。

 

 振り返ると、人の頭程もある巨大な鈴を文字通り鈴生りにした棒をユラユラ揺らした和装の人の群れをかき分けて、等身が変な薄着の女が両腕を屈強男二人に掴まれたままこちらに向かってくる。


 睨みつけるその顔は、俺が知っている女だった。


 ルルルだ。

 脚が。

 斬られた直後だ。


 過去の映像なのかな?本物か?止血帯はされてるが、血だらけの膝下を浜の砂に引きずり見てるだけで痛くなる。掴まれた腕を振り解こうと雄叫びを上げるその感情むき出しの顔は、俺が見た事の無い表情だ。

 こんな顔もするんだな。


「がえでぇえええええっ!!!!末代まで祟っがらなあぁ!!!」


「シッシッシ。当主が踝から上を捧げた方が良かったかいの?」


 仮面でも被っているのか、ゆらゆらと愉し気に揺れるこの映像の主は声がくぐもっている。


「旦那に感謝せいよ?二人は一つなのじゃろう?」


「がぁあああああっ!!!」


 血の涙を流して暴れるルルルの前で、台座の付いた白木の盆にルルルの膝下に付いていたであろう二本の足が浮いている。

 その後ろから神輿がやって来た。


 和太鼓の音が高まり、褌姿の男たちが神輿に入れて担いでいたものを浜辺にぶちまける。

 煙を上げて湖に流れ込んでいき、かがり火で照らされたそれが解体された人だと気付いた。


「あぁあああああああ!!!」


 憤怒と喪失を内包した叫びを上げ、ルルルは気を失う。


 音色に併せて、浜辺全体の空中にファージでプログラム回路が組み上がっていくのが感じられた。

 ん?何で分かるんだ?

 視覚化されてないけど、ファージデータも記録されてた?まさかな。記録量が凄いことになる。

 組み上がっていくその先、湖上に見えない何かがある。


 浮いていたルルルの両足であろうモノを汚そうに摘まんで湖に投げ込んだ動画主は、砂利の音をさせながらゆるりゆるりと動き始めた。

 舞を舞っているのか?


 流鏑馬をするためだろう。

 また暗い浜辺を馬が駆けてくる。

 蹄鉄が砂利を噛む音が聞こえるまで近づいた時。

 シルエットで気付いたが、アレ四つ耳だ。

 ルルルの娘か?




 そこでヘルメットを取られた。


 カタフラクト隊長の肩から下ろされた場所は、十二畳も無いかなりコンパクトなICUの中だ。天井は高いが、吊し棚が多く、医療ベッドがデカいから閉塞感が凄い。

 自主的にオフラインにしてるからなんとなくだけど、気圧の変化を長めに感じたから。体感、結構下に降りた気がする。

 ここにはファージがほとんど無いな。

 だからこそ。走査をかけなくとも、のじゃロリの体表面の異常さが感じ取れる。

 こいつ、今さり気なく床から有線で外部と通信取っているのだが、内容がえげつない。

 ダイレクトに調べられないので、IPアドレスからはなんとなくしか把握できないが、日光方面にクラッキングを仕掛けている。データの改ざん合戦は大宮の時よくやり合ったが、あれが子供の遊びに見える難易度だ。上手いハッカーにかかると、相手を丸裸にするのに自分で服を脱がす必要は無いと、昔セキュリティ担当の同僚に言われたが、確かにその通りだ。

 詳しい手順を教えてもらいたいが、別料金だろうな。

 あれか?

 怪我させた詫び的な?

 俺に見えるようにワザと分かりやすく回線を開いてるのかな。


 この知識を持って炭田に戻れれば、システムの補強も進むだろうが、今の所使い道無いな。

 人喰いを七千人ぶっ殺す為に作ったスフィアネットワークはあの戦闘の時だけだ。このクラッキング手順を見せた時点で、これへの対策は既に看破されてるのだろう。

 こういう手も使ってくるのだろうな程度で良いか。

 ああ、今なら浜尻の気持ちも分かる。

 対策して準備万端だと、してやったりで易々と破られそうだもんな。

 だったら知らないフリして、もしヤってきたら即対処する方が時間が稼げる。

 重要なデータはオフライン管理して、オンラインセキュリティにコストを割かない方が財布にもメンタルにも優しいよな。

 

 隣の部屋への扉がかなり厚いからあっちはレントゲン室か?反対の隣はなんだろう?実験機材が窓越しに沢山見える。結構広そうだな。ラボなのか?


「なっからおっかねぇ顔だいの。シシ」


 ガタガタ震えはじめた俺を見て口の端を歪める。


「何、だ。これは。俺をこうす、るのか?」


 さっきからずっと暖房無しの所に薄着一枚でいるので、骨の芯まで冷えが浸透してきているが、震えているのは寒さの所為だけではないだろう。


「おん?する訳なかろ。したらわっし諸共、舞原家が金持に磨り潰されてしまうわ。わっしはまだ挽肉にはなりたくないでの」


 とりあえず全身のCTを撮った後、治療と再診断が開始される。

 しばらくすると暖房が効いてきた。石炭ストーブか?どこで点いてるんだ?

 部屋全体が、空調からの空気は冷たいが、それ以外風が無いのにめっちゃ暖かい。灯油の臭いじゃないよな。


「後頚部の皮膚が少し潰れただけで、内部の損傷は無かったの。治療後、遺伝子生検を始めたいんじゃが、ええかい?」


 今?

 この状況で?


「上のドンパチは良いのか?」


「んなのは放っときなっせ。時期に飽きるじゃろ」


 あんたの別荘がボコボコにされてるんだが。


「兵装が三千院の宇都宮師団でした。物資量は把握済みですので、後一時間もすれば片が付きます」


 開けっ放しの扉で張っていたカタフラクトの隊長が口頭で応えた。


「おうおう。日光はショゴスで手一杯なのに、まめな奴じゃ」


 隣の実験室っぽい所から医療スタッフみたいのが何人か出てきた。

 口頭で俺の同意を取った後、全身に細い針をチクチク刺して、あっという間に去って行く。


「法務部が弊社の反撃に対して、狩り中に一方的に攻撃を受けたと異議申し立てをしておりますが如何致しますか?」


「相変わらず舌の多い奴らじゃ。人殺しが如何ほどのものか。弱者を悪者扱いした上、這いつくばらせて悦に入る事しかできん癖に」


 正義面して弱い者いじめてドヤ顔する奴はどこにでもいるが、こいつら同士でもやり合ってんのか。

 時代も地域も、変わらないんだな。

 只、こいつの場合はこの襲撃も織り込み済みだろう。


「対戦ミサイルブチこんどいて狩りとは笑い話じゃ。今夜使う肉が足りないでわっしも狩りに出ようかの?」


「鷹狩りなら俺も混ざりたいな」


 いつ殺されてもおかしくない状況で更に襲撃されて感覚が麻痺してくる。

 軽口を叩きたくなる程度にはメンタルは安定していると自分に言い聞かせる。


「言ったな。時間調整せにゃ。シシシ」


 それより。


「生検の結果は契約書通り教えてくれるんだろうな?」


「心配するな。解説もしたるで」


 短時間で一気に放射線を浴びた所為だろうか?

 暖房とは別で、体の中がホカホカしている。


「そうじゃ。アトムスーツ。直したったで」


 ん?

 んん?!


「早過ぎないか?俺がひと眠りしてる間に?オカシイだろ」


「わっしは天才じゃからな」


 こいつが直したのか?


「疑っとるな。付いてきなっせ」


 ごちゃごちゃした機材の間を縫って歩き、はんだ付けの臭いが濃いエリアに出た。


「公主。お疲れ様です」


 俺らが来たのに気付いて、連結してあるワークベンチを囲んでいた作業着のメンバーが軽く礼をした。


「先ほど急ピッチで設置が終りました。スフィアネットワークを使った戦略級データリン」


「これ」


 のじゃロリが窘めたがもう遅い。

 後ろにいた俺に気付いて真っ青になっている。


「舞原」


 秒で言い訳しやがる。


「金持に対価は払った」


 聞いてないぞ。


「炭田には使わん」


 つまり、それ以外には使うって事か。

 東北全体がスフィアの設置場所争いに発展しそうだな。


 さっき花火打ち上げてた襲撃者たちもそうだが。今、この地では高性能な長距離誘導ミサイルの類は使えない。

 上空もそうだが、ファージの濃い霧が刻々と変化して電波を綺麗に通さないからナビゲーションが出来ない。

 ゲームと違って、飛行物の誘導には精密なナビゲーションとそれを可能にする長距離無線ネットワークが不可欠だ。

 宝石より高価なミサイルが電波立ってなくて外しましたじゃお話にならない。

 自立誘導型も有るっちゃ有るが、誤認させやすいのでナビゲーターがついてなければ簡単に騙されて誤爆してしまう。

 スフィアによるレーザー通信ネットワークは、スフィア自体の索敵性能も活かせるので、通信もナビも索敵も出来て何度もおいしい。

 今までこの地域でやろうとする奴がいなかったのは。どうせ、ファージ原理主義のナチュラリストだから頭から除外していたんだろう。

 ルルルの開発していたクァドラテックスフィアはこの環境だとどうなるんだろう?高濃度のファージ霧も無視して使えるのだろうか?

 興味はあるが、今の俺には確かめる術はない。


 自分でも言っていたが、この舞原たちはどちらかというと使えるものはなんでも使う柔軟な思考タイプだ。

 こんな短期間で猿真似するとは思ってなかったが、元からスフィアを用意してあった訳じゃないよな?あの時驚いてたもんな。

 ほんと、一回こっきり上回るだけだな。

 こいつらは、地下市民権が有るから下との取引も出来るし、資金力も技術力も桁違い。

 でもこれ、東北のパワーバランス変わるぞ?

 いや。電力確保どうするんだ?

 スフィアの内臓バッテリーだけでもつ短時間なら兎も角、何か月も、何年も電源無しでスフィアを維持するのは不可能だ。使う時だけ起動するのか?

 近くに電源置いたら場所が丸見えだし。


 俺がする心配じゃないか。


 今回みたいなテロの襲撃には効果抜群だろう。

 丸見えで一方的に攻撃できるのは山岳戦でなくとも無敵感ある。

 ファージ使っていくら巧く隠れても、電子の目からは逃れられない。

 そもそも、ナチュラリストの崇拝者たちが生身でファージ接続出来るとは言っても、敵味方に分かれて使っているのを見ていると、無双出来る訳じゃない事が分かってきた。俺と比べればそこそこ程度だ。

 アカシックレコードも浅い部分しか弄れないんだっけか?

 電源が無ければ、自然界の電位差程度では出来るファージ誘導もたかが知れている。

 たかが知れていると言っても、頭何個あるんだよというくらい緻密なファージ誘導の集積が出来る崇拝者たちと正面切ってガチったら只のアホだ。この間の大規模ファージ合戦とか解析したところ、ナチュラリストはテリトリー全域に植物発電を設置している。この電位差の範囲内で電力が切れるまでは自在に誘導を行える。

 ファージネット上の長距離送受信における莫大な電力消費も、これを使ってうまい事解決しているのだろう。

 いくら電力が余ってても、ファージが運動出来なければ意味ないので、忌諱剤撒かれればどうしようもない。

 だから、無力化する場合は骨組みだけ作って窒息させる雲を被せる方法がスタンダードなんだな。作っておけば、気付いて且つ物理的にどうにかしない限り勝手に死ぬ。

 誰かも言っていたが、ファージ誘導でチマチマプログラム組んで人を害するより、銃撃つかナイフで刺した方が早い。


 その奥にあった気密ドアを通り、配線やパイプがのたくる作りかけの通路をしばらく進むと、温室があった。

 ルルルの所にあったあの温室に雰囲気が似ている。

 真ん中にテーブルセットが有り、隣にはシーツが掛けられたアーマーラックが鎮座している。アトムスーツが入っているっぽい。


 土が新しい。下草や苔も、まだしっかり根付いていない。

 作ったばかりなのか?

 何の為に?

 枯れている植物は無いが、元気のない草とか木がいくつか有る。

 太陽灯が少し強いな。

 地上の完成度とは違い、荒っぽさを感じる。


「まだ作りかけじゃが、この階には落ち着いて話せる場所がここしか無くての」


「こういう西洋っぽい温室は好みじゃないんじゃないのか?」


 のじゃロリが好きそうなのは大正スチームパンクとかだろ。


「当主が生きとるなら、歓待する場所もいずれ必要だろうて」


 呼ぶつもりなのか?

 あんな眼で見られておいて?


「茶にでもするか」


 俺の問いには気付かないフリしている。


 いつの間にか装甲を脱いで控えていた巨乳メイドがお付きの兵たちの隙間からスッと出てきて、茶器の準備を始めた。




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