【中置】湯殿へ走る「崩山」
【中置】は本編と少し離れたような感じのおまけ話です。
途中から全くなくなります。
――――【中置】湯殿へ走る「崩山」――――
一
――――あぁ、なんて事。遠くから眺めているだけで精一杯だと思っていた「露歩き」様とまさかいきなりこんな大胆な機会を持つ事が出来るなんて。
部屋を出た「崩山」は廊下を駆け巡っていた。
乱れた髪の下に必死の形相をのぞかせ、着物は内着しか着ていないというまるで火事場で焼け出された人のような出で立ちで…。
これを見た何人かの者は思わず「崩山」の来た道を振り返り、訳も分からずその後を追いかけた。
そしてその一団を見た者がまた後に続くという…何だか可笑しな芋づる競争が勃発していた。
――――くるりももっと早く教えてくれればいいのに…。
ほんとぼぉっとした子なんだから、やんなっちゃう…。
あ~~、きっと朝から開いてたんだろうなァ…。もう夕方でしょう?まだいるかなぁ…。
もしかしたら、もうどこぞの女と心通わせどこかの部屋で懇ろに…なんて事…。
「いやァ~~~ッ。しぬゥ~~~。」
「崩山」の心の雄叫びを聞いた何人かがまた芋づるの芋に加わった。
二
貪主様の湯殿「浮魂癒」は貪主様の寝殿の南に位置するそれだけで大きな建物だった。
宴休みの間以外常に建物から桃や瑠璃色の芳しい湯気を漂わせ、その匂いを少し嗅ぐだけで体の疲れが和らぐという。
「崩山」はその中へ駆け込んでいった。
「崩山」に続いていた芋達は何だ風呂かとそこを離れる者やそうか風呂かとそのままそこに吸い込まれていく者がいた。
「崩山」は脱衣所を駆け過ぎながら内着をその辺の籠に放り投げて素っ裸になりその勢いのまま湯殿へ駆け込んだ。
湯殿は外から見たよりもさらに広い空間になっていた。
様々な色の岩山が何処までも立ち並びその間を様々な草花と水が彩っている…いや、水からは湯気が出ているからおそらくあれが全て温泉なのだろう。
男女入り乱れた人々がその中に浸かったり泳いだり、よく見ると水辺脇に点在する小さな東屋で素っ裸のまま酒を酌み交わしたり踊ったりしている。まさにその様は極楽だった。
「崩山」はそんな極楽に目もくれず素っ裸のままその中をひたすら突っ走る。
「おっ…「崩山」!いひひ、思った通り…顔だけじゃなく体つきも随分色っぽいねぇ…。
なぁ俺と…。」
「おどきッ!」
「崩山」の右裏拳が下男のこめかみに決まり、下男はそのまま東屋まで吹っ飛んだ。
「ひょほうっ…良いっ良いねぇっ!たわわに揺れるその胸っ…まさに極楽ッ。
のう…老い先短い(?)儂にひとつ―――」
「引導ならくれてやるよッ!」
「崩山」の(幻の)左裏拳が厩番の老人の顔面に決まり、老人はそのまま湯殿の岩山の茂みに吹っ飛んだ。
――――いない、いないわ。どこにいるの?「露歩き」様ァ…。
「崩山」は桃と瑠璃色の湯気の中をひたすら突っ走る…。
けれどそんな視界の悪く足場の濡れた所を探し物(?)をしながら走っていると、ほらやっぱりお決まりの……。
「わッ…ぎゃぁァッ…ブぅぷ!」
「崩山」はとても色っぽい女のあげる悲鳴には似つかわしくない奇声を発し、湯から上がりかけていた人に躓いてそのまま湯の中に頭から落っこちた。
「いった…ちょっとお前こんなとこで走るなんて…って大丈夫か?」
真っ赤な湯の中には「崩山」がトカゲの串焼きのような形をしてうつぶせにぷかぷかと浮いていた。
落っこちた時に運悪く湯の底に脳天を叩きつけたのだ…。
その後、「崩山」は百年程「露歩き」のお背中を流したりする幸せな夢を見ていたという…。
【中置き:終わり】