四十二日目 せめて、ヒトらしく
その後、サクとトルーカ、それとシナロアも含めて鍛錬と料理教室を終えた夜、二人は屋敷に帰って汗を流していた。
彼女も最初は混浴で困惑していたが、何日もこの環境で過ごしていく内に随分と慣れた。
特に抵抗もなく広い湯船に浸かり、スキルによって傷一つ残らない腕を撫でながら大きな息を吐いた。
「はぁ〜、勝てないなぁ」
「勝たせるつもりがないからな。諦めろ」
隣で足だけ湯船に浸けているマクスウェルが即答し、彼女も不満げにツッコむ。
「たまには花を持たせても良いんじゃないの?」
「そんなことしたら趣旨が変わるだろう」
「まぁそれはそうなんだけど。あんまり毎回ボコボコにされると、流石に凹むというか」
シナロアの言葉を受けて、ふむ、と彼も考え込む。
「いつぞやのように、意図的に致命的なミスをして負けてやってもいいが、それでお前は納得するか?」
「…そう言われるとズルいなぁ」
「ふ。老人はずる賢いんだぞ」
マクスウェルは楽しげに笑い、彼女の頭をワシワシと振り回す。
「あー、やめてよ」
「悪い悪い。私に勝ちたいなら、ひたすら精進するしかないからな。
その悔しさを胸に秘めている内はまだ大丈夫だ。まぁ、そこで腐るような相手なら、まずここまで鍛錬してやらんがな」
彼は楽しげにそう言い、シナロアは濡れた手で髪を整えながら聞いた。
「そういえば、明日の件について聞いてもいい?」
「ん? あぁ、御前試合の話か。
陛下直々の依頼だから、最低限しか答えられんがな。ちなみに、今言った情報が私が言える最低限だ」
彼は悪戯っぽくニヤリと笑い、シナロアは不満げに頬を膨らませる。そんな彼女に対して、真顔で答えた。
「悪いが、今回ばかりは本当に下手に口を滑らせられん。今の話だけでも、相当危険な橋を渡ってる」
「……そっか」
マクスウェルにそこまで言われてしまうとそれ以上聞けず、仕方ないと言いたそうに口元まで湯船に浸かる。
そんな話をしているところで、浴場の扉が開き、見覚えのある顔が見えた。
「なんだ、お前らか」
「おや、仕事も終わったか?」
パラナが入ってきて、マクスウェルが挨拶代わりに聞くと、彼は早速体を洗いながら答える。
「今日の仕事は大体な。クルドが少し残業して細かい仕事を済ませてくれてる」
「そうか。いつも大変そうだな」
「皆のおかげでなんとかなってるよ」
二人は当たり前のようにそんな話を続け、マクスウェルがふと横を見てると、少し照れているシナロアが目に入った。
「何照れてるんだお前は」
冷静にツッコむと、彼女はえー、と嬉しそうに話し出す。
「前はそういった感謝の言葉すら最低限だったのに随分話してくれるようになったなぁ、ってね」
「…やかましい」
今更パラナはシナロアの存在に気がついたのか、不満そうに呟いた。
「いや、本当に最近は普通に仕事してて気楽なのよ。愚痴は多少言うけど、パラナもすごい話してくれるようになったし、屋敷の人たちも随分明るくなったって嬉しそうにしてたよ」
「いや、連中が何を知ってるんだ、本当に」
パラナもパラナで少し不満げに言うと、彼女が反論する。
「パラナ、君はここの当主なんだからもっと自覚したほうが良いよ?
割といろんな人が君の仕草を見てるし、その話も度々出てるから」
「…そうか」
彼も言いくるめられてしまい、無言で体を洗う。その背中に向けてマクスウェルは楽しげに言う。
「随分と仲が良いようで」
「まぁ、何度か同じベッドで寝てるしね」
「多方面に誤解を生む言い方はやめろ」
パラナが即座にシナロアの冗談にツッコみ、彼女は楽しそうにけらけら笑う。
「たまには冗談言うくらいじゃないと疲れるでしょ?」
「……、お前は」
パラナは少し不貞腐れたようにして体を洗い終え、マクスウェルの隣に座った。
「…まぁ、実際感謝しているよ。―こんな私でも、笑っていいと思えたんだからな」
「私たちは少し、お前の荷物を持ったりしてやっただけだ。
そこから楽になる道を見付けたのは、間違いなくお前の努力だよ」
「そうか」
マクスウェルの言葉に彼は力なく笑い、呟く。
「お前らは、私の側から離れないでいてくれるか?」
「もちろ―」
「私は保証できんな。どうやっても、異界の存在には変わらん」
安心させようとするシナロアに対し、マクスウェルは即座に否定し、彼女は少し責めるようにマクスウェルを見つめるが、彼は動じない。
「だからこの関係が、無限に続くとは約束できん。
ただ、お前のもとにいる間は、お前の剣として、相談者として―老人として側に居てやる」
彼は優しくそう言うと、パラナは口を綻ばせたと思ったらそれを隠すように顔を洗う。
「妙なことを言ってしまった。お前の言う通り、この関係は、この時間は有限だ。
だからこそ、今を大事にしないといけないな」
「そうだ。言いたいことが分かってくれて良かったよ」
マクスウェルはそう言って、彼の頭もわしゃわしゃとかき回す。
「…マクス、子供扱いはやめてくれ」
「この老人に向けてそれは難しい注文だな」
彼は笑いながらパラナの頼みを断り、仕方ないと言いたげに老人の戯れに付き合うことにしたようだ。
「まぁ、好きにしろ。こんなところで立場だの何だのと言うのもアホくさい」
「そうか? なら好きにさせてもらおうか」
そう言って、マクスウェルはひとしきりパラナを撫でまくった後、思い出したように聞いた。
「ところでお前ら、随分親しくなったようだが、どこまで行ったんだ?」
「マクスさぁ、ここでそれ聞く?」
世話焼きのおじさんのような問いかけに、シナロアも流石に呆れ顔で聞くが、マクスウェルは気にした素振りはない。
「まぁ良いじゃないか。で、結局どうなんだ?」
「まぁまぁ、だよ。そんな悪い関係性じゃないし、パラナとは友達って感じ」
「…シナロアの言う通りだな。私たちとしては、同じ仕事をしている、気の許せる友人といったところだ」
パラナもシナロアも同じような回答をする。それを聞いて、マクスウェルは面白そうに腕を組んだ。
「ほぅ、お互いに気の許せる関係になっていたか。私はそこまで深い意味はなくお前らを近付けたが、思ったより良い結果になって満足だ」
「……何、その言い方は」
マクスウェルの言葉に引っかかりを感じたシナロアが聞き返すと、彼は楽しそうに話し出す。
「元々は、パラナに友人と呼べる相手を用意するのが一番の目的だったのだが、思った以上に親密になってたようで、老人としても嬉しいってことだ」
それを聞いて、シナロアは不満げにツッコむ。
「変な言い方しないでもらえるかな? パラナはやっぱり弟みたいな目で見ちゃうしさ」
彼女の弟、という単語にパラナは流石に反論する。
「……やたらと姉ぶるなと思っていたが、やっぱりそう見てたのか…。私のほうが年上だぞ?」
「大して変わらないでしょ」
「これでも20は過ぎてるんだからそこそこ差はあると思うのだが?」
パラナの正論に対し、横から茶々が入る。
「私から見たら五歳程度、誤差も誤差だぞ」
「ほらー!」
「マクス、お前からみたら私どころかクルドも同い年扱いだろうに。あと、シナロアもそれに乗っかるな。めんどくさい」
それ見たことかと言いたそうに悪ノリするシナロアに指摘すると、子どものように反応する。
「めんどくさい言うな! パラナも一々細かいこと気にしてるとおっきくなれないぞ!」
「それはとうに成人している相手に言う台詞じゃないんだが?」
―両脇であーだこーだと、徐々に程度が低くなっていく言い争いを眺めながら、マクスウェルは楽しそうに笑っていた。




