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166 作戦開始

 家畜たちの屠殺される絶え間ない悲鳴が、増幅されたスピーカーで辺りに放送されている。

 それを聞いて猛り狂い、勇み足になる飢えた寄合衆は、施設入口で大渋滞していた。

 中に入るには段階的な認証が必要らしく、押しかける人数を捌ききれていない。


 丁度入口が見下ろせる高台から少し外れた林に俺たちは潜んでいる。

 霧が濃くて視認は難しいが、上空のスフィアから電子的に走査しているので施設の外に出ている奴らは確認できている。

 小山の麓、水回りの良い平地に建てられた施設は高いフェンスと視認できない厚い壁と鉄条網に囲まれ、ちょっとした要塞だ。

 


 最終日、現在三時十分前。

 予定は大幅に遅れている。


 遅れて間に合わなそうな寄合衆の奴らは殺し尽くしている。


”普通は吊るして頸動脈を切って放置じゃが、皮だけ剥いで生きたまま与えとるな”


 悲鳴を聞きながらロリが顎を擦っている。


 何度も自問自答した。

 はっきり、心に刻む。

 あいつらはこの世にいらない。

 マジで一人残らず死んでほしい。

 俺には手段がある。

 使わない手は無い。


”痛みでのたうち回るのを齧るのが愉しいらしいからの。腹が減り過ぎて殺気立っとるから、ストレス発散の意味合いもあるのじゃろう”


 俺の顔をじっとり観察しながら、クソロリがあえてご高説を垂れている。


”基幹構造は三百年以上変わっていないらしい。古人はえげつない施設を考えつくものじゃ”


 食卓に並ぶ肉がどう加工されてるかなんて俺は普段あまり考えないが、殺される事を悟った豚が死ぬ前に涙を流すという話は聞いたことがある。

 起きていた当時、取引先に食肉加工場の知り合いがいたが、日本の屠殺場ではなるべく苦しませないように殺して、毎年慰霊もやっているとかという話を聞き、不味い肉を買ってしまった時も残さず食べるようになった。


 あの山間の工場では、喰われるために生産され、苦しめられながら食い散らかされている人間が大勢詰まっている。


 俺の表情を読むのは愉しいか?クソエルフ。


「ヤマダ。専用回線を開いてくれ」


 木陰に伏せていたカンガルーは、衛星回線の接続設定が済んだ後、あえて俺に声をかけてきた。

 隣でしゃがんでたのじゃロリがしっかり反応する。


”なんじゃ。わっしの目の前で内緒話か”


“別行動でも構わないが?”


”仕方のない金持じゃ”


 相変わらずカンガルーに甘い。

 とりあえず回線を作る。


”でだ。リョウマ殿。文字チャットのみにするぞ。表情は読まれるからバイザーを落とせ。ファージネットは完全遮断しろ”


 あからさま過ぎだが、言われた通りにしておこう。

 俺がアトムスーツのメットシールドにスモークをかけると、のじゃロリから苦笑いが聞こえた。


「悲しいのう。悲しいのう」


 とりあえず、恨みがましく横目でチラチラしてくるロリは無視だ。

 何だろう?


”これで良いか?”


 一応ログ撮っとくか。


”ああ。あと八分で時間だ。予定通り、衛星回線とファージネットをリンクさせ輸送ラインの把握、スフィアネットで戦闘プログラムの送受信とハリネズミの起動を行う。スフィアの回線はイントラネットで炭田メンバーのみの専用とする”


 これだけの人数が集まっている。施設の混乱さえ引き起こせれば、輸送ラインの把握は消化試合みたいなもんだろう。


”繋いだら、スフィアのネットワークはこいつに直ぐバレるぞ?”


 目の前の施設にさっき三男を追ってきた奴クラスが五十人近くいる為、流石に大っぴらに動かしてはいないものの、ロリの周辺に有るファージは監視に使っているから通信ログで何をやっているかは把握される。


”内容が読まれなくて、クラッキングされなければそれだけで良い”


”施設が片付いたらこいつと三男もやるからか?”


”何故そう思う”


”違うのか?”


 言葉を選んでは消しているのか。少し間が開く。


”マイバルは外交官だ。炭田は法治国家だ。只。リョウマ殿。世界の中心は、わたしたちでも、都市圏でも、エルフでもない”


 そんな事は知っている。何が言いたいんだ?


”だから、わたしたちは主張しなければならない”


 何をするつもりなんだ?


”輸送システムの把握が出来次第、上杉の電力インフラを破壊する”


”それは・・・”


 聞いてないな。輸送ラインだけじゃなく、そこまで一気に片付ける話だったのか。

 主張し過ぎて叩かれないか?


”人喰い以外も被害を出すぞ?”


 金持は、そこには触れずに話を続ける。


”マイバル家はファージ誘導から思考を類推する技術を既に開発している。ファージの塊であるリョウマ殿に明かすのはリスキーだったんだ。それに、伝えたら準備してしまうだろ?したら必ずこいつに勘づかれた”


 言わなくて正解だ。

 知ってたら、対策しようがしまいが、気付かれて面白くない事になっていただろう。


 まぁ、今はいい。俺は金持についていく。


”俺はどうすれば良い?”


 金持は深く、息を吐いた。


”三男の仕込みのお陰で物流システムの最適化はこの工場で行われている。送電網は全て繋がっている。送電の出力制御も出来ると睨んでいる。これは、三男にも言っていない。リョウマ殿が来てから、ハマジリとわたしとジジイだけで考えてた事だ”


 上杉の管理地区を原始時代に戻すのか。

 でも、俺に出来るか分からない。


”そううまい事いく気がしないな。どうせ電力は火力と水力メインだろ?蓄電設備も有ったら多少過発電させたところですぐ直せるぞ”


”いや。発電設備の破壊まで出来るとは考えていない。ハマジリが、送電線の内、高負荷に耐えきれないラインの選定をしてある。可能ならその内のいくつかにダメージを与えたい”


 なるほど。

 この施設から送電網全体の送電量をコントロールして、指定ポイントの電線焼き切れば良いんだな。

 それなら俺にも可能だ。


”直しにくいポイントや邪魔しやすいポイントを絞ってある。電気が無ければ”


”奴らのファージ誘導もたかが知れてると”


 索敵も攻撃もファージ頼みの奴らには大打撃だな。


”出来るか?”


”輸送システムの管理権限のアクセスの手筈は?”


”流石に電子防壁は固いので、わたしが潜入する。有線接続して向こうからスフィアネットワークへのアクセスポイントを設置する”


 無茶だ。


”あの中に行くのか?一人で?”


”工場内部の間取りは三男からもらって把握している。中に入れさえすれば、施設内の一番近い電源設備を見付けて繋ぐだけだ”


 言うのは簡単だけどさ。


 ひたすら悲鳴を流し続ける放送を聞いていると頭がおかしくなる。

 アレを聞かせてストレス解消させてるクソ共に金持がもし見付かったら。


 考えただけで震えて涙が出てくる。


”いくらお前でも、数には勝てないだろ。エルフが五十人近く詰めてるんだろ?せめてこいつに手伝わせろよ”


”どうやって工場で暴動を起こすと思っている?やつらを木偶の棒にする為に工場内のファージは一時的に無力化する”


”どうやって?”


「時間じゃ」


 無愛想な声で不機嫌さがあからさまだ。

 いきなりのじゃロリの顔が割り込んできて心臓に悪い。

 見えている筈無いのに見られてる感が拭えない。


”もう始まる。見てれば分かる。細かく知りたかったらスフィアネットワーク構築後にハマジリに聞け”


 金持はスモークを切って俺に強い眼差しを向けた。


”カエデコ殿。わたしも前線に出る。電子防衛は頼んだぞ”


 面白く無さげに俺を睨んだロリは、バイザーの下から手を入れ、金持の頬を抓った。


”死んだら承知せんからな”


”わたしにはまだやることがある。こんな事で死ぬ気は無い”


”聞かんでおいてやる”


 むくれているロリの頭を軽くギュッと抱いた後、下を向くロリと俺を強く見つめてから、金持は目の前の茂みに溶け込み、林の闇に消えていった。




 寄合衆のごった返す正面入り口前で銃声が一発。

 その後、手榴弾がバラバラ投げ込まれ、地獄絵図が出来上がる。

 付近に停まっていたSUVは軒並み炎上し、タダでさえ統制が取れていなかった群れが入口に殺到する。

 砲撃も始まり、辺り一帯、そこかしこの山の斜面からバカデカいエンジン音と木を切るチェーンソーの音が響き出した!

 塹壕掘ってる!

 どうやって持ってきたんだろう?

 霧で見にくいが、砲撃に紛れて工場の屋上にある空調付近に煙幕弾っぽいのが大量に打ち込まれているのに気付いた。

 月も雲に隠れ、薄っすらとしか見えないが・・・。


”忌諱剤じゃな。思い切ったのう?工場全体を無力化する気か?風もあるし、そんなに時間は稼げんのに”


 俺の顔色を見ながらロリが聞いてくる。


”ほれ。衛星が繋がるぞ?”


 ロリが言い終える前に回線が繋がった。

 しっかり貝塚の衛星回線だ。ホントに貸したんだな。

 同時に輸送システムのリアルタイムでの全容がハシモト重工から解禁された。

 オンラインで物流把握出来る。

 瞬時に始まるハッキングとカウンターを丁寧に対処していく。

 アタックしたら俺だとバレるからガードしかできないのがもどかしい。

 東北のあらゆる悪意が目を剝き始め、加速度的に増えている。

 都市圏からも若干アクセスが始まった。

 この中のどれかは二ノ宮なのだろうか。

 ナチュラリストたちは、低高度の無人中継機による無線ネットワークが主体なんだな。結構な数飛んでいる。

 山が多いし、争いも多いから、地上で中継拠点整備するのにはコストがかかるのだろう。

 これとファージのダブスタで、状況によって使いやすい方を使っているのかな。

 都市圏には文明の破壊を押し付けておいて、自分らはしっかり電気文明の恩恵に肖っている。


「ん?」


 ああ。ロリが早くも、広がっていくスフィアネットワークに気付いた。


「なんじゃ?ん?」


 俺を見て、上を見て。口を尖らせて眉に皺を寄せた。

 どんどん広がるレーザー通信網に、開いた口が次第に大きくなる。


「全て叩くつもりか?!」


「大きい声出すなよ?」


「キャンセラーくらい使っとるわ」


 スフィアネットワークは完全に構築され、干渉は今の所ゼロ。ハマジリとも接続した。

 早速暗号通信が飛んでくる。


”なんか変な事になってますね。何でその面子が現場にいるんです?”


 そこからか。


”三男がバレて捕まった。救助に舞原がノコノコ協力しに来た。成り行きだ。後、靴が壊れた”


”はあ”


 気の抜けた返事とは裏腹にネットワーク防壁の強化をし出す。


”おい。契約範囲内輪番停電でもあまり電力に余裕無いんだろ?こいつの心配は今の所しなくて良いぞ?”


”カモッチに繋がらない現状、あなたがそう言っても説得力無いんですよ?”


 何を言っているんだ?

 試しているのか?忙しい時に。面倒臭い奴だ。


”三人で相談して、あいつ一人で潜入するんだろ?今さっき聞いた”


”こっちで金持のマーカーが確認出来ません。それを言った後、あの人が今も生きてる証拠も無いですしね”


 疑り深いな。


”一応記録がある”


 さっきつけたのまだ切ってなかったわ。

 幸いした。


 五秒前までのログを送信したらやっと信じた。


”すみません。念には念をと”


”気持ちは分かる。ハマジリの事、こいつには黙ったまんまにするのか?”


”存在自体秘密ですので”


”把握した”


”そろそろ忌諱剤が工場全体に回ります。中でハシモトの人間が牧場の扉を開けますよ?”


 忙しくなる。


「誰と話しとる?」


 ロリがアトムスーツのバイザーに額を付け、無表情で俺をじっと見ている。


「自分の役目を果たせ」


 見透かされてる気しかしない。誤魔化しながらやるのが非常に面倒臭い。




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