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四十三日目 大病院での攻防

 大病院の入り口。雪崩込む雑兵を相手に、えんじ色の軍服に身を包んだ天魔はたった一人で戦線を抑え込む。

 地を這う紅蓮の蛇が後続を分断し、止まった瞬間、背後から氷の獅子が踏み潰した地面を凍らせて、転倒を引き起こし、仲間によって押しつぶされる。空からの進軍には風の鳥が巻き起こした暴風が気流を乱す。その地獄を抜けた先には土で作られた大きな亀が体当たりで兵士を押し返す。


「"四象降臨"、久々に使ったが本当に洒落てるだけだな…」


 たった一人で複数体の下僕を使役しながら、彼はつまらなそうに呟く。


「わざわざ幻獣をモチーフにする必要性がないだろう。ただの力を具現化させる方がコスパも良いだろうに、どうして"学会"の魔術師共はこう浪漫を求めるんだろうか」


 本末転倒なことを呟き、彼は徐々に戦線が押し上げられていくのに気付き、興味深そうに前線を確認しに千里眼を起動する。すると、以外なものの姿が見えて、天魔はほぅ、と息を漏らした。




「―軍部の人間がこんな所で何をしている」


 周囲の兵士を全て魔法で拘束し、最前線を進む、えんじ色の軍服を着た同志たちに声を掛ける。


「…………所属は」


「総司令のご子息の所だ」


 隊長格と思われる、後方に居た、より豪華な軍服を纏った兵士にわざとらしく名乗りをあげると、分かりやすいほど動揺が広がる。


「ご子息の所の兵士が、何故ここに?」


「"医療"側からの応援連絡だ。ここには患者も多く、有事の要でもある。ここの設備が壊されたら、損害も多いだろう?」


 至極真っ当な返事を返すと、隊長は聞いてくる。


「その医療の結果に、どれだけの犠牲が払われていたと知っているのか?」


「さぁ、私は知らない技術だからな。まさか、今いる"スキル持ち(どれい)"を助けるために、こんな真似をしたと?」


「そうだと言ったらどうするという?」


 奴隷、の単語に隊長の顔にほんの少しの反応が見えたのを彼は見逃さず、悪役のように、わざとらしく笑いながら話す。


「少なくとも、今、私の目には手段と方法を選ばずにその"独り善がりな解放"を望んでいると見た。

 お前らが、この病院の人間にも危害を加えるつもりなら、私は止める役目がある」


「何も知らぬくせに、独り善がりな偽善を掲げているのはどちらだ!」


「あぁ、私は何も知らされてないよ。ここで"何が起きていよう"と、その廃棄物を喰らって肥大化した怪物が居たことも私は知らないさ。

 ただ、今のお前たちのやり方は間違っているから、止めるだけだ」


「…もう、言葉は不要だな」


 失望した風に彼は良い、周囲の兵士たちに明確な敵意が宿る。そして、悍ましいほどのプレッシャーを感じ、彼は皮肉っぽく笑う。


「成る程。それが、お前らが解放したがる者たちから"剥いだ"力か」


「―!!! ほざけ!」


 天魔の言葉に逆上した隊長が突撃の合図を送ったと同時に、天魔は後退して巨大な土の壁を作り上げて進軍を阻む。


「突撃!!!!」


 怒号のような命令に、兵士たちが一斉にそれぞれの武器を構え、壁に向けて放つ。地中の金属を混ぜた壁は簡単には崩れることはなかったが、次第にひび割れていき、数分も持たずに崩れ落ちる。

 しかし、その先に天魔はおらず、静かな風景が続いている。


「…っ、逃げたか?」


 隊長が撤退したとつぶやいた瞬間、背後から拘束され、体が宙に浮く。


「―放せ!」


「放してもいいが、このまま落ちたらまずくないか?」


 後ろから隊長を羽交い締めにして拘束した天魔は、足場を伝って軽々と十数メートルの高さまで登り詰める。このまま落花すれば無事では済まない、と伝えた上で、彼と話をする。


「少し落ち着け。私はお前たちのやることを全面的に否定したわけじゃない。ただ、どんな目的があっても傷病者やそれを治すために尽力する人たちを傷つけてまで、目的を達成しようとするな、と言いたいんだ」


「…それの、何が悪い! どれだけキレイな面をしていようと、血に汚れた技術を使い続けている連中に、慈悲が必要か!?」


「その言葉、そのままそっくり返してもいいか? お前らの使ってる力も、スキル持ちから剥いだ皮が原料だろう?」


「ぐ……」


 天魔の真っ当な正論に、彼は黙り込み、自分の中の矛盾にようやく気づいたらしい。


「いい子だ。力による現状改革、それは悪いことじゃないが、このやり方は、結局今の旧支配者たちと何も変わらない。

 結局、弱者を作り出す強者が変わるだけ。そこまでして、お前らが強者に成り代わりたいならこの手を離すだけで良いんだが、恐らくお前はそうじゃない。そして、今、お前がやろうとしている奴らと同じ罪を被っていることを理解したはずだ」


「…………」


 彼の言葉を聞いて、隊長の抵抗が薄くなったのを確認して、彼は再び聞いた。


「それでも、お前はここに攻め込むか?」


「……それでも、必要な痛みならば」


「成る程、そう考えたか」


 きちんと考えての結果がこれであれば、天魔も説得は諦め―彼を地上に戻す。


「思考回路が違う相手を説得するのは面倒だ。―ここを抜けたければ、私を超えてみろ」


 正面堂々、お互いの信念を賭けた戦いが始まる。




 ―結果は言うまでもない。

 無残なまでに破壊された戦場で、死者こそ居ないが、数多の怪我人を出した戦場に、天魔は一人立っていた。


「さて、少なくとも死人や重傷者は居なそうだな」


 身体の欠損や、取り返しのつかない傷を誰にも与えていないことを確認し、クルドとの通信を始める。


「クルド、病院の前線は落ち着いたぞ」


 繋がったと同時に報告をすると、疲れた彼の声が聞こえる。


『マクス、お前が陽動している間に、院内にヤバいのが入り込んでる。今、"剣聖"と"伽藍僧"、それに"鏡華"の三人で何とか抑え込んでいるところだ。すぐに向かってくれ』


「了解。死者は居ないはずだが、私の制圧した連中の救護も頼む」


『分かった、手配する。そちらも頼んだぞ』


「助かる」


 手短にお互いの用件を伝え、二人は通信を切って互いの仕事を果たすために動き出す。



 クルドが細工してくれたのか、鉄仮面越しに表示された案内を辿り、地下への向かうシェルターの先、暖かい日差しの降り注ぐ、大きな広間に四人が戦っていた。

 剣聖が最前線でえんじ色のコートを纏った人影に斬りかかるも、流れるようにかわされる。その周囲に散らばった鏡の破片が人影を映し、斬撃を増幅させるも、空間に干渉した壁に阻まれてそれは届かない。

 その空間の支配を逆に利用して、相手の動きを固定させ、ごく僅かに干渉できる針穴を通すように錫杖の毒針を突き刺そうとしたが、座標を操作して逃げられる。

 三人がかりで、互いの能力を活かした連携をしているにも関わらず、攻撃は当たらない。恐らく、このまま見ていても勝負は目に見えている。だからこそ―天魔は、蒼い鎧の姿となって、戦場へと駆けていた。


 不意討ちのような参戦に、三人の動きに迷いが見える。しかし天魔は彼らを無視して、一直線に人影に向けて拳を叩きつけた。

 空間軸をずらされ、その攻撃は届かない―訳はなく、"エネルギーを維持したまま"、空間支配へと干渉し、そのエネルギーを解き放つ。

 保存されたエネルギーは衝撃波となって人影に直撃し、轟音と共に数メートル、軽々と吹き飛ばす。


「……敵、ではなさそうだな」


 所属の分からない相手に臨戦態勢をそれぞれが取っていたが、明確に彼らの敵を狙ったのを見て、考えを改める。


「今はな。お前ら、邪魔だから本来の目的に戻れ」


 彼ははっきりとそう告げるも、上からの物言いに対して反抗心を燃やしてくる。


「君が何者か知らないけどさ、勝手に足手まとい扱いはイラつくんだけど?」


「……」


 明らかに敵対心を剥き出してくる鏡華、"言霊"のため、息を吸った伽藍僧を剣聖が止める。


「いや、彼の言う通りだ。拙者たちは、目的を果たすべきだ。

 そうだろう、天魔?」


「なんだ、知ってたのか」


 彼の正体―全員に勝利している男と聞いて、彼らも分かりやすく態度を改めた。完膚なきまで真正面からスキルを対策されて叩き潰されているだけある。


「…君なら良いよ。譲ってあげる」


「……、」


 二人は戦闘態勢を解除して、先に進んでいる剣聖と共に部屋の奥に向かっていく。

 そのやり取りを見ていた人影は面白そうに笑った。


「…なんだ、止めないのか?」


「そんな殺気放っておいて止めさせてくれるの?」


「よくご存じで」


 敵が一瞬でも動けば、こちらもすぐ動けるようにしていたのを察知されており、二人は大人しく邪魔な観客が消えるのを待っていた。


「さて、邪魔が消えたところで名乗ろうか。

 私は"天魔(エヴィル)"。まぁ、他所では違う名前があるし、そちらのほうが気に入っているんだが、ここではその名前のほうが分かりやすいだろう」


 簡単に名乗りを上げると、人影―彼女はフードを外し、綺麗な金髪のショートヘアを揺らす。

 白い肌にそれなりに整った顔立ち。青い瞳が天魔の姿を捉えながら、薄い唇が開く。


「私は"神成(オメテオトル)"って呼ばれてる。君も話には聞いてるかな? よろしくね」


「軍部の最終兵器が、何でこんなところにいる?」


 聞き覚えのある名前を聞き、率直な疑問をぶつけると、彼女はいたずらっぽく笑う。


「さぁ、何ででしょう?」


「軍部と医療は連携していると思っていたんだが、何故今になって反故にする」


「答えさせたいなら、やることは一つじゃない?」


 天魔の解いに答える様子のない彼女に向けて、彼は深い溜息をついた。


「吐かせろ、ということか。まぁ、そう言うのは好きではないが嫌いでもない」


 天魔がやる気になったのを感じ取り、彼女は楽しそうに笑った。


「やっぱり―君なら、本気で遊んで良いんだね」


 空気が震えるほどの魔力を感じ、畏怖するどころか彼女は歓喜していた。

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