13話 女神案件はもうこりごりなんじゃが?
儂が異世界にきて2週間、簡単な労働のほかに薬草の採取や喫茶の店番などもこなしつつ、スエデが言っていた北の国への旅路に向けてコツコツ資金が貯まってきていた。
そんなある昼のことだった。
「いて!」
昼食を取るべく『喫茶はつらつ』に向う途中、何かが顔面に激突してきた。
「はぁ? 意味わかんないんだけど」
声のした方を見ると、手のひらに乗るくらいの大きさの少女が空中でうずくまっている。
「意味わからんのはこっちの方だ」
「おにーさん見えてるし、聞こえてる?」
「ああ」
「おにー......おじい? いやおにーさん? なんなのコイツきっも」
「さっきから一人で何言ってるんだ」
少女をよく見ると、背中から半透明の羽が生えていた。
ただ、浮いているにもかかわらず羽は全く動いていないので、実際は魔法とかで浮いているんだと思う。
ちょっと近くで見たかったのでトンボを捕まえるときみたいに二本指で羽を挟んだ。
「ちょ、掴まないでよ」
少女は手足をバタバタさせて抵抗する。ついでにバカとかアホとかの罵声も飛んできたが、体のサイズと高くかわいい声のおかげで無駄な抵抗である。
「ゴブリンは見たことあるが、小人は初めてだな」
「そんなのと一緒にしないでくれる?」
「じゃあなんなんだ?」
「女神ですけど? あんたみたいな汚い手で触っていい存在じゃないから」
「女神かぁ」
女神と聞くと儂を転生させたスエデのことを思い出して若干表情が曇る。
自称女神にいい思い出ないんだよな、どうせコイツもポンコツとか厄ネタ持ちとかそういう感じなんじゃろ?
「うっざ、女神が見えるなんて福音なのになんでそんな態度なわけ?」
そりゃもう、その態度のせいだ。
女神とはいえ、初対面からいきなり暴言を吐かれて素直にあがめるほど敬虔な信徒じゃない。
「それでほんとは?」
「信じてないのむかつく! てかくっさいし!」
「なっ失礼な! 今日は働いてないし昨日風呂にもはいったぞ」
「そういうんじゃない、女神臭いのよあんた!」
「はあ」
女神臭いとは言われてもいまいちピンとこない。スエデに会ったのなんてしばらく前だし、においが付くほど一緒に行動してもいない。
「たまーにいるのよね、あんたみたいに他の女神から気にかけられてるやつ」
「なるほど」
気にかけられているだけで臭い扱いを受けるなら納得だ。最初あそこまで迷惑かけられたんだから気にされてない方がどうかと思う。というかスエデ以外にも女神さまがいることすら初耳だ。
「放しなさいよ!」
「詳しい話は中で聞くよ」
やり取りの間に、喫茶はつらつに到着していた。
女神と信じるかは別にして物珍しさから話を聞きたいのでとりあえず店内に連れていきたいのだが、この少女の反応は良くない。
「他の人間には見えないから、あんた独り言ばっかりのきもい客になるけどいいわけ?」
「そうなの?! 移動中ずっと指を伸ばして独り言いうやつだったの?」
「そゆこと、おにーさんの評判おわっちゃったね?」
途端に恥ずかしさに襲われる。往来の少なくない道を通ってきたので他人の行動を注視する人はそんなに多くないとは思うが、それでもやっぱりずっと独り言だったと考えると恥ずかしい。
「だからこれからもお店に通いたいんだったら、ここでおとなしく開放したほうがいいと思うなー?」
「うーーーーん」
やっぱり面白そうだから話を聞きたい反面、変人扱いは困る。どうするべきか迷っていると、ドアが開けられる。中から出てきたのはラツハさんだった。
「店の前で遊んでないで入ってらっしゃい」
「あ」
目の高さまで二本指を上げて唸っているところを完全に目撃されてしまった。
「あら珍しい......妖精? 女神さまの眷属?」
「見えてる? なんで?」
信じられないものを見たと少女の顔に書いてあった。
儂からすれば、信じられないのは自称女神の存在の方なので誰がそんなセリフを言っているんだ感がある。
「二名様ご来店よー」
ラツハさんは少女に有無を言わさず、儂の背中を押して店内に誘導する。
今日はまだいつもの三人しか店内にはいなかった。
「おかしい」
「なにが?」
ラツハさんという理解者を獲得し、すこしテンションの上がった儂とは対照的に少女は深く考え込んでいるようだ。
少しして、儂も違和感の正体に気づく。先ほどの『二名様』というセリフに誰も疑問を唱えていないのだ。ラツハさんはもちろん、メイルもシエルも何食わぬ顔で通常業務をこなしている。
「なんでどいつもこいつも! あたしの姿が見えてるわけ!!」
「確かに......一般人には見えないんじゃなかったか」
「一般人で何もせず見えるのなんてほんっとに少ししかいないんだから、女神に関わりのある人間か、よっぽどの達人でもないかぎり!」
それならステーキナイフで鎧を剥がすシエルや、素手で金属の籠手を砕くラツハさんが見えるのは不思議ではない。メイルにしたってその二人と知り合いなのだからなにか天性のものを持っている可能性もあるし、確率がどれほどのものかは知らないがそれこそただの幸運で見えることもあるだろう。
「世界最強の剣士と筋肉ダルマと世界一かわいいメイルだからまぁ、見えても不思議じゃないかも......」
「なにそれ、きも......いや......ムリ......」
手の中の少女は開いた口が塞がらないといった状態だった。
脳みその用量を超えたのか、机に置いてやってもその場に座り込むだけで飛び回ろうとはしない。目の前に置かれたグラスから壊れた機械のように水を繰り返し飲むだけだった。
「女神さまって水とか飲むんだ......」
女神さまはしばらくこの調子な気がするので、そのあいだにお昼の注文をして待つことにしたのだった。
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