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四十三日目 廃棄場

 翌日。早朝の仕事を終えて、シナロアを執務室に送り届けに扉を開けたところ、思わぬ来客が既に居た。


「おや、防衛長官ではないか」


 マクスウェルは特に驚いた素振りもなく、いつも通り疲れた顔をした長官に声を掛けると、作り笑いで迎えてくれた。


「時間通りに来てくれたようで助かる。天魔、早速だが陛下に呼ばれて、お前だけを連れてくるように言われている」


「…私だけ、か? パラナ、どういうことだ?」


 マクスウェル個人の呼び出しについて、パラナに説明を求めると彼は仕方なしと言いたそうに答える。


「詳しいことは聞いてない。ただ、お前の力を借りたいとだけ聞いている」


「成る程。ここでは言えないことと言うことだな。―いいだろう、案内してくれ」


 すぐに応えようとするマクスウェルを、パラナが呼び止める。


「その前に、簡易的な限定解除の処置もするように言われてるんだ。クルド、ヴェルディ、頼む」


「御意。ヴェルディ、やるぞ」


「はい」


 パラナの指示に、二人はすぐにマクスウェルの周りで構え、すぐに術式の準備を始め、すぐに彼の呪いの解除を行った。


「これで自由に移動できるはずだ。マクス、頼んだぞ」


 テキパキと施術を済ませ、クルドが一言、彼に伝えると笑って片手を上げる。


「任せろ」


 ぱんっ、とクルドはその手を叩き、仕事に戻る。それを確認した防衛長官はパラナの方を向く。


「では、君の闘技者を借りていくよ。手筈通り事が済めば、陛下の使者がそちらに訪問するはずだ。その後は彼の指示に従ってくれ」


「えぇ、分かっております。…マクス、死ぬなよ」


「あぁ、いつも通り行ってくる」


 そうして、彼はあれよあれよの間に防衛長官に連れられ、部屋を出ていった。



 ―連れられてきたのは、王城。居心地の悪い豪勢な廊下を歩きながら、マクスウェルは口を開く。


「で、何で私を連れてきた」


「御前試合について、不都合が生じたらしい」


 防衛長官は隠さず、マクスウェルを連れ出した理由を話し出す。


「不都合? 何が起きた?」


「……それは、現地で聞いてくれ」


 詳細については答えられないようで、マクスウェルもある程度察して、他の気になった事について聞いた。


「それならそれで構わんが、どこに向かっている?」


「ここでは話せない」


「そうか」


 それ以上聞いても無駄と判断し、余計なことはせずに彼に着いていくことにした。


 歩いていると、どんどん地下へと向かっていき、煌やいていた通路は暗色へと変わっていく。


「――ここは、」


「廃棄場だ」


「廃棄場?」


 防衛長官の言葉を繰り返して聞いたところ、説明を始めた。


「ここは不要になったスキル持ちを廃棄する場所。主に抽出した後や、"装備"にして不要になった肉塊の廃棄場となる」


「…………」


 あまり聞いていて気分の良い話ではなく、つい黙り込んでしまう。


「気分は良くないだろうが、この国はそうやって命を浪費して存続してきていた。軍に所属する我々は、心に留めておくべき場所でもある」


「それは良いとして、どうしてここが御前試合に関係している?」


 マクスウェルの当然の問いについて、彼は足を止めた。


「ここからは、彼が案内する。―ここの管理人である、陛下直属の部下だ」


 彼が足を止めた先には、灰色のローブを纏った人影が待ち構えており、性別も特定できなそうなフードの下に着けた仮面越しのくぐもった声で挨拶する。


「君が天魔か。こんな所まで来てくれて助かるよ。

 ―あぁ、訳がわからないだろうね。説明については歩きながらしていきたいんだけど構わないかな?」


 見た目に反してフレンドリーな管理人がそう言うと、マクスウェルはため息混じりに頷き、その横に立つと彼は嬉しそうに歩き出した。


「早い判断助かるよ。じゃあ長官、あとは任せてくれ」


「あぁ、頼んだ」


 長官は敬礼をして二人を見送り、彼らは振り返ること無く先に進んでいく。

 ―僅かな灯りに照らされた道を、二人は歩いていく。


「急でびっくりしたろうが、こちらも君に頼らざる得なくてね。

 単刀直入に言うと、陛下のいう"∆∂∆∑"、我々の言う"処分所"の輸送に難儀しているんだ」


「…処分所? 国王は悪夢、と表現していたが」


 マクスウェルの疑問に、彼はケラケラ笑って答える。


「お偉方はそんな大層な名前をつけているのか! 確かに、あいつらから見たらあれは"悪夢"そのもの。しかし、しかしだよ。それを利用して意図的に肥大化させたのも、紛れもなくあの不出来な天上の者たちだ。

 まぁ、そんな話はさておき。君がこれから戦うように言われた処理層の正体は、その名の通りここに運び込まれた肉塊の処理をしていたモノだ。

 ここで不要になったスキル持ちの成れ果て、それを処分するための生き物。―その正体は、殺し損なった数多のスキル持ちの"融合体"だ」


「…!」


 彼の言葉にマクスウェルも耳を疑うが、事実は変わらない。


「そして一つ、君は疑問を覚えただろう。何で、殺し損なったとまで言われてる相手に"肉塊(エサ)を与え続けている"のかってね。

 それは殺し切れなくてここに封印するまでは出来たけど、腹を空かせたら封印が破れてしまわないか不安だったからさ。だから、暴れないように廃棄を建前としてエサを与え続けている」


 そこまで話して、彼は本題に入る。


「国王は君の力を試すために、封じ続けていた化け物を解き放とうとしたけど、想定内で想定外の事態が起きた。

 それは、処分所として利用していた化け物が、成長していたこと。それはそうだよね。融合を繰り返して作られた化け物に、搾りカスみたいなもんとは言え、それの元を与え続けていたんだから」


「成る程な」


 そこまで聞いて、ようやく彼が呼ばれた理由を理解して、ため息を吐くと、隣で歩く管理人も釣られてため息を吐く。


「やんなるよね。上の連中って自分勝手でさ」


「…まぁ、やれるだけやってやる。

 どこに叩き込めばいい?」


 仕方ないと言いたそうにマクスウェルが不測の事態―"∆∂∆∑が肥大化したため、想定していた輸送方法が使えない"と言うことを理解し、指示を仰ぐと、彼は顎に手を当てる。


「座標を言って、君は分かるの?」


「地図なり、分かるものがあれば助かる」


「成る程ね。じゃあ、現場に着いたら説明しようか。別に封印自体はまだ解ける様子はないから大丈夫だろうし」


 彼はそう話をまとめて、先に進む。マクスウェルもそれに従って着いていくことにした。



 ―王城地下、廃棄場。名前の割には腐肉の臭いなどはなく、その他に特に気になるような臭いはない。

 天井に付けてある照明に照らされた、八畳ほどの広さの殺風景な部屋であり、その奥、大きな蓋をされた穴がある。蓋に付いたガラスからはその奥を覗き込むことが出来るが、闇が広がっているだけで何も見えていない。他にはベッドや机のような最低限の家具が並んでおり、彼はここで暮らしているのだろうと想像することが出来た。

 彼は特に気にした様子もなく、本棚から地図を取り出してすぐに机に向かってそれを開く。手袋をしているが、細くて長い指で場所をなぞりながら話を始める。


「じゃ、さっさと話そうか。

 今いるのは王城。地図で言うところ、ここだね。で、移動して欲しいのはここの闘技場じゃなくて、かなり離れたところにある旧闘技場。

 領地としては、"司法"と"建築"の境あたり。国全体の地図も使ってやると、大体この辺かな。んで、転移先も地上じゃなくて地下。

 あれとまともにやり合うとなると、地上の方が良いのは分かるけどさ。万が一逃げ出したら本当にどうしようもなくなっちゃうからね。それに、地上だと他の被害がデカすぎてヨソの連中に勘付かれるかもしれないし」


「…ふむ、ふむ。

 地下はどれだけの深さだ?」


 地図を熱心に確認して、座標を特定しつつ、細かい座標を確認すると、彼は詳細の地図、ではなく見取り図を用意して見せてくれた。


「大体このくらいの深さ。旧闘技場だけど、領地を広げた関係で不都合があって捨てられただけのところだから、何処よりも広いから余裕はあるはず」


「分かった。一度、座標を確認してくる」


「お、おぉ?」


 大体の位置を把握したマクスウェルはそれだけ伝え、その場で転移し―十数秒後、何事もなかったように戻ってきた。しかし、その姿はヒトのものではなく、紅い軽鎧姿になっていた。


「場所は間違いないな。転移も行けるだろう」


 鎧を着ているように見えるが、どちらかと言うと甲殻に近いようで、開口部を動かしながら彼は話す。その報告を聞いて、管理人もそうか、と困惑気味に答えた。


「問題ないなら頼みたい。―ただ、本当に危険な相手だ。一瞬だけ封印を解いてあげるから、可能か判断して欲しいな」


 彼はそう言って部屋の奥にある蓋の前まで向かい、手招きする。それに着いていき、蓋の奥にいる怪物の顔を確認しようとしたが、その先には暗闇があるだけ。


「この封印は、空間を切り取ってこちらへの侵入を防ぐもの。少なくとも、今までこいつはこれを壊すような真似をしなかったから何とかなっていただけ、みたいなところはあるんだよね」


 そう不安そうに言って、一瞬その蓋を開いた途端、その先の空間に―悍ましい気配を感じた。


「…どう?」


「―成る程。確かに、普通なら手に負えん相手だな。

 今すぐ、国王に連絡を繋ぐことはできるか? 少し確認したいことがある」


「聞くだけ聞いてみるよ」


 管理人は再度封印の蓋をしっかり閉めてからそう言って、壁にかけてある電話を取る。


「―あぁ、ボクだ。今、天魔と確認してたんだけど、陛下に確認したいことがあるって連絡。

 …大丈夫そう? それは助かるよ」


 話を聞く限り、問題なく繋がったようで、彼が受話器をこちらに手渡してくる。


『こちらジャイロ。天魔、どうした?』


 既に国王に代わっており、マクスウェルは特に畏まった様子もなく用件を伝える。


「こちら天魔。急な連絡となって悪いな。

 お前が話していた御前試合の相手の件についてだが、転移は出来るが、大きな問題がある」


『…厳しいか?』


「そんな不安そうな声をするな。勝てない、という訳ではなく、お前が用意した闘技場を全壊させる可能性があるということだ。

 私からとして、今回の試合は会場には誰も連れてくるな、という要望だ。余計な死人が出る可能性がある」


 彼の要望を受け、国王も安堵のため息混じりに答えた。


『了解した。パラナにもそのように伝えておこう。ただ、我々の監視、というわけではないが、戦況については遠隔から確認させてもらう』


「そこは問題ない。頼んだ。

 これより、転移に入る」


『分かった。すぐにこちらも準備をする。では、要件はそれだけか?』


「そうだな。よろしく頼む」


 マクスウェルとして不安要素が取り除かれたことを確認し、受話器を置いてから管理人に話しかける。


「先ほど話していた通りだ。このまま、転移させて、処分に入る」


 マクスウェルの言葉を聞いて、彼は少しだけ不安げに聞いた。


「一応確認だけど、本気で勝てると思ってるの?」


「無論だ」


 マクスウェルは即答し、少し声を荒げて聞き直す。


「ボクの話、聞いてたよね? 幾度となくスキル持ちを融合させて作られた生き物だって。この国でさえ殺し損ねた、正真正銘の怪物を相手に、どうしてそこまで自信を持てるの?」


 彼の疑問も分からなくはないが、マクスウェルは特に悩む様子もなく答える。


「自信がある―というより、そういう手合いと殺し合うのは初めてではないからな」


「え…?」


 まさかの回答に思考が停止した隙に、マクスウェルは封印の蓋に向かう。


「さて、無駄話をしていると日が暮れてしまう。そろそろ行ってもいいか?」


「――、まぁ、ボクが聞くだけ無駄か。分かったよ。じゃあ、健闘を祈る」


 彼も諦めたように首を横に振り、封印を解く準備を始める。その最中マクスウェルに一つ、頼み事をした。


「こんな事を言うのもおかしいかもしれないけどさ。せめて、コレは楽にしてあげて。もう、二度と蘇れないように」


 彼の頼みに、マクスウェルは一瞬驚いたように見るが、フードと仮面に隠された顔は分からない。ただ、その言葉に隠された想いを受け取り、小さく笑った。


「……分かった、任せておけ」


「お願い」


 そうして、蓋が開き―深淵の底に天魔は自分から飛び込んでいったと思った次の瞬間―処分場から気配が消え―ただ、血の臭いだけがそこに残っていた。

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