118 世界一高価な雑談
ナチュラリストたちは、ファージを使った物理現象や物質への干渉を”魔法”と言い。属性という言葉を使って自然現象を分類している。
日本で義務教育を終えた人間からすれば現実でその分類方法は恥ずかしい感じだが、奴らは宗教として本気で落とし込んでいる。
という俗説だが、俺が起きてから今まで経験してきた奴らの攻撃方法は陰湿で自然や環境を知り尽くしている感があった。
開けた所で棒立ちで叫びながら光って攻撃してくる奴は皆無だ。
最も、現代戦では音出して身バレした時点でほとんど死んでいる。
市街戦なら射撃音の位置特定はし難いが、それでも相手が無人機かスフィアを持ってれば即バレだ。
今の所、奴らへの対処方法を具体的に教えてくれる人は皆無で、皆ほんわりした解釈しか教えてくれない。
非常に不味いのだが、手をこまねいている。
「たぶん、誰も細かく教えてくれないんじゃないですか?」
「ああ」
「それが最適解だからですよ」
そこが分からない。
何で知らない方が良いんだ?
「ナチュラリストの自然干渉を表すのに良く言われる”属性”という言葉。何の分類だと思いますか?」
何の?
ファンタジーだろ?
「ファンタジーの。ゲームとかじゃないのか?」
「いいえ。属性という言葉は、元は西洋錬金術の人体を構成する要素、土、水、火、空気が大元です。人は生きる為にその四つが必須だから、昔の人は自然にそう考えたのでしょう。有名な古代中国の五行はまた違いますが、ナチュラリストの概念とは別なので置いておきます」
ゲームのレベルデザインやってただけあって、こういう話好きそうだな。
「日本に属性という概念を初めて持ち込んだのは、クトゥルフ神話体系だと言われています。丁度、私たちが生まれる少し前くらいの話ですね」
ゲーム好きだけど、初耳だな。
「体系って?」
「良い質問です」
先生みたいだ。
「ラヴクラフト本人は体系化には手を出していないというのが通説で、彼に感化された人たちが悪乗りして後世に作り込んでいった二次創作の設定が今では正式なクトゥルフとして認知されています」
ファンタジーなんてそんなもんだ。
骨子は歴史によって形成されていく。
版権がっつりなモノを知らん顔でドヤ顔して扱ってるのも腐るほどいる。
期限が切れてない版権が絡んでる造語を盗作して稼いでるのも普通にいたな。
「コンテンツとして面白ければ後は著作権だけだろ」
「彼らの魔法にも、著作権が存在するんですよ」
実際に魔法という技術と商品があるのなら。使用に権利や免許が発生するのも当然だろう。エルフも都市圏みたいにアカシック・レコードを使った自動認定なのだろうか?サーバー管理はどうやって行っているのだろう。
「そして、一度表現された魔法は必ず対策されます」
言い切ったな。
「必ず?」
「必ず」
当然っちゃ当然だが、やっぱゲームと現実は違うな。
「将棋やウィルス対策と同じですね。状況によって小手調べで同じ事をやったり様式美として形だけやったりしますが。同じ魔法を二度使うのは、下品で悪手とされます。大抵は既に対策されてて酷いしっぺ返しをくらいますね」
「地下登録市民がよく言う、光って手から火の玉飛ばす輩は?」
「基本的に魔法は加害行為に使われません。よく言われる彼らは落伍者です。私らで言う。過激派の宗教に染まってしまって教圏から追い出された心の弱い人たちですね。それに、手から火を出したら熱いんじゃないですか?」
俺がメンテナンストンネルで出会った捕食者や崇拝者は、ハブられたカルト教祖とその信者みたいなモノだったのか。
「私らの起きていた時代にゲームでよくあった手や杖を掲げて何か出すみたいな魔法は曲芸として少しあるくらいです。今のこの本州の地下市民登録圏とナチュラリスト圏は、私らの解釈だと、仏教圏と回教圏みたいな立ち位置なので、情報も偏りが激しいのでしょう」
分かりやすい。
昔も、互いの常識はまったく通じないが、住み分けは行われていた。
最も、当時は何の教徒も日本の中まで来て自分を全く譲らないから日本人にとってはいい迷惑だったが。
奴らの魔法の使い方は電子攻撃合戦や兵器開発合戦と同じだ。
新しいモノを作りその対策をし、またそれを上回るモノを作り、隙があれば古いモノで揺さぶりをかける。
同じ事をバカスカやっていたら確かに”なにやってんだこいつ”となる。
俺が傭兵とナイフスパーやっている時でさえ、同じ手は二度目は通じない。
「だから、知っている対策は逆に弱みになるのか」
「そうです。固定概念や経験とか仕入れた知識すらつけ入る隙になってしまう。即興で叩きのめすのが一番です」
物騒なゲームデザイナーだ。
「でも、それって。既存の技術全部対処出来て、且つ叩きのめせる奴だけが言える言葉だよな」
「出来ない人は、殺されるか喰われるか、・・・尊厳を奪われるかのどれかです」
”レベルを上げて、物理で殴る”貝塚の対策は理に適っていた訳か。
「そんなところで起きて、よく生きてこれたな」
素直に、凄い。
「つい最近までカビだらけの腐った肉塊になってましたがね」
四つ耳が溜息をついた。
「あたしが足枷になってしまった。でなければ違った未来があっただろう」
この二人がどうやって今の関係になったのか。
俺とつつみちゃんみたいな穏やかな感じではなかっただろう。
感じ取れる空気感だけでも、山田の起きてからの半生は見た目の温厚さからは想像できないくらい血生臭そうだ。
「ナチュラリストに関しては、何かされる前に銃で頭を撃てば大抵解決します。難しく考えると逆に不味い」
経験者の言葉は重みがある。
奴らがノコノコ頭を差し出す光景も想像し難いけどな。
「話が逸れましたが、人体を構成する四大元素は私らで言う七福神や十二神将みたいな扱いで、実際に存在します」
十二神将。懐かし過ぎる。
つつみちゃんが言っていたライヴでのコノハナサクヤの権現みたいな感じか?
「アカシック・レコードから書き出すのか?」
「大体はレコードからですが、四大に限っては人為的ではなく、自然発生的に生まれたらしいですね。真偽は不明ですが。知能もあるし、概念的にまんまファンタジーでしたよ」
「見たのか?」
山田は嬉しそうに頷く。
「でも残念ながら、想いの力で操れるなんて事は無く。科学的なプロセスでコントロールしてましたが、確かに存在してました。レコードが生み出した疑似生命体はあなたも見た事があるのではないですか?」
「何度か」
ぴくぴく虫やケイ素生物は俺の一般常識からかけ離れた動物だ。
動物なのか?
生きてるのかな。あれ。
酸素とか必要としていないし、子孫を遺すのかも不明だ。
「疑似生命体って言うのか?」
「私が便宜上言っているだけです。私だけじゃないんですかね。ただ、そんな凄いエネルギーを持ってるとかは無く、マスコット的な扱いでした」
「言い方」
四つ耳が憤慨している。
「申し訳ない。私は八百万を貶めるつもりはありませんよ」
山田が手を撫でると、四つ耳はすんなり黙った。
「私らの生きていた時代と違い、現代には信仰の対象が現実に存在します。ファージの運動量が多い地域では手を付けられなくなってたりもします」
毎度毎度、あまり想像したくないな。
「面白い現象も沢山ありますから、ナチュラリスト圏にはそれ専門の取扱業者とかもありますよ」
おお。
「冒険者的な?」
「総合商社とか中古専門の万屋のがイメージ近いですね」
幻滅だ。
剣と魔法の世界はやはり幻想か。
ああ。おれはどこかで、やはり剣の世界を期待していたんだ。
残念だ。
面白い現象で思い出した。
「非干渉群について何か知ってるのか?」
「うーん。私は物理には明るくないので、良く分からない現象という事しか分からないですね。専門家に聞いた方が良いでしょう」
世界は謎に満ちている。
「私からも質問良いでしょうか?」
「どうぞ」
「横山さんは、ここが現実だと思いますか?」
何を今更感がある。
「これが夢だったら、逆に感動する」
「私は何度も、これが夢で覚めないかと、実はゲーム中でいつか終わってしまうのではと。今でも思っています」
楽しそうだな。
ついこの間、生きることを諦めた人間とは思えない。
返答も少し投げやりになってしまう。
「なら、死んだら戻るんじゃないのか?」
そうだったら良いと何度思った事か。
少し意地の悪い返しだったな。
ちゃんと死なない限り、俺らに待っているのは、たぶん脳缶生活だ。
「そういえば、眠る直前の事を覚えていないんでしたか?」
「ああ」
「私は自ら望んで眠りについたので、いつか目が覚めるのではという感覚が常にあります」
覚えているのか。
「経緯は?」
「代々遺伝病で早死にでした。私も長くなかったので。当時の妻が看護師だったのですが、勤めていた病院のコネで薦められましてね。金額も手が届いたので応募したらチケットが取れたんですよ」
「もう治ったのか?」
二人とも苦笑いしている。
「治るそうですよ。治療はこれからです。他にも色々病気が増えました」
治療出来るだけマシだ。
俺は病名が分かったが、治療した形跡も治ってる確証も治療方法も無い。いつまで生きられる事やら。
イニシエーションでもして、石灰化しそうな部分取り換えれば治るのかな。
エルフの脳と自我ってどの程度の認識なんだろう。
ここで聞くのは筋違いだな。
後でルルル辺りに会った時に聞いてみよう。