四十二日目 生と死の境にて
翌日。シナロアは久々に休みを与えられたので、マクスウェルに頼み込んで昼から組手をしてもらうため、闘技場にいた。
「―にしても、珍しいな。昼から鍛錬の頼みとは」
観客はいないが、会場の隅ではトルーカとサクの二人が見学している。その中で10m程の距離を取り、準備運動をしながらマクスウェルが聞くと、彼女も柔軟体操をしながら答える。
「夜に組手もしてるけどさ、こういう明かりのある時にやるのも悪くないと思ってさ」
「まぁ、構わんが。私としても、気晴らしになるからな。
いいか、"普段通り"行くぞ」
「大丈夫、覚悟できてる」
普段通り、夜の組手と同じく、死なない程度の手加減すると告げ、彼女が構えた所で、マクスウェルは力を抜き―眼前に転移する。
貫くように放たれた掌底を身体を反らして避け、残像として消えたと同時に放たれた上段蹴りを片手で防いで受け止める。衝撃を殺し切る事は出来ず、数歩分、ずり下がるが固まっている暇はない。
すぐに体勢を整え、片手に光の槍を構えている天魔に対処する。
逆行少女は時間を巻き戻し、距離を詰めると共に、巻き戻った時に勢いを利用して逆に掌底を打ち込んだ。
天魔は肩でそれを受け止めるが、それと同時に放たれた振動によって脱臼したのか、彼は槍を消し去ってだらんと垂れる腕を庇うように後退し、すぐに外れた関節を元の位置に戻す。一瞬だけ、苦悶の表情を浮かべるが、彼の動きは止まらず、追撃の隙を与えないようにすぐ肉薄する。彼女も同じように前に進み、天魔の掌底を受け止める、訳ではなく振動で大きく跳躍し、一回転しながら彼を飛び越えるようにし、その間に、無防備な背中に振動を何度も打ち込んだ。
「ぐぅっ…!」
大勢も不安定であるため、一発一発は軽い。しかし、手数でそれを補い、天魔の動きを止めるまでのダメージは与えられた。
逆行少女は軽々と着地し、怯んだ好機を逃さず、距離を詰める、のではなく渾身の振動でトドメを刺そうとする。
「…!」
天魔はそれを待っていたと言わんばかりに同じく"振動"を放ち、中和して打ち消した。彼女がそれを理解するよりも早く接近。掌底が腹に突き刺さり、そのまま放たれた天魔式の"振動"によって、大きく吹き飛んでいった。
そのまま天魔は追撃すること無く、体に付いた砂埃を払い、蒼い目で彼女の動きを観察していた。
「―がはっ、」
苦しそうに血塊を吐き出してから、彼女はゆっくりと立ち上がる。
「―容赦ないね、マクス」
「お前なら、まだ死なんだろう」
彼は鼻で笑ってそう言い、彼女もしばらくゆっくり深呼吸していると、次第に息も整っていく。
「…追撃、しないんだね」
「回帰持ち相手に不用意な真似はしたくなくてな」
天魔はしれっと言い、近づき次第、"回帰"による逆行で上半身と下半身を千切ろうとしていた目論見を看破されていたことに気がつく。
「…ホント、理解がある相手って嫌だよ」
「そう褒めるな」
嫌味に対して、彼は楽しそうに笑い、片手を開き、先ほども用意していた、白く発光する槍を取り出す。
「…それ、初めて見るね。武器は使わない主義じゃないの?」
「そうだな、初めて見せる。
普段から素手でやってるのは、ただ素手だけで足りるからだぞ? 必要なら剣でも何でも出してるのは
お前も見たことあるだろう」
確かにそう言われると、たまに何処からか剣を取り出して相手を切り刻んでいたこともあった。
「そうだったね。じゃあ、私はそれに値する相手だってことかな?」
「そう言われればそうだが、これはちょっとした教育も兼ねてる。
回復もしただろうし続けるぞ」
天魔はそう言って話を区切り、槍を投げると同時に駆け出した。高速で放たれた槍は、真っ直ぐ彼女の腹を狙ってくるが、一直線の動きであれば回帰を持つ彼女にとって、防御は容易い。
即座にそこの時間を逆行させ、槍を返してやろうとしたが、スキルを発動し、逆行して虚空に駆けていった瞬間、天魔がそれを奪い取り、スキルの干渉から外していく。
「…えっ!?」
思いがけない行動に思考が止まり、天魔の接近を許してしまう。その槍は彼女の頭に狙って―目の前で止まった。
必殺の一撃を止め、彼は槍を肩に担いで説明を始めた。
「―やはりな。飛び道具に対して、回帰を使う考えに凝り固まっていたか」
そう言って構えを解いて、槍を消し去ったマクスウェルは説明を始める。
「確かにお前の回帰は、飛び道具に対して絶対の防御を持つが、必ずしも対処方法が無いわけじゃない。
一つのスキルに頼るのも悪くはないが、複数の択を持っていたほうが戦闘に置いては役立つ場面がある。
今回のように、己の得物をわざわざ飛ばしてきたりしている場合は特にな。相手は元より回収するつもりでそれを投げてくる可能性もあるし、その前提を踏まえて、回帰以外にも"影送"での制御も選択肢の一つに加えておいた方がいいだろう」
「……むぅ、難しいこと言うね」
「確かに難しい事は言っているが、それも勉強だ。特に、今回は相手のスキルを理解した上で、私が先に投げたと言うのがキーだな。
それを逆行させず、地面に落としていれば私は回収する為に意識を向ける。その隙に得物を振動で破壊したり、影送の的にするのも手段となる」
マクスウェルの解説を聞いて、彼女は難しい顔をして唸っているものの、言いたいことは理解したようだ。
「うぅむ…。難しいね」
「何度もあるわけではないが、状況や敵全体の動きを見ることは必要なことだ。その中から、最善を選び取るのが生きることに繋がる」
老人がうんちくを語り、彼女は一つ息を吐いて、再び構える。
「じゃあ、続きやろう」
「そうだな。ついでだし、次の仕合から私がずっと攻めてやるから、観察に徹してみろ。勿論、反撃してもいいからな」
「オッケー、分かった」
―その後、結局マクスウェルの猛攻を受けきれる訳がなく、ボコボコにされた彼女は、瀕死の状態で意識を失った。
「―ふぅ、こんなものか」
手についた血糊を払い、ドン引きしているサクとトルーカの二人を差し置いて、かろうじて息をしている彼女にいつもの栄養ドリンクを流し込む。しばらくすると、うっすらと目を開き、そのままゆっくり深呼吸する。
「……どれだけ、意識、失ってた?」
「数分程度だな。随分と目が覚めるのが早くなった」
「まぁ、あれだけ…ボコられてればね」
二人の会話を見て、今回に限ったことではないと判断した二人が、おずおずと近付いてくる。
「…マクス?」
「どうした?」
シナロアに水筒を渡し、彼女から受けた傷を治療しながらトルーカの言葉に応じる。
「ここまで、いつもやってるんですか?」
「普段からこのくらいだな。大体、意識を失うか死ぬ寸前までいつもやってる」
「いくら鍛錬と言えど、少しやりすぎなのでは…?」
当然と言えば当然の質問に、体を起こせるくらいまで回復したシナロアが、代わりに答える。
「これだけやらないと、強くなれないんです。私も何度も経験していますが、痛めつけられてから回復すると、スキルの強度を高めてくれるんですよ。
それに、マクスなら絶対に大丈夫だって信じてるので」
今まで度重なる訓練の中、彼は不死の呪いを使ってまで延命させた事は一度もない。本当に生死のラインを見極められており、その判断に絶対の信頼を寄せているからこその発言。
それでも、過剰なまでの訓練内容にはトルーカも言葉に困っているようで、マクスウェルが彼女の問いに答える。
「かなり危険な綱渡りを繰り返しているのは事実だ。だが、ここまでやらなきゃ、シナロアの要望には応えられない。
苦渋の決断とまではいかないが、私もこれには細心の注意を払っているから安心してくれ。それに、私は呪いも使えるからな」
「…………」
マクスウェルの言葉に、彼女はそれ以上何も言わず、サクが代わりに聞いた。
「ギリギリを攻められる判断って何かあるんですか?」
「そんなもの簡単だ。何度も繰り返した実体験に勝る判断材料はない」
彼の過去―幾度もなく生死の境を彷徨った結果、今のマクスウェルが在る。故に、絶対の自信を持って言い切った。
そんな彼の過去の片鱗を垣間見て、二人は黙り込んでしまったところで、話題を変えるように彼は笑った。
「血なまぐさい話はこの辺でいいだろう。いい時間だし、食堂に戻って飯にでもしよう。トルーカ、手伝ってくれ。サクはシナロアの介助を頼む」
「は、はい」
「分かりました」
彼の指示を受けて、それぞれ動きつつ、彼の後へと着いていった。




