【中置】いけないくるり
【中置】いけないくるり
「…今日はどうだった?くるり。」
「露歩き」がくるりにそう尋ねたのは皆が集まる夕餉の席での事だった。
夕餉といってもきちんと一食食事をとるのは「堯湖」と「ゆめ」、あとたまに「丸嬰」位で他の者は週に数回から一回程度、普通の人なら空腹に苦しむか次第に餓死してしまう位しか食事をとらない。
今日も食事をしているのは「堯湖」と「ゆめ」だけで他の者は皆湯をすする、そんな夕餉の席での「露歩き」の質問だった。
「……ん。
すごく怒られて嫌われた…。もう二度と来るなって…。」
くるりが少ししょんぼりしながら「露歩き」の質問に答える。
「うそ…何それ?」
「どうして…。」
「ゆめ」と「露歩き」が心配そうにくるりの方を見つめる。
「たぶん…いきなり接吻したから…。」
「ぶうッ!×2(「露歩き」、「さき」)」
がちゃべちゃんっ!
「あっと…あっっぢいァッ…!(「堯湖」)」
「ぶばッ!ごほ…げほっヴ…(「ゆめ」)」
「ほほう…。」
「はるですね、はるはる。」
「なっ…何してんのよ!くるりっ!
初対面の人に……そんなっ…あ、あり得ないっ!信じらんないっ!」
何とか喉のつかえを飲み下した「ゆめ」がくるりに向かって食ってかかった。
「うん…しちゃった後にちょっとまずかったかなって思った…。」
「ちょっと?ちょっとってあんた……
あ~~もうやだ!何か私が恥ずかしくなるじゃないっ!
「露歩き」ィ…何か言ってあげてよォ…。」
「ゆめ」が「露歩き」に向かって助け船を求める。
「え…わ…わたしがか…?」
普段あまり慌てない「露歩き」がかなり動揺を隠せないでいる。
くるりはそれを見て本当に凄い事しちゃったんだなとしみじみ思った。
「そうそうつゆあるきさん。あなた何かくるりさんに言わなくちゃ。」
「そうそう一応くるりのお父さんなんだからねぇ。ほらほらほらぁ~。」
「閼伽注」と「丸嬰」がにたにたと「露歩き」を急き立てる。
「露歩き」は何をどう諭したらいいものかと相当考え込んでいる。そんな「露歩き」を見てこんなに考え込んでいる「露歩き」を見るのは初めてだなとくるりはふと思った。
「…とにかく…相手は相当怒ったのだろう?
つまりそうしてほしくはなかった…それはわかるな?」
「…うん。」
「人は他者に触れられる事にひどく敏感だ。そして人は経験と自分の感覚から他者との距離を測る…。しかしくるりはこれを行う事がひどく苦手だ…そうだろう?」
「…うん。」
「だからくるりは相手が許すと言う時以外相手の体には触れるな…。」
「うわ…それもう極論ですね。」
「ひっどォーい、何この親父ィ…。自由恋愛禁止だってぇ~。最悪ぅ~~。」
「丸嬰」がここぞとばかりに声を張り上げぶーぶー文句を言う。
「……私に…くるりを相手にこれ以上の助言は無理だ…。」
「露歩き」は膝の上に置いた拳をきつく握りしめ唸るように呟いた。
「そういえば「堯湖」。あんたは何か言いたい事とかないの?」
「丸嬰」が思い出したように「堯湖」に話を振る。
「せっ…せっ…せっ…。」
「堯湖」はゆるく胡坐をかき右膝をこぼした湯で濡らし、両手を後ろについた状態で化け物でも見るような目つきでくるりをみつめ息も絶え絶えにただそれだけを繰り返しつぶやいている状態だった。
「駄目だこいつ…こいつには刺激が強すぎてへたれてるよ。だらしないなァ…たかが接吻くらいで。
おいっ!へたれ!へ・た・れっ!」
「……・・あっ………は、はい。何ですか?」
「堯湖」は「丸嬰」のへたれ呼ばわりに素直に応じた。…まだ意識が朦朧としているようだ。
「あんたからくるりに何か言ってやれる事はないのかい?今回の事についてさぁ…。」
「丸嬰」が「堯湖」を促す。すると「堯湖」ははっと思い出したようにくるりに向き直り怒ったようにくるりに質問を投げつけた。
「くるりっ! 君は燃えるようにその人の事を愛しいと感じたんですかっ!」
「……っひ!何その恥ずかしい台詞!
やだ、やめてよ「堯湖」。」
「ゆめ」が「堯湖」の発言に思いっきり引いた。
――――燃えるように…愛しい?
くるりは首を横に振った。
「それではくるりっ!
君は相手の君に対する狂おしいまでの熱情のようなものを確かに感じたんですかっ!」
「いやぁっ!だからほんと何その気持ち悪い台詞!
聞きたくない~!」
「ゆめ」が両手で耳を押えて体を振って拒絶した。
「…………出たぁ…メガネ論理。」
「………・・いたすぎですね。」
「丸嬰」と「閼伽注」が蛆虫を見るかのごとき眼で「堯湖」を遠巻きにひそひそと囁き合っている。
――――あたしに対する狂おしいまでの熱情?
苛立った瞳、はらはらと落ちる涙、肩の衝撃、大きな声…。
――――出てけっ…出てけよっ!
狂おしいまでの熱情………?
くるりは首を縦に振った。
「え………?」
「堯湖」以外の皆が同時に呟きくるりの方を見た。
「そうっ!そうでしょう?
感じられなかったでしょう?
だから怒ったんですよその人はっ…
つまりっ……せッ…接吻というものはですね…本当に好き合った二人が心を込めて―――」
「ちょっとうるさいからめがね黙ってください。」
「そうそう!黙れメガネ!」
「なっ…何を…今僕が大事な話をしてるんですよ!
それと何度も言いましけどねぇ…ぼォッ―――ぐふっ」
「堯湖」が前のめりになりそのまま頭を床に叩きつけておちた。
その後ろには手刀を構えた「さき」が座っていた。
「何何相手の気持ちはあった訳?」
「ゆめ」がくるりに詰め寄る。
くるりはまた頭を縦に振った、
「きゃ~~~。」
「ゆめ」が両手で顔を覆って叫んだ。
「じゃあ…何故……。」
珍しく「さき」が言葉を挟む。
「わかったっ!雰囲気も何も考えないでいきなりしたからだっ!
ねぇくるり、あんたさっき言ってたよねぇ…。いきなりしたから怒ったって…。
それって具体的にはどういう風にしたのさ?」
「おい…「丸嬰」。いくらなんでもその質問は―――」
「えと……押し倒して…した…。」
「押し倒しっ!」
「うわ、もうなつですねなつ!」
「くるり…お前…。」
「……淡泊そうな顔してまぁ…。」
くるりをとりまく一同が一様に色を変えて驚いた。あの「丸嬰」ですら予想外のくるりの大胆な行動に驚いている。
結局茶屋の皆には本当の所がうまく伝わらずくるりは「いけない子」とみなされ茶屋の皆よりこれからの「無き原」の人との清く正しい接し方について幾つか議論され、それを守る事をくるりは約束させられた。ちなみにそれは以下の様なものである。
くるりは相手が許すと言う時以外は相手の体に触れてはいけない。
結局「露歩き」の極論案が採用されたのだった。
【中置き 終】