9話 これって儂が悪いんですか?
「世界最強?」
積み荷おろしを何とか終えたあと、布団にまかれた状態のまま外に放り出されたシエルを見て呟く。
「そう、不可能を可能にした。だれも倒せなった者を倒した。だれにも負けなかった。だから最強」
シエルは簀巻き状態の布団から顔だけを出したまま、淡々と答える。
淡々と答える傍らでくるまれた体をもぞもぞと動かしているが、想像以上にきつく縛られているのか芋虫ほども前進することができていない。
「この状態でも?」
「............むり」
「ほんとに最強?」
「それは本当」
随分自信ありげな様子だが、どうにも説得力に欠ける。
さっき積み荷から降ろされる時も『寝違えた、ゆっくり』だの『大雑把、相変わらず』だの文句を言ってラツハさんに放り投げられたところを目撃していた。
「本当だから」
「わーかったよ、信じる信じる」
おざなりに返答をしながらバインダーの角でおでこを小突く。シエルは当然まだ不満そうな顔をしているがとりあえずそれ以上言及することはなくなった。
「それで、大方予想はつくけれどどうしてあーたがこんな風になってるのかしら?」
ひとまず室内に品物を運び終えたラツハさんがシエルを挟んで儂とは反対方向にしゃがみ込む。
「ラツハ......ひさしぶり」
シエルは布団をぼっふんぼっふんさせながら器用に跳ねて体の向きを変えた。
まき上げた砂ぼこりをラツハさんが手で払うものの、シエル自身はそれを吸って咳き込んでいる。
「ちゃんと説明するまで縄は解かないわよ」
ラツハさんは少し落ち着いてから問いかける。
「......顔を見にこようと思った」
「それで?」
「お土産、買いすぎた」
「人用の席を買う余裕もなくなったから、荷台に潜んで来たってわけね?」
「あってる、でもあの商人は縛りすぎ、からだいたい」
「はいはい、相変わらずの無計画っぷりね」
そう言いながら、ラツハさんは儂の人差し指くらいはある縄に指を通す。会話の流れのまま大した力を込めた様子もなく、いとも簡単に引きちぎってしまった。
「助かった」
拘束が解かれたシエルはゆっくり立ち上がる。
立ち姿を見てみると女性にしては背の高い方だ。短く切りそろえられた黒髪と吸い込まれるような碧眼、若干眠たそうな表情で目つきは悪く見えるもののかなり整った造形をしている。
「シエル、あーたの活躍は今でもよく聞こえてくるわ」
「そういうラツハは全く聞かない」
「そーお? これでもご近所じゃ評判いいのよ?」
「いいことだね」
「ふふ、ありがとう」
シエルの皮肉ともとれるような発言に一瞬ひやひやしたが、ラツハさんは全く気にしていない様子だ。基本的にシエルが表情を変えないので冗談かどうか察しづらいのだが、そこは当人同士の距離感がちゃんとあるのだろう。
「そうだお前、名前はなんという?」
突然シエルの意識がこちらに向けられた。
「ナルだ......」
「いい体をしているな、上背があって手足も長い」
シエルはなめるようにこちらの体を見ると掌をこちらにむける。
「ん」
どうやら掌を合わせろということらしい。
恐る恐る触れるとその手の表面は岩のように硬かった。素人の儂でもわかる努力の証、世界最強の剣士というのもあながち嘘ではないのかもしれない。硬いと同時に女性特有の線の細さや奥にある柔らかさも感じることができて胸は高鳴った。
「これは何のために?」
そんな儂の言葉を完全に無視して、今度は指の隙間に自身の指を通しぎゅっと握る。簡単に言えば恋人つなぎの状態だった。そこから親指や人差し指をさらに入念に触っていく。
「そのー流石にちょっと照れるというか、恥ずかしいというか」
「手も良い、男としては細くしなやかで......色々小器用にできそう」
「ほめてくれるのは嬉しいんだが......」
あんまりずっと握られているものだから、そろそろ手汗なんかもかいていないか気になってくる。
鼻の下を伸ばしかけたところで、シエルの纏う空気感ががらりと変わった。
「ところで......さっき小ばかにした?」
「えっいや! 全然そんなことはないぞ?!」
間違いなくさっき角で小突いたことを言われていると察し、慌てて手を引こうとする。しかし、恋人つなぎでしっかりと握られた左手はびくともしない。
「生意気」
「へ?」
次の瞬間、シエルの顔が上下ひっくり返ってしまった。
突然逆立ちをしたのかと考えたが、不思議なもので髪も逆立たず、地面に手をついていない。つまるところ、天地がひっくり返ったのは儂の体の方だった。
「い、」
回った勢いそのままに体を側面から打ち付ける。
あまりの痛みに、口からは浅く呼吸がでていくだけで言葉にならなかった。
「なに、すんじゃ」
どうにか起き上がろうとするものの、左足に力が入らない。
「わかった?」
おでこにドアをノックするような軽い裏拳を浴びせられる。やはりさっきの意趣返しだ。
「お腹すいたから」
最後にそれだけ言い残すと、シエルはラツハさんすら置いて店の方へと歩いて行ってしまう。
残された儂は少しでも痛みを軽減するために深呼吸を繰り返していた。
「あの子も悪気は......少ししかないのよ?」
痛みに悶える姿を見かねてか、ラツハさんは小玉のスイカなら握りつぶせそうなほどゴツい手で優しくさすってくれる。
「ラツハさん......これって労災おりますか?」
「残念だけど、冒険者に保険とか保証はないわ」
「選択を間違えたかな......」
まだ半日も経っていないのに、ゴブリンに危うく殺されかけ、自称女神のあやしい行動を見せられ、疲れるほど食べさせられたかと思えばひっくり返される。儂の冒険者人生はあまりにも濃すぎるスタートとなった。
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