176 小話
縁側を通って案内された部屋は裏の沢が見える和室で、十二畳くらいだろうか?あるのは座布団と床の間だけ。
このコンパクトさは俺の思ってたエルフと違う。
通ってくるとき、煮物か鍋物の良い匂いがしたな、夕飯の支度だろう。
期待値は高くなってしまう。
これは、炭田暮らしには毒だろう。
戻らない奴がいるのも納得だ。
部屋の中には座布団にちょこんと正座したロリと俺だけ。
障子の外にさっきのメイドとボクが控えている。
「再現度が高かろう?」
もう、隠す必要も無いよな。
完全にバレてる。
「俺は住んだ事無いが、見た目はかなり高いな。床は温かいし、隙間風も無く適温に保ってる。電気は見えないが、上下水道も現代風なのか?」
「シシシ。見えないようにな。電灯はあえて付けとらん。まぁ、外灯はネオン灯メインじゃから完全再現とはいかんがの」
ネオン灯?
何でネオン灯なんだ?耐用年数か?
「完全再現したら、隙間風と虫が凄いことになる。この辺りは豪雪だろ?冬はどうなってるんだ?」
「雪は裏の山も含め、多い日は落ちる前に誘導して川に流しとる。虫は防げるが、何故か狸だけは防げぬ」
狸?
「狸だけ?」
「日光からみなかみのこの辺りにかけて、ファージ誘導の巧みな種がいくつか繁殖してての。夏はおらんが、毎年年明けくらいから、ガードを掻い潜ってなっから食い物をぎっていきよる」
化け狸。
未来で生まれるとか感慨深い。
一呼吸置いたロリが防壁を起動した。
視覚的には全く見えないが、芸術的な遮音と電波遮蔽で、ファージも綺麗に二重隔離されている。外の二人も無言で下がっていった。
そうか。磁力で隙間維持すれば、真空の間に骨子作る必要無いのか。
エネルギー効率は悪いな。でも、効果的だ。
俺にこれ見せていいのか?
手土産渡したつもりか?
あれか。この間磁力でヤりあったからもうネタはバレてると思ったのか。
残念。自分、クソザコなので応用できてません。
確かに色々使えるよな。使い道考えとこ。
「おのこよ。どこで起きた?」
「知ってるんじゃないのか?」
「いつ起きた?」
「いつ寝たかは聞かないのか?」
ロリが口を尖らせている。ヘソを曲げられては面倒なので応えておこう。
「俺の名前は既に知っているのか?」
「そうさの。地下市民の住基ネットはわっしらでも割れたもんはおらん。戸籍まではたどり着けなんだ」
「横山竜馬だ」
少し表情は軟らかくなった。
「りょうま。どういう字を書く?」
「りょうは西洋の”りゅう”。あと”うま”」
「りょうま。竜馬か。良い名じゃな」
どうかな。子供の頃は何もしなかった人とか、名前だけ有名じゃんとか、バカにされた記憶しかない。
俺はこのロリの名前を聞くべきか?
ルルルは恥ずかしがってたが、本家たちは自尊があるのだろうか?
「先代とはどこで知り合った?」
の前に。
「それを教えて都市圏の人間に被害が出ない保障は?」
「さあの?わっしの責任の範囲内で他言は無いが、それ以外で狙われてれば知る処ではないの。実質、現在戦争状態じゃ」
そりゃまあ。そうだけど。
「悪いようにはせん。寧ろ、知っておけば止められる事もあろう」
ルルルが大丈夫でもつつみちゃんがな。
「駄目だな。言えない。そもそも。お前とあいつの立場すらよく分かっていないんだ」
「シシシ。先代を”あいつ”扱いか」
「情報は全て遮断。都市圏で知った奴は全て殺すんだろ?」
「殺せる奴だけの」
徹底してる。
殺せない奴がいるのか?
貝塚とかか?
「まぁ、良いわ。昔の話が聞きたいのう?」
それなら出来る。
「どんな?」
「ん。わっしは明治維新以降のあのごっちゃりした時代が好きでの。趣味が高じて、明治大正の世俗と骨董を収集しておる。技術の再現も手慰みにに少々、横山が気になってたあのガスランプもわっしが再現した」
こいつが?出資がこいつとかいう話じゃなくて?
凄ぇな。
「あれやっぱそうだったのか」
「幸い、新鮮な石炭には事欠かんようなったからの」
確かに。
「明治維新は、学校で習った程度しか知らない。アカシック・レコードにほぼほぼ記録されてるんじゃないのか?」
「・・・学校か。うん?横山は何歳じゃ?」
何歳だ?
「データに間違いが無ければ睡眠期間除いて三十六歳かな?」
親の手紙から逆算するとそれくらいだろう。
「体年齢は?」
「二百五十年くらいだ」
「でのうて」
「ああ、十五歳くらいか?成長してるかどうかは分からない」
「となると、かなり後半のアンチエイジングを受けたようじゃの」
「その辺りについては自分なりに調べたが、思い出せないし、入眠前後の正確な記録はまだ見付かっていない」
その後、当時の風俗と習慣について細かく聞かれた。
映像資料やファッションについてかなり突っ込んできて、当時のコスプレや和服が謎だったらしく、使用用途の説明に少し困った。
「なるほど。確かに、一定の需要は何時の時代も存在した訳か。・・・そういや、横山は良いズックを壊しとったの。わっしの方で直しても良いぞ?」
あれな。
有難いが、無理だろ。フランス製だし。保険はSTCだからこっちじゃ無理だし、なにより精密機械だ。
「保険がついてる。中に手を付けると保険が切れるんで、気持ちだけ受け取っとく」
「戻る気か?都市圏が今の横山を受け入れると思うかいの?」
それは無理だろうが、いつか連絡取れた時悔しすぎる。直しても、ここじゃ使い道少ないしな。
都市圏か。山田と四つ耳は無事なのかな?
「さあな。それに、こっちで暮らしてく分には一本下駄に慣れた方が楽だ」
「山道には足下十センチのストロークが大切よな、ようやく気付いたか」
「舞原はいつも歩いてないじゃんか」
「当たり前じゃ。山道なんぞ歩いたら、わっしのかわいいあんよがマメだらけになってしまうでの」
玄関で見たけど、さっきまで履いてた軍靴は無骨な靴下2枚履きだったな。
今は、いつの間にか白足袋に履き替えている。
綺麗に正座したロリの脚に目をやる自分に少し犯罪臭を感じて、誤魔化す為に視線を床の間にやったが、高そうな盆栽に気付いた。
「あれ。日に当ててるのか?」
室内は全部はガス灯で太陽灯は無いんだろ?
この部屋の中の光も、三つある照明はどれも光量は太陽灯にほど遠い。
「んん?温室で管理しとる。今日の床の間はメアリに任せとる」
ここのメイドは客間の盆栽まで管理するのか。
「そういや、人がやけに少ないな?もっと物々しいのかと思ったが」
「行軍訓練で半数出とる。領内の見回りも徒歩じゃ。時々ショゴスが降ってくるで、わっしの警護で油売っとる暇は無いの」
舞原家も人手不足は深刻みたいだな。
捕食者ってガチガチ警護でドヤってるイメージだったんだが、思ってたのと違う。
「日光はショゴス塗れって聞いてたけど、実際はどうなんだ?」
「衛星写真で見れば年中真っ赤に見えとるじゃろ。ああ。人肉検索がガードしとるんか?」
人肉検索。
「どの程度絞っとるかはわっしらも知らされとらんからの。調べたら目を付けられて面倒しか無いで」
「そうなのか?」
華族ってその程度の扱いなの?
「あれは直轄が上院の百人委員会じゃ。御三家は関わっとらん」
「三権分立は機能してるのか」
「わっしらを何だと思っとるんじゃ」
バランス調整偏ったゲームシナリオのクソ貴族だと思ってました。
「ルーツは中国なのか?」
「全く関係無いの。百人委員会は何人いるのか実際のところ誰も把握しとらん」
なんだそれ?
「志願者の脳が接続され、廃棄処分予定の下位と入れ替わる。全体の処理量の維持が最優先でな。常時接続は千人超えておるよ」
「俺に言って良いのか?」
「何かするんかいの?」
「いや」
「ならよかろう」
こいつの脳も取っ替え引っ替えしてるのかな。
「そんな事より、横山は当時どんな服装や食生活をしていたんじゃ?詳しく教えなさっせ」
自慢できる過去など、何も無い。
舞原は至極当たり前の事を面白そうに聞くので、ついつい口が軽くなってしまいがちだ。気を付けてはいるが、言葉の端々から推察されてそうだ。
障子に明かりが見えた。
「なんじゃ?」
「御夕飯の用意が整いまして御座います」
障子のむこうはさっきのメイドだな。
見えてないが、明かりを置き床に手をついているっぽい。
「横山。腹は今何分目じゃ?」
「ぺこぺこだ」




