3話 早速モテイベントですか?
ちゅん、ちゅんちゅん。
どこかから小鳥の鳴く声が聞こえる。
家の縁側にでも寝転んでそのままうたた寝したのだろうか?
心地よい感覚を手放さないように、目は閉じたまま手足に力を入れてみる。
ぐしゃりと若干水分を含んだ土を掴んだ。どうやら外で寝ていたようだ。
「んんーっ」
一度背伸びをしてからゆっくりと瞼を上げる。
回復した視界に飛び込んできたのは一面の緑色だった。
背の高い広葉樹に囲まれた森の中、独りで寝ていたようだ。
「ここは......? それに儂はなにをしておったか......?」
眠りに落ちる前のことを思い出そうとする。
「そうじゃ、確か病室で......」
スエデと出会い、それから転生したのであった。
スエデのことを信じるのならばここは日本ではないのだろう。先ほど聞こえた鳥の鳴き声もスズメっぽかったが、スズメよりかは少し低かったように思う。
「よっこらせ」
ゆっくりと、慎重に腰を起こす。当然、悪くなった腰に配慮しての行動だ。
しかし、いつものように腰に痛みが走ることはなかった。さらには普段よりもスムーズに起き上がることができた。
「ん?」
そういえば、独り言をいくらか言ったが、まるで自分ではないかのような声だった。
「あーあー」
声にハリがある。病室にいたころのようにしわがれた声ではなく、若々しくなかなかいい声だ。
次に自らの手に視線を落とす。
「お、おお!」
視線の先には、土を掴んだせいで多少汚れてはいるものの、血色がよく、しわ一つない手があった。
ならばと立つ、立ち上がる。
差さえなしで、しかも足だけで立つことができる!!
「これは、異世界転生が成功したのかっ!」
歩いてみる、腿が上がる!
走ってみる、こけない!
跳んでみる、どこも痛くない!
「最高じゃ! ありがとうスエデ、詐欺師じゃないかと疑ってすまなかった」
若いころのように動き回れるとなれば、あとはやることは一つ!
魔王討伐? そんなことに割く暇はない。
冒険と友情? そんなものに夢はない。
安定した生活基盤? そんなものに浪漫はない。
「綺麗! 可愛い! 愛おしい! それこそが儂の追い求める夢、浪漫、人生のすべてよッ!!」
清楚に天真爛漫、お茶目な娘にツンデレとかいうのまで、ありとあらゆる美女を求めてどこまでも突き進んでやろうではないか。
「ところで......」
興奮した自分を抑えるためにも一度呼吸を整える。
そして、現状で最大級の謎を口にする。
「ここ、どこ?」
なにか目印があるかと思えばそれもなく、見上げても空すら途切れ途切れにしか見えない森の中で完全に迷子になってしまった。
「ゔぅううぅ」
耳を澄ませても聞こえるのは鳥のさえずりと、唸り声だけ。
「これでは日本の森と大差ないではないか」
ため息をついて、あたりを見回す。
このまま待っていても餓死を待つだけだろうから、全くあてはないが歩き回ってみるしかないだろう。
「いや待て、日本の普通の森で唸り声とかせんじゃろ!?」
数秒前の自分に大声で突っ込みを入れる。
声に反応してか、遠くで鳥の群れが飛び立った。
「......っ!?」
そしてわずか数秒後、かすかに唸り声以外の物音がしたような気がした。
「んー?」
「くっ、この!」
音のした方へ耳を澄ませてみると、明らかに人間の、それも自分以外の声が聞こえた。
その声は明らかに焦っていた。加えて、金属を打ち付けるような甲高い音もする。
「迷っている暇はないのう......」
いくら若返ったとはいえ、身を守るための武器など一切持ち合わせておらず、この身一つで駆け付けたところで何の足しにもならんかもしれん。
しかし、声の方へ駆けつける以外の選択肢はない。
「夢の達成のために、まずは一人目かの!」
だって声の主は女の子だから!!!!
かすかに声が聞こえる方へと一目散に走り出す。
「こんなところでっ! くっ!」
視界の奥、僅かに森が開けて明るくなっているのが見える。
そこに赤髪の少女の姿があった。
「大丈夫か!」
「あ、よかったぁ......」
少女と緑色の皮膚をした怪物の間に割って入ると、少女は反りがなく細長い剣を地面にさし、へなへなと座り込んでしまった。
「緑の皮膚に、近接武器、暇つぶしのゲームの記憶が間違っていなければ......ゴブリンというやつじゃな?」
筋肉質な体躯を、ぼろきれのような布で覆ったモンスターが太い木の棒をもって立っている。
「............」
体は弱っていたが、ボケてはいなかったので自宅にいたころはゲームをしている時間が長かった。その知識が正しければ、こやつは『ゴブリン』という冒険序盤の弱いモンスターであるはずだ。
ゴブリンは様子見といった具合に一歩距離をとる。
「儂の浪漫のためにどいてもらおうか」
この娘を華麗に助け出して惚れさせる。そのための礎となってもらうべく、儂は一歩前へ進む。
今の儂は目線の高さや腕についた筋肉から考えると、身体的なピークに近い状態だろう。
「実力差、わからぬわけではないじゃろう?」
「ごぶごぶぅ」
ゲームの中では、旅に出たばかりの少年が倒すような相手だ。戦闘力的にはこちらが勝っていると思いたい。
一歩、また一歩と距離を詰めていく。その間もゴブリンは微動だにせずこちらを眺めている。
「ここで引くなら後は追わんぞ? 弱い者いじめをする趣味はない」
「ご、ごぶごぶぅ」
少女を助けるためとはいえ、生き物を殴り殺すのはかなりためらわれる。かといって儂が殴り殺されるわけにもいかないので、逃げるように促した。
しかしゴブリンが退くことはなく、何かを訴えているようだ。ならばもう少し脅してとにかく退いてもらうしかない。
「逃げないのならば......一方的にいたぶ――」
少しキザっぽい台詞を言い終わる前に、ゴブリンがこちらを力強く指さして台詞を遮った。
「だから、実力、五分五分ぅ」
「しゃ、喋ったーッ!」
ゲームの中で、序盤の弱い敵がしゃべることなどほとんどない。
しかしここは現実の異世界、儂の予想に反してゴブリンは意思疎通が可能だったのである!
「し、知らなかったのー!?」
少女まで座り込んだまま驚きの声を上げた、この世界ではゴブリンがしゃべるのは常識だったようだ!
「くっ、ならば覚悟しろよ?」
そうは言ったものの、心の中では退いてくれと叫んでいた。
しかし素直に退くどころか、奥の茂みをかき分けて新しいゴブリンが現れた!
「カクゴ、ヒツヨウ、オマエッ!」
「二対一だとッ!」
新しく出てきた個体は、カタコトではあるが、儂よりも二回りほど体がデカい......。
「コブンニ、テ、ダソウトシタヨナ?」
さらに恐ろしいことに、先端が地面につくほど長い棍棒を両手に携えている。
かなり威圧感があり、これではどう足掻いても勝ち目などない。
「ど、どうして怒ってらっしゃるんですかね?」
そこで下手に出て、会話による和解を試みる。
「オコッテ、ナイ」
「よかった! 話せばわかるお方だったんですね!」
首を横に振って怒りがないと言ったゴブリンであったが、見逃してくれそうな気配はなかった。
「ハナセバ、ワカル、ダガ......」
「だが?」
「オマエ、ニワトリト、ハナス?」
やっぱり駄目だった。
ゴブリンたちは儂らを食料としてしか見ておらず、儂らが数分後に生きている可能性は残念ながらゼロにかなり近いだろう。
せめてこの美少女だけはなんとか助けなければ......!
「ならばタイマンだ。この娘が欲しければ俺を倒してからいけッ!」
「オマエ、ウシト、タイマン、スル?」
ゴブリンは言外に、『お前は一方的に狩られる存在だ』と告げてくる。
そして言い終わるや否や、右手の棍棒を担ぎ上げこちら側ににじり寄ってきた。
「クソッ! ヤケクソだぁッ!」
勝てる気がしないのと何もしないはイコールにはならない。何もしなければ楽に死ねるかもしれんが襲いかかれば僅かでも存命できるかもしれん。
なにより、ここで尻尾を巻いて逃げるのは格好悪いではないか!
「オラァ! 喰らえ鉄拳、叫べゴブリンッ!」
「サケブ、オマエッ!」
バギィ、と鈍い音が響く。
手の骨と巨大な木の棍棒、ぶつかればどちらが折れるかは考えるまでもない。
「ナニッ!」
「いってぇ! いたいたい......あれ?」
ところが痛いと思った右の拳は無傷で無痛。それどころかゴブリンの棍棒が半分くらいになっているではないか!
「ふ、ふん、これで実力差がわかったかッ!」
なんとかして格好をつけるべく、とりあえず拳を突き出すとともに啖呵を切った!!
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