第二章 第一節 一~二
変な所でぶちぎれてすみませんです。
えっとですねぇ…ここの後に【中置き】置かないとちょっと訳わからんという……構成めちゃくちゃですいませんです。
銃.
第二章
第一節
一
――――本当は…すごく怖かった…。
出てけっ…出てけよッ!
――――本当は…ちょっと行きたくなかった…。
二度と来るなっ!
――――でも…それ以上に逢いたかったから…。
はらはらと落ちる涙…そして暖かい息…。
――――あの人に………。
「……来るなと言った。」
その人は舞台の中央に立っていた。背後で数珠簾がしゃらしゃらと揺れている。
手には文書きのような半紙が握られていた。
「…この前はごめんなさい。」
くるりはぺこりと頭を下げて謝った。そんなくるりをその青年はやや鋭い瞳で見つめている。くるりはそんな青年の視線を体全体で針を刺されるように感じていた。
くるりはそっと顔を上げた。青年は変わらずくるりを見つめて舞台の中央に立っている。
くるりは青年に向かって歩き出そうとした―――
「来るなッ!それ以上こっちに……俺のそばに寄るなッ!」
青年は怒りを露わにしてくるりに向かって怒鳴りつけた。くるりは一歩進めた足をびくりと止めてその場で固まった。
長い沈黙…通り抜けていく風…数珠簾の音……。
二人は微動だにせず見つめあっていた。
まるで…命のやりとりをする真剣勝負の最中のように…。
「この前は…ごめんなさい。」
くるりはもう一度青年に向かって謝った。
「…もう、しないから…。あなたに…あなたが良いって言わない限り絶対あなたに触らないから…。
だから…この前は…ごめんなさい。」
「………。」
「…傷つけるつもりはなかったの…。ただ…あなたが何なのかわからなくて…知りたくて…それで……。」
「……。」
「あなたは「生人」?」
「……どちらかというとそちら側だ。」
「どちらかというと…?」
「それよりお前だ…。」
「……え?」
「お前…「生人」でも「死人」でもないな?」
「うん……でもどうして?」
「「生人」も「死人」もここで存在する事は無理だから…。」
「……?」
「ここは「死人」の墓場。呼ばれた「死人」は必ず死ぬ…。
そして迷い込んだ「生人」は墓場の亡者の嘆きと嫉妬に捕らわれて奈落の底に引きずり込まれる……ちょうどこの前のお前のようにな…。」
「…でもあたしは…。」
「その腰の瓶だ。」
「……え?」
青年がくるりの腰を指さしながら少しずつくるりの方へと近づいてきた。
「その中のものには「力」がある。
そして舞台には奴等の目が集まる…。そんな舞台の上でそんなもの出したからこの前は亡者の嫉妬を買って引きずり込まれかけたんだ。」
「…何で力があると嫉妬を買うの?」
「変われる力があるからだ…。」
「………」
――――……よく、わからない…。
気付くと青年はくるりが思いきり前へ手を伸ばしたよりも少し先の所にまで迫っていた。
そしてその位置で青年はくるりを見つめたまま静止した。
「……触るなよ。」
「……うん。」
くるりもそのまま青年を見つめ返した。
「…何をしにここに来たんだ。」
「…………あなたに会いに。」
「俺に会って何をしたいんだ?」
「…わからない。でも行って好きなようにしなさいって言われて…。」
「…誰に?」
「「丸嬰」に…。」
「そんな奴知らない…。」
「………。」
「………。」
しばしの真剣勝負…。
「……とりあえずこっちに来て座れ…。」
一つ溜息を付いた青年が巻物の散らばる書机の方へと向きを変えて歩き始めた。背中で一つに束ねた長い黒髪がひらりと揺れる。よく見ると頭の下半分は毛髪の無い奇妙な髪形だった。
「……いいの?」
「……触らなければ。触るなよ?」
青年はくるりをじろりと睨む。くるりはまたこくりと頷いた。
「少し興味がある……。」
「……何に?」
「人と話す事に……。」
「……?」
「ここに来て初めて人と話した…。」
「そうなの?」
「……そうだ。」
そう言って青年は中央の書机の近くの床に腰を下ろした。
くるりにも床に座るよう促す。
「それで?お前は誰だ…?」
「誰?」
「お前の名だ…何と言う?」
「あたし?……あたしはくるり。」
「くるり?変な名だな…。」
「そう…?」
「どう書く?」
「ん…えと…一応「けもの」の「王」と書いてくるりって言うんだけど…。」
「「獣」に「王」?随分と勇ましい名だな…。」
そう言いながらその青年は書机にちらばる半紙を一枚取り同じく散らばる筆を一本取ってくるりの名を書いた。
「あ…違う。簡単な方の「けもの」。一文字でくるり。」
「一文字で簡単な獣って……。」
―――――狂―――――
青年はくるりの言うとおりに半紙にその一文字を書いた。
「そう…それ。」
「それって……。」
「……?」
「これがお前の名なのか?」
「そうだけど……変かな?」
「変だろう、これは…。何か意味があっての事か?」
「えっと……確かあたしの性格がおかしいからこれにしたって言ってたよ…。」
「それが意味……。何なんだお前の親は…こんな名前付けるなんて…。」
「…?付けてくれたのはぬし様。本当の親じゃないよ。」
「ぬし様?」
「そう…「西の指」の「極楽貪主」って呼ばれてる人。」
「ごくらくどんす?」
「うん……筆、借りていい?」
「あぁ……。」
その青年は書机にちらばる別の半紙と筆をくるりの前に置いた。
くるりはそれを取るとぬし様の名前を書いていった。
―――――極楽貪主――――
「それも……酷い名だな…。」
「そうなの…?でも、この世界にはすごく悪い名前を付ける地方とすごく良い名前を付ける地方があるんだって。どっちも悪い事に負けないようにって意味でつけるらしいんだけど…。」
「……つまりお前の住んでいる所は悪い地方という事か?」
「……ううん、両方いるよ。今のは一緒の部屋に住んでる「崩山」に聞いた話。
崩れる山って書いて「崩山」っていうの。「崩山」の名前はそう言う意味なんだって。
でもあたしやぬし様は本当にそうだからそういう名前なんだと思うけど……。」
くるりはもらった半紙に「崩山」の名前を書きながら言った。
「……つまりお前は…性格がおかしいのか?」
「……よく…わからない。」
くるりは半紙から顔を上げて青年の顔を見ながら答えた。
「よく、わからないのか…?自分がおかしいのかおかしくないのかがか?」
青年は呆れたような顔をしてくるりを見つめた。その顔にはもう苛立ちの色はなかった。
くるりは少しほっとした。
「うん…だってあたしが皆と違うのは本当の事だから…。
でもそれはあたしだけじゃなくて皆も違う。同じ人なんてどこにもいない…。
…だけどあたしだけ違うとかおかしいとか言われるのは……どうしてなのかあたしにはよくわからないから…やっぱりあたしにはよくわからない。」
青年は一瞬目を見開いて驚いた顔をした。そして俯き己のお腹の辺りを両の手で抱え黙り込んでしまった。
「………?」
くるりはそんな青年を見つめた。青年は随分長く腹を抱えて黙り込んだ。
「……お前…おかしいよ。」
「……そう……。」
「あぁ…でも悪い意味でじゃない…そうだな…おかしいっていうか―――」
そこで青年はくるりに顔を向けた。
その表情は何ともいいがたい不思議なものだった。喜怒哀楽のどれにも当てはめる事の出来ない、しいて言うなら不可解な出来事に直面した時の戸惑いの表情。
「面白いよ…お前。」
その表情にはとても似つかわしくないその言葉を呟くと青年はくるりをじっと見つめ返した。
くるりは訳がわからずただただ見つめる青年を見つめ返した。
――――何が…?
やっぱりよくわからない……でも―――
くるりはその青年の不可解な表情を見つめる。その中に在る黒い双眸……。
――――優しい…瞳。
体の内で何かがうずく……それが何なのかはやはりくるりにはよくわからない…でも気持ちの悪いものではない…。
自然とくるりは微笑んでいた。
二
「ふうん……今日は機嫌が良かったんだ…。良かったじゃあん、くるりぃ。」
「丸嬰」がまたまた何処かで調達してきた酒を、童女の成りして飲みながらくるりに言った。相当いい感じにほろ酔いらしい…。
くるりの肩を掴んでゆらゆらと揺れながら酒壺をあおっている。
それはいつもの皆が集まる夕餉の席での事だった。
「それで…?
その人は何て名前だったの?」
「丸嬰」とは反対側のくるりの脇を固める「ゆめ」が身を乗り出してくるりに尋ねる。
「「ゆめ」……お椀に気をつけさない。汁をこぼさないように…。
あと口の中に食べ物を入れて話をするのはよくない。」
すかさず「露歩き」が注意する。
「ゆめ」はちょっとばつの悪そうな顔をして、きちんと座りなおしてお椀の中身をすすった。
「………「かばね」…。」
「え……?」
くるりの呟きにそこにいた皆が反応した。
「「無き原」にいる人の名前……「かばね」っていうんだって…。」
「「かばね」?」
「「かばね」…ですか?」
「「かばね」…。」
「「かばね」って…。」
「「かばね」ねぇ…。」
「「かばね」。」
皆一様にその名前を呟いた。
「くるり……まさかその「かばね」っていう字。
「しかばね」の一字で「屍」って事はないですよね…?」
一息置いておずおずと「堯湖」がくるりに尋ねる。
「うん……その一字で「屍」。
存在が屍みたいに空しいものだから「屍」なんだって…。」
「―――ッ!」
そこにいる全員が息を呑み、くるりを見つめた。
「ひどい……ひどすぎる…。何なのその人、くるりの事言えないじゃない。
散々言っといて自分の名前はそれ?」
「え~でもお似合いなんじゃなぁい?
心と体でさ?いい感じに名前揃ってるじゃん。」
「あー確かにまるえいさんの言うとおりですね!
うまい具合についが出来てる。」
「丸嬰」と「閼伽注」の二人だけが何故かご機嫌に納得して頷き合っている。
「「屍」…か。確かにくるりと対になる…。」
「露歩き」がぼそりと呟く。
そんな「露歩き」を「さき」がひやりとした目つきで見つめた。
「それで?
その「屍」って人何者なの?あんな所で何してるのよ?」
「ゆめ」がくるりに質問した。
「ん……それはまだ聞いてないけど、なんだかね巻物に―――」
――――たとえ生まれ変わろうとも……。
「っ………。」
――――それは……あまりに強い人の思い……。
「………。」
「くるり?何どうしたの?いきなり固まっちゃって…。巻物がどうしたの?」
「言えない。」
「えっ…?」
「皆にあの人の事……言えない。」
――――そう……だってあれは本当の言葉………本当の心。
あたしが見ちゃいけなかったもの…。
だから…話すのなんてもっと駄目…。
皆はいきなりはっきりと拒絶の態度を示したくるりに何事かとしばし呆然としたが、その空気は高らかに笑ってくるりに絡み出した「丸嬰」によってすぐに壊された。
「なぁになに何よォ~?ん~~?
ついにくるりも家族に言えない秘め事を持つお年頃になっちゃったって訳ェ~?
寂しいわァ~こうやって親の気持ちも知らずに勝手に巣立ってちゃうんだからさぁ~。」
その発言とはあまりに不釣り合いな、まるで母親に駄々をこねる幼児の様な仕草で「丸嬰」はくるりにまとわりついた。
「ごめん…「丸嬰」。でも…言えない。」
酔いがまわり熱っぽくなった「丸嬰」とは対照的にくるりは冷めた声できっぱりと言った。
「………ついにくるりに羞恥心が芽生えた…。」
「……そのようだな……。」
そんなくるりを見て「さき」がかなり失礼な暴言を本人目の前にしてさらりと吐き、「露歩き」がその暴言にさらりと賛同を示す。
「ちぇ~~つまんないのォ…。
今日はくるりのあられもない艶話を肴に酒を楽しもうと思って折角かっぱらってきたのにさァ…。」
「丸嬰」はそう言いながら酒壺をあおった。
「……なッ君…まさかそれを窃盗してきたんじゃないですよね?」
「窃盗なんて人聞きの悪いィ……。とある建物の蔵の中に置いてあったのを持ってきただけじゃないかぁ。」
「それを窃盗っていうんですよ!何してるんですかっ!
そんなさも当たり前のようにッ……。」
「あ~もううっさいねぇ…そんなかっかするんじゃないよォ。ほんとメガネなんだから…。」
「丸嬰」は抗議する「堯湖」を尻目にしてまたもや壺を傾けてくびりとやった。
そんな「丸嬰」に「堯湖」が詰め寄りその壺に手をかける。
「何すんのさっ!」
「もうこれは没収ですっ!没収っ!
全く…僕の育った所では君位の子供はまだ飲酒が禁止―――」
「じゃあ、お前が飲め!」
「えっ……。」
「丸嬰」はそう言うや否や酒壺の飲み口を「堯湖」の小言を言うその口につっこみそのまま押し倒した。
「っ―――!ッ!ッ!」
「そぉれイッキ、イッキ!」
「はいはいはい、いっきいっき!」
「丸嬰」がけらけら笑いながら掛け声を掛け、それに「閼伽注」も乗って手を叩いて囃し立てた。
「堯湖」は突然の事に驚きながらも必死で抗おうとしたが、いつの間にやらその左手は「丸嬰」の膝で己の胴の間にがっちりと挟まれ、酒壺に伸ばしていたその右手も「丸嬰」の空いている方の手でがっちりと床に叩きつけられていた。
どう見ても体格的には「堯湖」の方が勝っているにも関わらず「堯湖」はただ酒を飲み下す為に喉を鳴らす事しか己の自由に出来る動作を持てないでいた。
「堯湖」の顔色がみるみる赤くなり、かと思いきやなぜか急激に水色に染まっていく…。
「えっ…ちょっとまずくない?」
「「丸嬰」!もういいだろう。」
それを見た「露歩き」が席を立ち「堯湖」に馬乗りになっていた「丸嬰」を「堯湖」の体から引き離した。
「ふふん、こいつも飲んだからこいつも同罪だね。」
「そのとおりそのとおりです。」
「丸嬰」と「閼伽注」が満足そうににんまりとほほ笑む。
「露歩き」はそんな「丸嬰」を掴んでいた手を離すと「堯湖」に近寄りその様子をうかがい始めた。
「大丈夫なの「露歩き」。「堯湖」ってお酒飲めたっけ…?」
「わからない…。共に飲んだ事もないし、飲んでいる所も見た事がない…。」
「それって……。」
「まるえいさんそれって何処のおさけ?」
「ん~~銘柄なかったからねぇ…。
でもこの独特の舌触りはたぶん「逝き地獄」かな。」
「逝き…地獄なのか…?」
「露歩き」はとっさに「丸嬰」の方を見た。
「どうしたの?「露歩き」。すごいの?そのお酒…。」
「ゆめ」も立ち上がりそっと「露歩き」の傍に近づいていく。
くるりも立ち上がり「堯湖」の傍に行きその顔を覗き込んだ。その顔はすでに水色から限りなく白色に変わっている。わずかに口を開け弛緩したその顔は息をしているのかどうかさえ、少し怪しい…。
「さき」は一人顔色を変えず、何事も起きていないかのように囲炉裏の火を眺めながら湯呑の湯をすすっていた。
「「逝き地獄」は冥獄三大禍酒に数えられる銘柄の一つで……確か一滴で鬼すら昏倒させるといわれていたはず……。」
「そうそう普通のひとはぜったい飲めません。おさけ好きなひとでも飲みません。
これをつぼでぐびぐびいけるのなんてまるえいさん位ですよほんと。」
「まぁねぇ~。それ程でもあるからねぇ~。」
「丸嬰」が無駄に照れた。
「ちょっと…照れてる場合じゃないでしょ?「丸嬰」。
そんなの「堯湖」飲んじゃったんじゃあ……。」
そこまで言うと「ゆめ」は「堯湖」の方に目を向けた。
しかし見るとそこには普通の顔色をした「堯湖」が起き上がってぼんやりと座っていた。
その顔色は先程までの七変化が嘘のように普段通りの人並みの色を灯している。
とても死ぬ程強い酒を飲んだ顔色には見えない。
「え………あれ……?」
「大丈夫?「堯湖」…。」
その顔色の急激な回復をずっと見守っていたくるりが「堯湖」にそっと尋ねた。
その声に反応して「堯湖」がゆっくりとくるりの方へ顔を向ける。
くるりと目が合うと「堯湖」はにっこりと微笑んだ。
「屍」のそれと違い、「堯湖」のその双眸はくるりの心にひやりとしたものを予感させた。