5話 儂は一文無しですか?
ラツハさんは店の準備をすると言って、走って行ってしまったのでメイルと森を歩くこと十分、ようやく森が開けてきた。
「あの奥に見えるのが?」
森を抜けて少し行ったところに、ちょうど人の身長ほどの柵があり、その中心には二つの物見櫓に挟まれた門があった。
武器を持った人もちらほら居て、警備にあたっているようだ。
「そうだよ! あれがトスタの町の南門、一応見張りもいるけど冒険者が交代でやってるだけだから顔パスで行ける」
外見は怖そうに見えるが、メイルが手を振ると振り返してくるあたり、悪い人間ではないことは確かだろう。
「おおメイル! お疲れさん、クエストの方はどうだった?」
「ただいま! ばっちりだよ、今から報告してくるね」
「そりゃあいい! ところでそっちの男は?」
「旅人みたい! すぐそこで出会ったんだ、冒険者になりたいらしくて......あわせてね」
一切戸惑うことなく言い切り、最後は儂にだけ聞こえるように耳打ちをする。
どうやら冒険者でもないのに森の奥にいたというのはあり得ないことのようだ。
しかし、そんなことよりもだ。
耳元に顔を近づけたときにかすかに花の香りが鼻腔をくすぐった、さらに囁かれるくすぐったさも相まって、見張りに怪しまれないようにするよりも、理性を保つほうに気を使った。
「そうかい! これからよろしくな兄弟!!」
「ああ、よろしく頼むよ」
差し出された手を握り返し、笑顔で門を通過する。
「ふぅ、どうにかだね、それよりさホントになんで森にいたの?」
「いや、気づいたらあそこにいた」
「記憶喪失?」
「ちゃんと記憶はある。ラツハさんも過去は聞かないと言っていたんだ、とりあえずこれからのことを考えた方が有益じゃないか?」
記憶はあるものの、元の世界でぽんこつ女神様(?)に殺されかけた挙句ろくな説明もないままこの世界に転生させられたなどと言っても余計に混乱を招くだけだろうから、儂としてもあまりその辺を話す気にはなれない。
「それもそっか、さっきは勢いで勝手に言っちゃったけどどうする? ほんとに冒険者になる?」
「冒険者になったら、メイルと一緒に冒険できるか?」
「ボクなんかでいいの? 森で見たと思うけど、ボクたいして役に立てないよ?」
「ああ問題ない、俺はメイルと冒険がしてみたい」
魔物と戦う戦闘力などいずれ身につければいい話だ。こんな可愛らしい娘と各地を巡り、あんなことやこんなことまでできるのならば、一緒に行かないという手はない。
「そう言ってくれるならこちらこそよろしく! そうなれば善は急げだね!」
メイルは花の様にはにかむと儂の手を取って駆けだした。
「っとと、どこへ?」
「冒険者ギルド! そこで冒険者登録ができるから」
メイルに連れられて来た冒険者ギルドは、他の家、商店らしき建物と比べてもかなり大きく、作りも立派だ。
そのうえ外にもぎっしりとテーブルや椅子が並べられており、昼間だというのに大勢の客が木のジョッキを豪快に傾けていた。
「これが冒険者ギルドか?」
「そっちは併設の酒場、人ごみの奥がギルドの入り口」
冒険者ギルドそのものが酔っぱらいのたまり場ではないことに若干安心する。
いや、メイルは併設と言うが遠目ではすべてが酒場の様に見える。もしかするとギルドの中も似たようなものかもしれない。
「よぉメイル! 一杯やってくか!?」
入口に近づくと、赤髪モヒカンで肩だけに防具を付けたいかにもな輩がメイルに声をかけてきた。
「いっつも言ってるでしょー、ボク下戸なんだってば!」
見た目はかなり幼いようにみえたが成人していたようだ。この手の誘いも断り慣れているようで、ひらひらと手を振って受け流している。
つまり、今すぐに手を出しても合法的だということか。
儂のメイルに声をかけた罪は重いが、今の情報で帳消しにしてやることにした。
「あ、メイルー! おいしいモンあるけどつまんでくかい?」
酒場は西部劇でみるような小さい扉が入り口となっている。照明もきちんと整備されているようでかなり明るい雰囲気となっていた。そんな酒場の少し奥からメイルを呼ぶ声が聞こえる。
冒険者ギルドに併設された酒場は男くさい店かと思ったが、女性客もいるようでメイルを呼んだのは人数の多い女性の団体だ。
「いいのー?」
先ほどと打って変わってメイルは乗り気のようで男連中から女性客に口々に文句が飛ぶ。
「てめぇ、ずりぃぞ!」
「酒を強要するおっさんどもはすっこんでな! メイルは今からあたしらと楽しくお話しするのに忙しいんだ、ほら散った散った!!」
声をかけた女性客はいかにも気の強い女冒険者といった風貌で、野郎にも一歩も引くことなく睨みあっている。
期待していた冒険者像そのものでかなりテンションあがるなぁおい!
「あっちの扉から入ったらすぐに受付が分かるから、終わったらなんとか見つけて!」
「メイルー?」
「今行く!」
ギルドの入り口だけ説明するとメイルは酒場の人ごみの中へ消えていった。一人にされてしまったが、メイルの言葉通りなら登録には大した手間もないだろう。
儂は人ごみをかき分けて受付らしきカウンターへと向かう。
「こんにちはー、初めてのご利用ですか?」
受付につくと品のあるブロンドをセミロングでまとめた受付嬢が愛らしい営業スマイルを張り付けて対応してくれた。
プライベートで出会っていたら速攻で声をかけただろうな。いや、依頼などで話す機会はいくらでもあるだろうから機を見計らってアプローチすればいいのか。
「ああ、冒険者になりたくての」
「冒険者登録ですね、それなら......こちらの紙にご記入ください」
受け取った紙には何の違和感もない丁寧な日本語で項目が書いてある。
そういえばスエデはこの辺の説明を全くしなかったが、もし読めない・話せないなんてことになったらどう責任を取るつもりだったのだろうか......。
「......これで良し、と」
「はーい、ありがとうございます。発行料として300レミス頂きます」
一通り書き終えてから書類を返すと、レミスなどという全く聞きなれない単語が耳に飛び込んできた。
「ん? いまなんと?」
「冒険者の証明に必要なライセンスカードの発行にですね、300レミスかかるのでお支払いをお願いします」
どうやらこの世界の通貨のようだ。途端に噴き出る冷や汗。服装すら病衣のまま、かろうじてサンダルをはいているだけの異世界人がどうして現地の通貨を持っていようか。
「れ、レミス?」
「はい、300レミスです」
「ちょっと外の空気を......」
「? はい、どうぞ?」
受付嬢にかなり怪訝な顔をされながらも、いったん退室することに成功した。人気の少ない場所に移動してから頭を抱える。
「いや、どうしろと? メイルに借りる? さっき出会ったばかりの女の子に金の無心などできるか!」
そういえば転生する前『天の声』とかなんとかをあのポンコツが説明していたはずだ。
藁にも縋る思いで彼女の名前を口にする。
「スエデ、聞こえておるか?」
反応はない。
「おい、スエデ?」
少し語気を荒げるも、反応はない。
「おーい、ス、エ、デさーん?」
少し声のボリュームを上げても、反応はない。
いや待て、どうして儂が敬語を使っておる? こうなったのはスエデの方の不手際じゃないか?
そう考えるとじわじわと腹が立ってきた。
「おいコラ、スエデェェェ!」
結構な大声だったが、やはり反応はない。
こうなったらヤケだ。持てる力のすべてを怒りに変換して叫ぶ。
「スぅエデえぇぇ!!!!!!!」
「もしかして私のこと呼びました?」
肺の空気をすべて吐き切り、息切れしているところに背後から声をかけられた。
「ああ、呼んだとも......!」
振り返った先には穢れを知らない純白の羽をたたみ、愛嬌のある顔に不安をのぞかせたスエデがおっかなびっくりといった様子で立っていた。
ご覧いただきありがとうございます!
ブクマ、評価ポイントなどなどめちゃくちゃ励みになりますので、なにとぞ下の方からポチっと......!!