174 ラブレター
幸か不幸か、鷲宮には下請けへの支援物資という概念が無いのか。
有っても情報伝達出来てなくて配れないのか。両方かな?
徹底的な兵站叩きに上杉は数日で白旗を上げた。
エルフ様だけでは自陣全土を守れない。
浜尻の見立てでは、もう上杉は大きい顔は出来ないだろうとの事。
だが、会談を設けるレベルまではいっておらず、上杉方による二枚舌でインフラ奪還への襲撃とそれに対する炭田側の嫌がらせが各地で続いている。
鷲宮三男を助けた事もあり、鷲宮家全体の心証もかなり良くなった。
鷲宮グループ自体は上杉を切る方向で調整に入っている。
まぁ、どうせ表向きだろうな。俺だったら絶対切らない。
本家と三男も結構軋轢があるって話だし、院の票数は俺が直接関わる案件ではないので、話半分程度に聞いておいた。
作戦後、私的なトラブルが発生した。
再生してつないだ指二本が溶けてしまった。
激痛で死ぬかと思った。指を溶かされるとあんな痛いんだな。
以降、組織修復しても復元できない。
やはりファージ濃霧の中で好き放題に操作しまくった所為か、欠損した部分だけDNA的に消失してしまったらしい。
指でよかったわ。
まぁ、それは良いんだ。
サイボーグ化すればいいだけの話だ。
荒井が気に病んで桐箱で指を送ってきた。
独断だったみたいで、連絡したら直ぐに金持と青柳がトンできた。
とりあえず、目の前で治させて。以降、アホな事はしないよう念書描かせたが。”俺もお揃にしないとか?”とか青柳が悩み始めたので全力で拒否しておいた。因みに、金持の指は治ってて、部下のアホさに苦り切った顔をしていた。
「仕方ないだろ。スリーパーの身体は金で出来ている。十把一絡げのわたしらとはその価値が違う」
久々に、金持のチームだけで換気塔の見回りという見かけ上一番平和な任務に就いている最中、フィルターの点検で青柳と荒井が外している時にその話になった。
「指だけで良かった。あのまま全身溶けたらと思うと、寿命が縮んだ。今の技術ではどうしようもない」
「それな」
もしかして、山田もファージ濃度ミスで溶けたのかな?
ナチュラリストに錠前目当てで遺伝子改変されたんだっけ?
溶け具合の組成があの山田が入ったカビ水槽の見た目と同じ感じだったんだよなあ。死滅する直前まで組織内のファージがカビ状の菌糸を形成しててめっちゃキモかった。
溶けたまんま置いておくのも気味悪いし、炭田の技術では生きたまま保管できなくて腐ってしまったので廃棄してしまった。
でも。したらワンチャン、ウルフェンの技術で治せるかもだな。
今更ノコノコ行くほど面の皮厚くも無いし。
素直にサイボーグ化だな。
のじゃロリ様が融通利かせてくれてかなり高性能なヤツをエルフのルートで地下から取り寄せてくれる事になったが、部品が全部揃うのに結構時間がかかるらしく、もうしばらくはこのままだ。
ただ無くなるだけなら良いのだが、無い筈の指が二十四時間スースー冷たい。
ファージで調整しても何故か治まらない。
炭田の担当医が言うには指だけの問題では無いという事なので、新しい指待ちだな。
換気塔の入口に描かれた鳥居で手を合わせ目を瞑る金持に聞いてみる。
「入る時皆それやるけど、どういう風習なんだ?」
少し長く祈っていた金持が目を開いた。
「昔はやらなかったのか?」
「いや。まあ。やったけど。神社の鳥居くぐる時に礼儀正しい人がやる程度だったかな?」
俺は初詣や旅行の時しか神社に行かなかったし、その時に慣例として軽くやる程度だった。
「そうか・・・。換気塔には必ず枯れない杉が生えて、そこに神が宿る。十二の換気塔に十二の仏が宿る」
十二神将?
金持は後ろを振り返り、ねじ曲がった大きな杉の木を見上げた。
夕日に陰る杉の木は換気塔からの風で無軌道にザワザワとさざめき、意思表示に見えなくもない。
「換気塔が落とされそうになると、必ず奇蹟が起きて、戦況が良くなる」
ジンクスか。
「信じてないな?何度か権現したんだぞ?」
「信じるよ」
キーコードが重なってアカシック・レコードからの書き出しが起こったんだろう。
ナチュラリストの魔法かもしれないし。
のじゃロリ辺りならこっそりやりそうだな。
「全く信じてないな」
「信じるって」
昔の人類が信じる神とは違い人造神だが、これはこれで正しい神の在り方なんじゃないだろうか。
どこまで何をするのか、ファージ関連の生成物は人が生み出した物ながら、人がコントロール出来てないのは恐ろしい。
偶々ここでは、炭田の人たちに良い様にファージ誘導が働いた。
ファージがもし群体ごととかプログラムごとに意識があって、自己保全の為に炭田の電力が必要とか考えてたら、なんてのはロマンが無さすぎか。
「ここを守り切れてるのは金持たちが血と汗を注いだからだ。神の奇蹟はついでだろ」
神頼みはあまり良くない。
俺は運頼みが嫌いで固定値しか信じない人生だったからな。
「荒井に銃を渡した方とは思えないな」
そこまでリスキーでは無かったつもりだが。
「怖い事言うなよ」
上から目線で悪い顔をされた。
「渡された後、眉間か地面かで瞬間まで迷ったって言ってたぞ?」
それは。
撃たれたら死んでたな。
「いい友達を持ったな」
「友達か」
軽く息を吐き、急速に冷えて曇り始めた夕焼けに目を細める。
「良い友は皆死んだ」
金持は気付いてなかったのか?
「だそうだぞ?」
俺が振り向き話を振ると。
「あーっ!ほらお前が動くからバレたじゃねぇか!痛って!?」
扉の陰から、ステルスを切った赤ゴブがケツを蹴り出されてきた。
きまり悪そうに後から帽子も出てくる。
「何だお前ら、悪趣味だな」
腕を組んで袖の動きを確かめ始めたカンガルーに二人はいそいそと見苦しく言い訳を始める。
仲良し三人を放って、雲に囲まれ始めた南の山間を遠く見る。
大宮どころか、前橋も渋川も見えないが、皆元気にやっているだろうか?
肉を殴る音?俺には聞こえないな。
一通りパワハラに満足した金持は、懐からタバコを取り出そうとして一瞬止まり。
「そうだ。ヤマダ殿。招待状だ」
タバコの替わりに黄ばんだ封筒を取り出した。
百年くらい経ってそうな古さだな。
「なんだそれ?いつのだ?」
「いや書いたのはたぶん数日前だろ?古式の招待状だ。古くて良い紙使うと敬意になるらしいぞ?」
「初耳なんだが」
ドコ文化だ?
「誰から?」
「いいから読め。ここならわたしらしか見てない」
「当然のように言うな」
お前らは他人の手紙見るのかよ。
母の時とは違い、なんとも複雑な気持ちになる。
俺はこういう、プライバシーを赤裸々に暴露されまくる星の下に生まれたのか?
まあいい。落ち着け、自分。
綺麗に密閉してあるのでナイフで切って開けると一枚は厚い和紙で、何も書いてなかった。
もう一枚には若干薄い和紙で黒いミミズが縦書きでのたくっている。
「草書かよ。辛うじて名前だけ分かるな」
のじゃロリか。舞原楓子。ってのは分かった。
文字はざっくりと分かるが、正確な意味がわからん。
しかもご丁寧に、ひらがなも漢字にしてあるっぽい。
「読めるか?」
「いや」
「無理」
「俺手紙なんて貰ったっこと無ぇし」
可哀そうに。
「こんど一枚葉書かいてやるよ」
「お?!いぇ~い!」
「「・・・・・・」」
仕方ないので金持に許可もらってネット接続してブラウザ翻訳かけようとしたら、データ漏洩するからとダメ出しされ。ハマジリのデータバンクにある翻訳ツールを使う流れになってしまった。
”私にはお手紙書いてくれないんですか?”
お前らはいったい何と戦ってるんだ。
”ハマジリ。お前、切手貼って送る程遠くにいないだろ。てか、貰っても一人じゃ封筒開けられないじゃんか”
”アームくらい何百本もあります。こういうのは気のもんなんですよ。デリカシーの無い方は嫌われますよ?”
昔の切手も何枚か持ってるから後で渡すとか、色々とおかしい方向になってきている。何が悲しくて送る相手から切手貰わなきゃなんだ。
そもそも、投函するポストも無いだろ。誰が配達するんだよ。
俺はこのみなかみジャンクションで高級和紙を手に入れる処から始めないとなのか?
ごちゃごちゃ五月蝿いのが始まったハマジリを、とりあえず後で書いて送ってやると言って黙らせて、翻訳してもらったら。手紙の内容は”これこれこんな工程で歓待する予定で、来週迎えにいくから愉しみにしておけ”という、のじゃロリからの通牒だった。
「国会の召喚状とか出頭通知かと思った」
頷くカンガルー。
「だったら三院の内、該当する院の紋が押してある。昔ジジイが貰ってたな」
ジジイ。何やった?
”とりあえず、その一枚目を紫外線で見れば分かりやすく書いてあるんじゃないですか?”
の一言で四人が固まった。
”そういう事は先に言えよ”
”言ったらお手紙貰えなくなるじゃないですか”
このやろう。