四十三日目 決着
会場を抉りながら、巨大な怪物は虫のように小さい天魔を追うが、なかなか捕まらない。体格差はあるものの、お互いに使える能力そのものの出力に、大きな差がないことが原因だ。
天魔は一旦最低限の防御に留め、ただ悪夢の動きを観察していたが、急に弾けるように悪夢に向かっていき、腕を爪のように変形させ、空間もろとも斬り裂いた。
物理的な防御の存在しない攻撃に、悪夢の外皮も耐えきれず、肩口から胸のあたりまで容易に引き裂かれる。
突然の攻撃に悪夢も不意を突かれ、裂かれた体と共に体勢を崩したところで、その切り口に白熱した天魔は飛び移り、しぶとく繋がろうとしている腕側の肉塊を蹴り落とし、今度は二つに切り分けようと爪を振りかぶる。悪夢の体に飛び乗った所で、今だと言わんばかりに手足が伸びて彼と融合しようとするが、白熱する体に触れることは叶わず、炭化して崩れ落ちていく。
余計な真似をする部位には目もくれず、再度引き裂こうと爪を振り下ろした所で、"空間支配"による影響で爪を止められる。しかし、似たスキルで相殺しようと、練度で言えば天魔のほうが上。両断するまではいかずとも、大きな亀裂をその巨体に刻み込む。
そして、亀裂の隙間から漏れ出した血を見逃す訳がなかった。
「……」
天魔の予想通り、この肉塊の中に、血の通った本体がいると判断したところで追撃しようとする巨体から離れ、お土産に残しておいた爆弾を起動し、周囲一帯を焦土と化す。
焼け焦げた肉片が土砂降りのように降り注ぐ。それでも、本体の物量を考えれば大した量ではない。事実、悪夢の体は心なしか小さくなった程度で、サイズに影響はないようだ。
爆風の影響で、少し煤けた鎧を直しつつ、天魔は一つ、息を吐いて敵の動きを観察する。時間を加速させ、天魔の時間を遅延しながら、巨腕が振り下ろされるが、敵のスキルに拮抗し、解除してから大きく飛んで避ける。地面を抉ったのと同時に周囲に飛び散った土塊を操作して、土による拘束を施すが、一瞬動きを止める程度に留まり、容易く打ち砕いて動き出す。しかし、その一瞬の気の緩みが、天魔の狙っていたもの。
光速を超えた時間軸への干渉、更に空間へと干渉し、悪夢の体を横薙ぎに両断する。
その傷口が繋がるよりも早く、切り離した上半身を会場の端まで蹴り飛ばし、時間操作を解除する。
生き物の肉体には過剰な負荷に、逆流した血液が口から漏れるが、天魔は気にした様子はない。
棒立ちしたままの残った下半身をそのまま逆側に蹴り飛ばし、誰も居ない地面に着地。口に溜まった血を吐き出して、再び合体しようとする上下半身に向けて、光弾を放ち、そこから放たれる数多の槍―アキュリスによって時間稼ぎをする。しかし、相手も悠長に付き合ってくれる訳がなく、空間転移して直接合体。先ほどの天魔と同じように、"空間諸共"切り裂こうとするが、彼は最初、本体が隠れていた時と同じように空間軸をずらして隠れ、難なくやり過ごす。
そして再び姿を現した所に向け、数多の触手が伸びていくが、座標を取り替えられ、千切れた触手たちは自身の本体にぶつかって勝手に吸収されていく。
「さて、そろそろ時間か」
無事に戦場に戻ってきた天魔はどうでも良さそうに呟いたその瞬間、空が赤く染まる。
「そうそう、何が珍しいのか言ってなかったな。世にも珍しき―昼間に見れる流れ星だ」
次の瞬間、ずっと準備していた二発目の隕石が衝突し、会場そのものを消し飛ばす。当然、逃げられないように空間軸は既に支配しており、天魔も同様にその衝撃を受け止める必要があるが―彼の防御も、悪夢の外皮と引けを取らないほど強固だ。
「―久々に直接受け止めたが、とんでもない威力だな」
さらに深いクレーターが出来た戦場の中、天魔は立ち込める煙を風で追い払う。所々にヒビ割れているものの、既に修復を始めている鎧に付いた埃を払いながら、彼はそんな悠長なことを呟く。間もなく、鎧は完全に修復し、彼はすぐに煙の向こうにいる悪夢の下へと向かっていく。
外皮はほぼ焼け落ち、辛うじて残っている肉片もほぼ全てが機能を停止していた。
しかし、本体はまだ生きている。随分とサイズダウンしたものの、まだ十数メートルほどのサイズは維持できていた。より人間らしくなった∆∂∆∑は、天魔の姿を見付け、怒りの咆哮をあげた。
絶叫が大地が震わせ、その圧に天魔も気圧される、なんてことはなく、無防備に突っ立っている隙にその首を刈り取りに、爪を構えて飛びかかっていた。
空間ごと切り裂く一撃は、人間大の物量が繰り出した動きとは思えないほどの範囲を斬り裂いた。
余計な肉塊が減った分、∆∂∆∑も機敏に動き、天魔の遥か上空まで飛び上がり、空中を蹴りながら襲いかかる。
天魔は開口部を開いて牙を剥き出して笑い、彼の一撃を同じサイズまで肥大化させた右腕で相殺させる。
一瞬、力の拮抗し二人の動きが止まったと思ったが、力比べに勝ったのは∆∂∆∑。天魔の腕は破壊され、腕を形作っていた魔力の破片が周囲に飛び散る。しかしその破片一つ一つが発光し、熱線を放ってまだ残っている肉を灼いていく。
流石に本体に近いだけあって、皮が焼け焦げるものの、焼き切るまでは至らず、すぐに修復される。
「硬いな」
既にその場から離れ、熱線に焼かれる様を観察していた天魔はそう呟き、気が付くと真っ黒に染まった表皮に気付く。
「…"天啓"からの"物質変化"、か」
謂わば、耐熱装甲と言ったところか。変質した表皮は、破片による熱線を受けてもびくともせず、鬱陶しそうに全て薙ぎ払った。
美しく散っていくマナの欠片を無視し、天魔は迫りくる肉塊へ対処する。振り下ろされる腕をかわし、その腕に足を乗せたと同時にそこから融合しようと侵食してくるが、触れたところから瞬時に凍結。耐熱ではあるが、熱伝導はそこまで大きくないようで、超高温のままの皮は急速に冷凍されることで構造が崩壊し、崩れ去っていく。多少物質を変化させた所で、有機物であれば確実に含んでいるであろう水分を利用した対処法。より本体に近い、体液を供給されているであろう姿であれば尚更だ。
妨害を乗り越えながら彼は肩まで登り詰めた所で、頭部が大きく開き、そのまま呑み込もうとしたのを確認して大きく跳躍一回転する。即座に閃光を放ち、こちらを見続ける視界を潰した後、向かい側に着地。
その音に反応したのを確認してから―自身の分身を作り出し、その影の中に逃げ込んだ。
∆∂∆∑が天魔の分身を見つけ、その姿を叩き潰したと同時に彼の大きな影を伝って姿を現し、針のように細いが鋭利な切っ先を持つ槍を、意識の外から放つ。
外皮の隙間を狙って放たれた一撃は予想通り、堅固な装甲の穴を突いて、体内に突き刺さった。そして狙うは本体だが―再度∆∂∆∑は絶叫をあげて影に隠れていた天魔を見つけ、数多の目が怒りの感情をぶつけてくる。
怒りのままに叩きつけられた腕を受け流し、その力を利用して巨体を背負って投げ飛ばす。派手な音と共に地面から引き剥がされ、綺麗に一回転して激突する。当然投げた後の引き手をすることはなく、その隙に爪を構える。そのまま倒れた体を縦に両断しようと構えるが、天魔の体が宙に投げ出される。
「……」
それは座標操作。天魔の位置をずらし、追撃を避けたものの、距離が変わっただけで天魔の攻撃は止まらない。重力を操りながら足場を創ることで、難なく着地。その場で空間諸共引き裂いた。
簡単に両断され、左右に分かれた半身はそのままでも動き出し―それどころか、二体に分裂した。
「なるほど。そういうのもあるのか」
逆さまになったまま、天魔は興味深そうに呟き、操作していた足場を崩して本来の重力に従って落ちていく。頭から地面に向かって落ちながら、彼は無言のまま片方の分身に向かっていき、振り抜かれた拳に乗って、そこから伸びた手足に対しても、魔力の鎧を犠牲にして、腕を伝って突き進む。頭に向かって駆けながら拳を固めるが、それを確認したと同時に蕾が開くように、頭部が開いて肉食植物のような開口部が待ち構える。
「まぁ、それも悪くないか」
天魔は迷いなく頭部に向かっていき、自ら呑み込まれに行く。彼の意図は知る由もなく、歓喜の声をあげながら、その頭部は天魔を呑み込んだ。
自ら"悪夢"の中に潜り込んだ天魔は、深淵と思うような闇の中、周囲の融合しようとする肉塊を無視して焼きながら潜っていく。
体内に潜っていくこと数分。目的の場所を見付け、天魔は牙を剥いた。
それは全ての根源。顔のない人型から無数の人間が生えている異様な姿。
融合されること無く、個体として"悪夢"の主と対面した天魔は告げた。
「残念だったな。私の勝ちだ」
先ほどとは比較にならないほど強い力で天魔を引き止める肉塊たちをモノともせず、彼は敵の本体に爪を突き立てる。
何をされるか理解している、周囲の本能たちは懸命に彼を止めるが、止められるわけがない。
「先ほども言ったな。
―御託はいい、死ね」
無慈悲な一言と共に、彼は本体の心臓を抉り出し、追い討ちにその首を毟り取った。それと同時に纏っていた鎧の魔力を暴走させ、大爆発を引き起こす。
「――――、」
数センチの厚みはある鎧が数ミリ程度まで薄くなっていたが、彼の鎧は顕在であり、瞬く間に修復される。
まだ鼓動を続ける心臓と、顔が溶けた首を両手にした天魔は崩れ落ちる肉塊たちに目もくれず、手に握る拳大の心臓を握り潰し、地面にその首を投げ捨て、そのまま踏み潰す。
それが本当のトドメとなったのか、巨大な肉塊は形を保てなくなり―天魔に襲いかかる。
「――!?」
核を潰したと言うのに、明らかに目的を持った動きに、流石に意表を突かれ、天魔はその肉の津波に呑み込まれた。
再び悪夢の中に戻された天魔は、その行動の意味を理解する。
(……成る程。私を、新たな核にでもするつもりか)
死して尚、融合しようとする肉塊の意図を理解して―天魔は目を閉じる。
(全く、久々の本気で少し疲れたというのに―)
それは諦観ではなく、疲労による仕草。天魔の鎧から融合しようとする悪夢は、抵抗を止めた天魔を取り込もうと、残っていた肉片全てで呑み込もうとするが―
「馬鹿の一つ覚えみたいで嫌なんだがな。お前みたいなのには、効果的だからこれが楽なんだ」
天魔はそう呟いたと同時に、世界が紅蓮に染まる。
―それは本日三度目となる隕石の衝突。
再生するための核を失い、残る肉片たちは粗方焼き払われ、そのクッションによって防御のための魔力も節約出来た。
―日に照らされ、黒に染まる大空洞の中、辛うじて生きている肉片たちを丹念にトドメを刺しながら、天魔は周囲を観察する。
「…これで、終わりだな」
"悪夢"はもう蘇ることもなく、天魔は安心して残る命を刈り取りに向かっていった。




