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175 別荘地

 俺が乗る装甲車の窓には、埃臭く元は白かった筈の薄汚れたカーテンがはためき、深紅のビロードで覆われた座席シートには所々タバコだかの焦げ跡がある。相向かいの軍服のじゃロリの後ろには少し肌の剥げた陶器肌の西洋人形が一列に並んで縛り付けられている。

 因みに、ロリの隣にいる古臭い執事服の少年モデルと、俺の隣のバタ臭い大正メイド服を着た女性が給仕をしている。

 車内全体が徹底してクラシックで、この大昔の華族向け馬車を思わせる内装はロリの趣味なのか、長年使い倒しているだけなのか。いや、そもそも、こんな車の内装が流行った時代を俺は知らない。

 車内に常時灯っているアンビエントライトがガス式で初めて見る。

 吸排気が外に付いてるのか、車内に嫌な臭いはしない。

 炎は小さいがミラーの反射が強くめっちゃ明るい。温かい光だ。

 まだ夕日も明るいが、二十四時間点灯中なのかな?

 窓を開けたままだとスナイプされそうで不安だが、舞原家を狙う命知らずは情報不足の盗賊くらいかな。


「良い趣味だな」


 感想が欲しそうに見えたので、出された飲み物の上に一言添えた。


 飲み物はホットレモネードだ。

 茶葉の良い香りも少ししたのだが、新鮮そうなレモンが籠に入っていたのでついそっちを頼んだ。

 薬臭くない。かなりの高級品だ。

 水も新鮮で、カルキ臭がしない。軟水のめっちゃ美味い水だ。

 塩素の入っていない新鮮な水は少し空気に触れただけで数日と経たず痛むので、今回の為に用意してきたのだろう。


「うん?メアリの事か?トマスの事か?」


「内装だ」


「ああ。もう百五十年近く変えてないかの。おのこには珍しいか?」


 早速遠まわしな探りがきたが、その手にはのらない。


「ああ。勿論。この方もキレイだ。一番美しいのは舞原様だが」


 隣の無表情を見ると、厚ぼったい唇のメイド服は無言で畏まって下を向いた。

 胸がデカいな。服の所為で太って見える。


「おのこよ。それは暗にわっしを古臭いババアと宣っとん?」


 実際、何歳なんだろう。気にはなるな。


「レディは九歳くらいに見えるんだが、年齢を聞くのは失礼なのか?」


「ふん。元の歳など忘れたわ」


 つまらなそうに鼻を鳴らし、紅茶キメながら俺を睨んでいるフリをしているが、瞳の奥が笑っていた。


 茶番が通じるヤツは割と好きだ。


 でも、こいつら人喰いなんだよなあ。


 失礼な発言はブッ殺だぞとか始めの頃は脅されたが、俺がどういう人間か分かったのだろう、今では茶番にも普通に受け答えしてくれる。

 だいたい、私生活においても、肩書やお家で自慢されても口では褒めそやしながらも”ほうほう。で?”と思うのが精々だ。

 たかだか数百年家が続いたからってだからなんだという話だ。


 日本人のコミュニケーションは、礼には礼を。それ以上でも以下でもない。


 舞原家のお誘いには俺一人で行く事となった。

 半狂乱になったカンガルーがカウボーイ爺に相当噛みついた、大丈夫だからと宥められていたが、結局最後まで折れずに迎えに来たロリにも”何かあったら七代祟る”と凄んで脅迫していた。

 カンガルーも猫と同じなのか?

 俺だったら金持に祟られたらご褒美にしかならないんだけど、のじゃロリもそうじゃないのか?

 脅し文句ならもっとマシなモノにした方が良いと思うが、金持がスレてしまうのも悲しいので口を挟まず黙っていた。


 調べられはすると思うが、洗脳とか殺しは無いと思うんだよなあ。

 ”そう思わせるのがこいつらの手だ”と金持は力説していたが、俺の知っている舞原はルルルと四つ耳とこいつ。

 どいつも良い感じに狂ってるけど、筋は通すヤツに見える。


「メアリ。柿も剥いてくれや」


「畏まりました」


 メイドが隣の籠から柿を取ろうとして手を引っ込めた。

 どれが毒だか分からなくなったのか?


 見たら、柿に緑と黄色で針のぶっとい毛虫が付いていた。

 毛虫が苦手なのか。

 てか、この柿地下産じゃなくて天然!?

 このレモンも?!


 懐かしいな。この短くて丸っこい毛虫は確かに刺すが、手の平なら針は通らない。

 もしょもしょしてフォルムが派手で可愛いので、ガキの頃は飼ったりしてた事もある。


 毛虫を摘まんで外に弾きとばす。

 メイドが小さく悲鳴を上げて可愛い。

 向かい斜めのボクが”げぇ”とか言ってロリに睨まれている。


「グローブ無しで、刺されたらどうするんじゃ」


「只の毛虫だろ、柿の木によくいる」


 全員ギョッとしている。

 ああ。馬鹿だ。これダメなヤツじゃん。何をやっているんだ俺は。


「そうじゃの。柿の木によくいるの」


 能面になり探る気すらなくなったのか。

 冷めた目で紅茶を啜っている。


「虫は好きで、小さい頃は図鑑を見て育ったんだ」


「ほうほう」


 男の子とメイドがガタガタ震えだした。


「因みに、現存する柿の木はうちの庭にある三本だけなんじゃがの」


 初耳です。

 あれえ?

 大宮でも柿出回ってたよな?

 アレ全部地下産だったのか?


 俺が気付いていないだけで、食べられない物って蕎麦以外にも割と多くあるのか?


「そうか。柿の木は折れやすいし腐りやすいからな。美味そうな実だ。大事にしてやれよ?」


 気合で誤魔化そう。


「そうさの」


 震える手で剥かれる柿を、全員で黙って見ている。

 のじゃロリの気迫にメイドは泣きそうになっていた。

 このメイドさんも、肉削がれて喰われたりしてるのかな。


 うーん。

 出会い頭で早々にクソムーブかましたな。

 今までも怪しんではいたが、俺が都市圏の人間でないのが完全にバレただろう。



 

 方角的には、ぐねぐねした山道をじんわり東に向かっている。

 ナチュラリストの勢力圏でもアスファルトの道路が整備されてるんだな。

 山道は破損が早い筈なのに、凸凹や割れ目もなく綺麗に整っている。

 

 結構肌寒い季節になってきたが、草むらの近くを通るたびに虫の音が大合唱しているので、ここいらはまだショゴス地帯ではないのかな?

 綺麗な道路とは対照的に、真っ茶色に錆びたベコベコのガードレールの向こうに、時々黒い湖が見える。


「あれ?藤原湖?」


「それはさっき過ぎた。ここは・・・、利根の源流じゃ。もう少し行けばわっしの別荘に着くで」


 鼓膜がパタパタしたので何度か唾をのみ込んだ。

 アトムスーツのメーターだと高度は七百ちょいか。少し耳がツンとするな。


 子供の頃、親と旅行で一度だけみなかみにスキー旅行に行った事があったが、雪以外何も無い街だった。

 今はこの辺りは、世紀末野郎と人喰いしか居ないんだ。

 その時は駅近だけでここまで奥地には来なかったが、ここの景色は当時と変わってないのだろうか?


「あまり顔を出すなよ?」


「何だ?華族様のお車を撃つ不届きものでも居るのか?」


「猿に顔を剥がれるでの」


 スキナーの猿がいるのかよ!

 東北はスゲーな!


 メイドさんがクスクスしている。


「猿は多いですが、冗談で御座います」


 なんだ。

 期待させやがって。




 それから更に急な坂をを登ったり降りたりして、向こうを出たのはおやつ時だが、こっちに着いた頃には日も暮れてしまっていた。


 煌々と照らされる斜面に、和式の豪邸群が乱立している。不釣り合いなヘリポートがいくつもあるな。モノが見えないが、縦横無尽に空中を通っているぶっといワイヤーは、もしかしたらロープウェイじゃなかろうか。

 こんなワイヤーだらけの場所でヘリ運用すんのか?

 あ。戦車あるじゃん。うぉー。七、八、ここにあるだけで九台か。

 道少ないけど、トンネル掘ってるんかな?

 ああ、あそこ地下壕っぽいな。

 山くり抜いて丸ごと基地にしてそうだ。

 俺に見せて良いのか?

 てか、ここには金持も来た事あるんだっけ?


「ほれほれ、見学は後。あの右の赤い瓦に行くつもりじゃが、泊まりたい屋敷はあるかいの?」


 これ全部舞原んち?!

 見学させてくれんの!?

 帰さないつもりか?!


「温泉はどうなってんだ?」


「後ろの沢は源泉じゃ、汲み上げは全ての屋敷で行えるが、ポンプが稼働してるのは今はあの赤い屋根だけじゃ」


「んじゃそこで宜しく」


 これだけの規模ならかなりの人員が配置されてそうだが、兵隊も地元民も全く見えない。

 装甲車から降りると、足元に斜面用の大型カートが設置されていた。

 斜角によって座席が水平に調整されるヤツだ。


「いくんべや」


 歩くのにはきつい急な坂道をカートに乗り登っていくと、落ち着いた三味線の音が聞こえてきた。

 三味線だよな?これ。・・・和琴か?

 生演奏なのか?近づくと大きくなっていく。

 ファージ誘導されていない生の音っぽい。

 向かっている赤い屋根の屋敷から聞こえる。


「おおおおおっ?!」


 石垣の上に漆喰の白壁。上に葺かれた赤い瓦はどれも新品だな。

 この辺りは雪が凄い筈なのに、この屋根で耐えきれるのか?

 この山奥でこれを維持するのにどれだけ金がかかっているんだろう。


 門は檜だろうか?

 何故か煤けた処理をされて黒ずんでいる。

 閂も錆てメッキの剥げかけた鋳鉄で、何でだろう門だけ年代物だな。何か拘りがあるのだろうか?

 謎は尽きない。


 門を入ると、メイドがずらり整列しているなんてことはなく、落ち着いた日本庭園だった。立地上、庭は広くないが、丁寧に手入れされていて小さいながら池もある。

 でっぷりと太った鮮やかな錦鯉が泳いで居る。水面から湯気が出ているが、温泉の水質だと死ぬだろうから水は濾過しているんだろうな。拘りが凄い。


 四枚扉の格子戸を潜り玄関を入ると、中も純和風だ。

 これは確かに、貴族ってより華族だな。

 エルフに続き、靴をそろえて上がると、床暖が効いている。


「おじゃまします」


 言わなきゃかなと思った。


「んむ」


 満足そうにエルフは頷いた。


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