7話 煩悩の塊ですか?
「それではこれで登録完了ですね、最初のうちは特に安全にお気を付けください」
「ああ、ありがとう」
ギルドでの冒険者登録の手続きは思ったよりも簡単に終わった。魔力の登録をすることで全国で正式な冒険者として活動できるらしい。情報の記録や個人の認証には魔法がうまいこと使われているとの説明だったが小難しいことはよくわからん。
「さてと、とりあえずはメイルのところに戻らねばな」
ギルドに併設された酒場の方へ向かうも、さすがの人ごみですぐにメイルを見つけ出すのは難しい。折角なのでメイルを探しがてら何か興味をひくものでもないかと見て回ることにした。
「かんぱーい!」
「おう飲め飲め!」
「それでよぉ......」
各々のテーブルには、木のジョッキ、焼いた肉、干物っぽい食べもの、チーズなど実に酒盛りが進みそうなものたちが並んでいる。個人的には辛口の清酒と刺身があれば文句ないのだが、衛生面がどれほど整っているのかはまだわからない。
「これで4倍だが払えんのかァ?」
「うるせぇよ、こっから逆転すんだから見てな!」
酒場の奥の方は賭場のような雰囲気になっている。遠目からはダーツ、サイコロ、札が見て取れた。どうやら賭場とはいっても仲間内だけの賭け事のようだ。晩飯代、依頼の手伝いといった軽めのものから実際の金銭をかけるものまで幅が広い。
「さすがに頼みすぎだよ......」
「なーに言ってんのさ! そんなんじゃいつまでたってもでっかくならんぞー!!」
酒場を半周したところで、若干遠慮じみたメイルの声が聞こえてきた。声のした方を見てみると所狭しと料理の並べられたテーブルの一辺で女冒険者たちにもみくちゃにされているのが見える。なんて羨ましい。
「ひゃぅ! そこはダメだって!」
冒険者のうちの一人がおなかからメイルの服のうちへと手を伸ばす。
ダメなところって、いったいどこを触っておるんじゃ?! というか直か? 直なのか?!
「あ、たすけてぇ!」
もう少し眺めていたかった、あわよくば儂も入れてほしかったのだが、もみくちゃにされている中でメイルと目が合ってしまった。頬を上気させ涙目になって助けを呼ぶ姿をばっちりと記憶に焼き付けてから、駆け足でメイルのほうに近寄る。
「おかえり! 無事登録できた?」
乱れた髪と衣服を軽く整えながらの『おかえり』というセリフ。若干息を切らしながらそれを誤魔化すようにえへへと笑う。そんなメイルの様子にかなり煩悩を刺激されながらもなんとか平静を装って返事をする。
「ああただいま、この通りバッチリだ」
さっき受け取った冒険者カードを見せる。その様子を見ていた女冒険者の一人が声をかけてきた。
「おーいメイルも随分偉くなったなぁ、もう弟子なんかとっちゃって」
「全然そういうんじゃないから、ちょっと困ってたから手伝ってあげただけ!」
単にからかいに対する返答なのだろうが少し距離を感じてしまった。
「あくまで対等! ね?」
「ああ!」
全然距離なんてなかった、めちゃくちゃ対等だった。
この問いかけの破壊力たるや。自分でも驚くほど口角が上がるのを実感する。
「なるほどねぇ......そんじゃあたしらからの祝いだ、はち切れるまで食っていきな!」
儂らのやり取りを見ていた女冒険者はそう言って、椅子をとなりの卓から一つ持ってきてくれた。
「気前がいいな姐さん、俺はナルだ。よろしく頼む」
「あたしはコトだ。こんな小さな町じゃ日々助け合いだ、気前も勝手によくなるさ。なんて言ったらババくせぇな!」
豪快に笑う女性もいいな、なんてことを考えながらテーブルに所狭しと並べられた料理にありつくことにした......のだが。
「どうしたのナル? 困りごと?」
メイルからの初めてのナル呼びに大した反応もできずに儂は固まっていた。
その理由は簡単、食卓が茶色すぎるのである。
「いや、大丈夫なはず......じゃ」
こんなに味付けが濃そうな食べものを久しぶりに見たのである。転生して若い体になっている以上、思いっきり食べても何の問題もないはずだ。しかし最近の病院食への慣れからどうしても躊躇してしまう。
「わかった、ナル目移りしてるんでしょ? 全部おいしそうだもんねーわかるよー」
儂とは対照的にメイルは次々に料理を取り皿に取っていく。それでも一向に動こうとしない儂を見かねて、彼女は気のお椀を持ちこちらに向き直った。
「そんな優柔不断なナルにボクからのおすすめだよ!」
メイルが見せてくれたお椀の中には、普段より若干色の薄い卵が溶き入れられ出汁を吸ったご飯とよくなじんだ雑炊が入っていた。
「おお、これはいい」
「特別に分けてあげよう! ボク普段は食にうるさいからね、今回だけだよ」
そういって一口分を掬うと、儂の方へと差し出す。
もしかしなくとも、これは『あーん』の構図だった。目の前の湯気は雑炊から出たものだろうか、はたまた儂の顔が熱くなりすぎて出たものだろうか。
差し出されるままに匙を咥える。あつかった。
「どう? おいしいでしょ」
「はふ、おいひい」
「でしょー、次からは分けてあげないけどね」
口内をやけどしないように、うまく位置を調整しながら返事をした。やや熱いのを我慢して飲み込むとようやっと腹の虫が鳴く。臆病になっている頭を押しのけて体はご飯を求めているようだ。
メイルはというと、もうすっかり自分の食事に集中していた。魔性の女って実はこういう娘のことを言うんだろうか。
まだ出会って一日も経っていないのに、メイルにときめくのはもう何度目かわからない。だからきっといいものになるだろうとこれからの生活に期待を膨らませて、とりあえずは空いていた腹を膨らませるべく大量の料理へと手を伸ばすのだった。
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