10話 感動の再開ですか?
翌日、儂は一人で町の散策をしていた。
ラツハさんから温情込みで数日は宿屋に泊まれる額を受け取ることができたので、仕事を見るついでに少しは町のことを理解しようという魂胆だ。
「教会か?」
散策していると、冒険者ギルドよりも立派な造りでステンドグラスなどの装飾も目立つ建物があった。正面には分厚い両開きの扉が開け放たれており、仲には立派な像が見える。
「かわいい子と出会えますように」
洋風の教会での作法なんてわからないのでとりあえず目を瞑り、手を合わせてみた。
「そんな......照れちゃうじゃないですか」
独り言に背後から返答があった。驚いた儂は目を開けて振り返る。
するとそこには白いワンピースをまとう可憐な少女がいた。その姿は窓から差し込む光を受けて女神のように輝き......ふにゃけた顔で頬をかいていた。
「こんなところで何してるんだ」
女神のように、というかスエデだった。
儂をこの世界に転生させた張本人で、どこか抜けている自称女神さまがいつもの翅をなくした状態で目の前に立っていた。
「いえなにも......というかナルさんのほうが会いにきたんじゃないんですか?」
「会いにきたも何も、ここにお主がおること知らんし」
それを聞いたスエデはいまいちピンと来ていない表情をする。しかし思い当たる節があったのか、すぐに滝のような冷や汗をかき始めた。
「まーだ説明不足があったな?」
「......はい」
「説明してくれ」
説明を促すと、気持ちを入れ替えるように手を叩いた。
「基本的に私は人間に扮して教会にいます。扮するといっても他の人間に馴染んでいるというわけではなく、万が一見つかった場合に怪しまれないようにするためですね」
「見つかる? 誰に?」
「一般人に私の姿は見えません、見えるのは純粋な子どもや死にかけのご老人くらいです」
「俺は特別なのか?」
「今は新しく生まれた生命扱いされて見えるようになっているだけなので、ナルさんもいずれこの世界に馴染んで見えなくなります、言っちゃえばゲームの不具合ですね」
「人様を不具合扱いするなよ......」
「言葉の綾です、細かい男はモテませんよ」
「余計なお世話だ」
「本筋に戻しますね? 見える間に相談に乗ったり知恵袋を授けたりすることを『女神の声』と呼んでいます。だいたい3回が限度ですね」
『知恵をさずけてくれよ、おばあちゃんか』とも思ったのだが、話の腰を折らないようにツッコミは心の中だけにしておく。
「それで、今回は何を授けてくれるんだスエデは」
「今回はあなたの旅の指針を授けましょう、神託だと思って聞いてくださいね」
『だと思って』とは偽物だと白状しているようなものだ。
スエデはこういう節々に怪しい感じというか、パチモン感が漂っているのだが実際に転生したという事実と清楚な可愛らしさの前に儂は黙って信じることしかできないのだった。
「ここから北、商業都市マケトで武を示しなさい。さすれば貴方の道行きは......」
「道行きは?」
「道行きは............モテます、たぶん」
「また適当なこと言って......まあ行くけど、モテるなら」
「正直すぎて引いちゃいますね」
スエデも正直に苦笑いする。ここで『そんなこと言われるなら行かない』なんて言われたらどうするつもりなのか。行くけどね、モテたいから。
「それじゃこの辺でお暇させてもらうよ」
「ご武運をお祈りしてますね」
スエデに背を向けて教会の扉をくぐる。
通りに出ると、偶然シエルが通りかかった。昨日、世界最強の剣士だと評された彼女は、喫茶店の制服に身を包んでいる。
「偶然、ちょっといい?」
目の合った彼女は儂の前で歩みを止めた。
「え? あー......いいけど」
昨日のことを思い出して少し身構える。
こちらにも多少の非があるとはいえ、急に蹴り飛ばされたのだから当然印象が良くないのだ。
「はやく」
相変わらず、透き通るような碧眼からも無表情ながら整った造形からも真意を見通すことはできない。
「なんの御用で?」
急かされても乗り気にはなれない。それに彼女が儂を誘うような用事も理由も全く思いつかないのだ。
「デート」
「誰と誰が?」
「私とあなたが」
デートだった。そりゃ恋する乙女に理由はいらないよな。当然儂にも断る理由はない。昨日のことなどもう水に流せばいいじゃないか。
「よろこんで」
という具合に、二つ返事で了承した。
理性が何か言いたげにしているような気もするが、いったん黙っておいてほしい。
たどり着いたのは小高い丘だった。
空は青く澄んでいて、真っ白の雲が流れていく様を見るのは実に気分がいい。眼下には林が広がっており、太陽の光を反射する緑が美しい。
「疲れすぎ」
ただ、肝心の儂がそれらを心から楽しめる状況になかった。
「はぁ、はぁ......歩くの、速すぎんか」
シエルの歩く速度が異様に速く、自分より身長が小さい女性の後ろをずっと小走りで追いかけていた。傍から見れば奇妙な光景になっていたと思う。
「やっぱりもったいない、体はいいのに動きがダメ。どこか怪我してる?」
「怪我はない......が、思い当たる節はある」
元気で若い体に転生したとはいえ、老人のころの癖が抜けていないということだろう。関節の可動域や動かすスピード、力の入れ具合をすっかり忘れてしまっているのかもしれない。
「怪我がないなら大丈夫」
「大丈夫とは?」
「心置きなく特訓できる」
「特訓? デートは?!」
突然聞かされた特訓という単語に狼狽する。
初対面で吹っ飛ばしてくるような女だ、特訓なんてとんでもないスパルタであることは想像に難くない。
「方便」
「騙された?!」
「うるさい」
これ以上の会話は面倒だといわんばかりに、背中をげしっと蹴り飛ばされた。
「はあああああ?」
突然のことに体勢を崩した儂は、丘の急斜面を転がり落ちる。
「いででででで」
儂の体は減速をせずに、一通り落ち切ったところで存外やわらかい何かにぶつかって、完全に止まることができた。
「あいつやっぱり嫌いかも......」
転がり落ちた斜面が柔らかかったからよいものの、岩肌や木の根にぶつかっていれば大けがをしていてもおかしくない。その点怪我しない程度の柔らかさのものにぶつかって止まることができたのは幸いだった。
「というかなんじゃこれ」
儂がぶつかったものを見ると、表面は緑色でゴツゴツしている。柔らかさがあったが、岩のようにも見える不思議な物体だ。試しにぺちぺちと叩いてみるが、やはりどこか柔らかさを感じることができる。
「オイ」
「ん?」
よーく見ると、岩はゆっくりと上下していた。まるで呼吸をしているようで、それに加えて声らしきものも聞こえてきる。嫌な予感を感じ取った儂はおそるおそる反対側に回り込む。
「キノウブリダナ」
嫌な予感は見事的中し、その体の持ち主とバッチリ目が合ってしまった。
「人食いゴブリン!!!!!」
儂は絶叫した。
儂がぶつかったものの正体はゴブリンで、しかもあの時遭遇した巨躯を持つ親玉だったのだ!
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