4話 もしかして世間知らずですか?
「ふん、これで実力差が分かったかッ!」
啖呵を斬るとともにゴブリンを見れば、腰を抜かして後ずさりしていた。
「オ、オマエハ!?」
「顔が青ざめるのを通り越して緑になっているではないか」
戦意の喪失したゴブリンをからかうも反応が悪い。それに先ほどから微妙に目線が合わない。
「ニゲルゾ!」
そうして、二匹のゴブリンは尻尾を巻いて森の奥へと逃げていった。
安全が確保できたのならば、やることは一つだけ。この少女を口説き落とす。
「だいじょ――」
背後の少女に、大丈夫か、と声をかけようとして止まる。
それはなぜか?
「あーた、度胸だけは一人前じゃないの」
振りむいた先に、男の顔があったからだ。
「新手のバケモノかッ!」
思わず飛びのいて距離をとる。
そこに立っていたのは、筋骨隆々の大男。
しかしよく見ると薄く化粧をしていて、ワイシャツの上からエプロンをかけた喫茶店のマスターのような服装をしている。
「あーた、こんな美人捕まえてなーに言ってんのよ」
「美人じゃと? 肉達磨の間違いじゃろう!」
分厚い胸板に服の上からでもよくわかるほど発達した僧帽筋、手足は太く、ゴブリンの棍棒よりも危険な印象を与えてくれる。
大男は顔の前で木の棒を揺らしながら、不満げに口をとがらせる。
「まーあ、それが命の恩人に対する口の利き方ってわけ?」
よく見ると、大男が持っている木の棒、かなり太くないか?
それに片方の端は雑に加工されていて、まるで折った木をそのままにしているかのようだ。
かなり太い折れた木?
「命の恩人......? ということは?」
そこまで考えてようやく納得がいった。
「ゴブリンから守ってあげたのはあーし、おわかり?」
「やはりバケモノじゃないか!」
つまりこの大男は、振り下ろされた棍棒を掴み、へし折ったということだ。これをバケモノと呼ばずして何と呼ぶ?
「こんなべっぴんに向かって......あーた、わからされたいわけ?」
言いながら大男が握力を込めた。
すると棍棒の残骸が、文字どおり木っ端となってはじけたのだった。
「滅相もございません」
気が付けば反射的に頭を下げていた。
本能が告げている、逆らったら殺されると。
「ラツハさん! 助かったよー、ほんとにどうなることかと」
座り込んでいた少女は大男の方へと駆け寄っていく、どうやら既知の間柄らしい。
「魔法使いさんもありがとうございました!」
赤髪の少女は、大男と一言二言話をすると、すぐに儂にお礼を言った。
その笑顔は花が咲いたようで、ますます口説きたくなる。
「ああ、おま、君が無事でよかった」
癖で『お前さん』と呼びそうになった。
その呼び方は流石にじじくさいので急いで君と言い直す。
「あーしからもお礼を言うわ、あーたがいなかったらこの子も無事じゃ済まなかったかもしれないから」
「本当に助かりました」
感謝の言葉と共に、ぺこりと一礼。
あげた顔には笑顔が灯っていて実に可愛らしい。
落ち着いてじっくり少女をみると、肩まである紅玉のような髪が美しく、大きく愛らしい瞳は見るものを吸い込んでしまうような魅力がある。
「ところで君はこんな所でなにを?」
ここはゴブリンに襲われるような森だ、少女一人で歩くには危険すぎる。
「ボクは薬草採取のクエストを、もしかして魔法使いさんも?」
そういって腰につけた袋を開いて、青々とした葉っぱを取り出す。
クエストという単語を当たり前に使うあたり、どうやら本当に異世界に転生したらしい。
「さっきから気になっておったんじゃが......わ、俺が魔法使いにみえるのか?」
何度か繰り返し使われた『魔法使い』という単語。
しかしながら当然、呪文を唱えたり、火の玉を手のひらから出したりはしていない。
「んー? あーたそんな格好して魔法使いじゃないの?」
「そんな格好とかあんたに言われたくないわい! 明らかに喫茶店の店員みたいな格好しておるくせに!」
「あーしは本職がマスターなのよぉ、さっきはたまたま散歩で通りかかっただけ」
服装を指摘されてまだ入院時の病衣を着ていたことに気づく。確かにこれなら一般人というよりは魔法使いのほうがいくらかしっくりくる。
「魔法使いと間違われるのは困るの、近くに服屋はあるか?」
「あーたどっからやってきたの? トスタの町以外からこの森に来ることなんてないでしょうに」
「トスタの町か......」
ラツハさん、と呼ばれた大男が怪訝そうにこちらをのぞき込んでくる。
「知らないならボクが案内するよ、さっきの恩もあるし」
しかし、大男の反応とは対照的に、少女にはずいぶんと好印象を持ってもらえているようで、こうして案内役を買って出てくれた。
「大丈夫メイルちゃん? この男、相当怪しいわよ?」
「まったく、失礼なことを言う」
「悪い人なら、ゴブリンとの間に割って入ったりしないだろうし、いざとなったらラツハさんのお店まで逃げるよ」
「そこまで言うならいいわ、あーた、うちの子に手ぇ出したらわかってんでしょうね?」
「もー! そんな風に言わないんだよ! 本当に過保護なんだから!」
案内役をすることの許可は出してくれたものの、くぎを刺す大男に少女が頬を膨らませて抗議する。見た目15,6の少女だが、無い胸と頬を膨らませる仕草が相まって、幼い可愛さを醸し出している。
「大丈夫じゃて、何もせんわい」
いまのところ、こちらから直接手を出そうとは考えていない。
まあ少女が惚れてしまった場合、儂にはどうすることもできないがな!
「それじゃ行こっか、えーっと」
「ああ、そういえば自己紹介がまだじゃったの」
ここで、自己紹介をしていなかったことに気がついた。
未来の彼女候補にしっかりと挨拶しておかなければならないだろう。
「そうだね、ボクはメイル、お兄さんは?」
「鳴神祐悟だ、よろしく頼む」
「ナルカミユウゴか、変わった名前だね」
「ほうか? 対して珍しくもないと思うが」
「それに、多分だけど冒険名じゃないよね?」
「冒険名?」
「まさか冒険名を知らない?」
良く聞くと、冒険者になるときにつける愛称のようなものらしい。
「ま、過去のことは深堀りしないのがあーしらの流儀だからねぇ」
「それじゃ気を取り直して、ボクがトスタの町を案内するからついてきて!」
無い胸に手を当て、自慢げにウィンクまで、これで可愛くないわけが無い。
「あーしは店を開けておくから、いつでもいらっしゃい」
「うん、ありがとうラツハさん!」
「正直、わからんことの方が多いから、案内はまかせる」
「りょーかいっ! ボクに任せてよ!」
こうして、森で出会った少女と共に足取り軽くトスタの町へと向かうのだった。
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