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四十一日目 書斎にて

 準備ができ次第、国王から連絡が来ると聞いて、一週間が経過した。

 その間も普段通り、屋敷の業務や子どもたちの教育、闘技場にて戦闘をこなし、何事もなく過ごしている。

 今日も早朝の屋敷の雑務を手伝い、シナロアを送り届けるついでに執務室に寄ったところ、パラナから呼び止められた。


「マクス、陛下からの伝言だ。明後日の夜、この前話していた、御前試合となるようだ」


「了解。明後日だな」


 マクスウェルも淡々と答え、軽く伸びをする。


「事前に準備くらいはしておこう。じゃあ、夜に戻る」


「頼んだぞ」


 短い会話を終え、マクスウェルは早々に部屋を出ていく。

 彼が出ていった後、いつも通りに書類の内容を確認しつつ整理していたシナロアが聞く。


「また御前試合? 多いね」


「陛下直々の依頼だからな。マクスウェルの力量を計りたいらしい」


「あの人に本気を出させるって相当だと思うんだけど?」


 何度か、地下闘技場にも同行しているだけあり、彼の実力が計り知れないことを理解した上で指摘すると、彼はそうだな、と頷く。


「それだけの相手を用意してくれるそうだ」


「…へぇ。それ、私も見に行ってもいいのかな?」


「いや、当日は私とマクスウェルだけで行くことになっている」


 シナロアが期待の眼差しで彼を見たが、それを一蹴。文句を言いたそうにしていたが、その前にヴェルディとクルドの二人さえも連れて行かないことに気が付き、何かを察したようだ。


「そう。それは、よっぽどなんだね」


「話が早くて助かるよ」


 パラナは苦笑しながらそう言い、肩を回す。


「さて。今日も溜まっている仕事を済ませようか」


「そうですね。早く仕上げましょう。…げ、早速医療側の認可も必要な案件じゃないですか。

 最近、やけにスキル関係の仕事増えましたよね。また戦争でも始めるつもりなんですか?」


「――さぁな」


 やけに鋭い指摘に、パラナも自然を装いつつ誤魔化すしかなかった。



 ―一方、マクスウェルはいつも通り地上の闘技場に向かっている、訳ではなく屋敷の書斎に足を運んでいた。


「……、」


 数多の本棚の並ぶ、薄暗い書斎の中、無言でタイトルを注意深く眺めている。そこで見付けた、本棚に固定されているの仕切りの一つを手前に引くと、すんなりと手前に引くことができ、カチッという軽い音と共にロックが外れる。

 そして本棚の端を掴み、引くと、その奥にある壁―ではなく、隠された本棚を見付けた。


(やはり、隠された仕掛けがあったか)


 書斎には頻繁に通っているシナロアに依頼をしていた、パラナの家系―歴代領主たちの家系図について調べてもらっていたが、見つからないと言う。そして、彼らはシナロア含め、マクスウェルの息がかかったものを書斎に近付けるのは避けていた。

 そこから、何か隠されている可能性が高いと判断し、書斎に潜り込み、魔法による透視を行ってみたが、案の定、隠されていたものが見つかった。


「―さて、目的のものはあるかな」


 そのまま元に戻すことはなく、マクスウェルは本棚のタイトルを確認し始め、丁度、この国の歴史の本について見付け、手に取る。

 この国に来て、一月以上経過している。そして文字を読めるシナロアと一緒にいる時間は短くとも、毎日行動していることから、彼女から少しずつ文字を教えてもらう時間くらいは確保できる。

 その積み重ねの結果、最低限の文字の解読を習得しており、好き勝手行動ができるようになってきた今の時期を狙って、自分から動くことにした。

 とは言え、あくまで最低限であり、細かい文までは解読は出来ない。必要なところは魔法で写しを撮って、シナロアを通じて確認すればいいだけである。


「……さて、お楽しみの時間とするかね」


 そうして手記のような本を開いて確認を始めたが、最初から難解な単語の羅列にめまいがする。


「あぁもう…めんどくさいな」


 つい悪態をついてしまい、マクスウェルはわかる単語だけでも抜き出して、文の意図を読み解こうとする。


「歴史…始まりの国王…いや、ここは違うな」


 必死に読んでみても、目的の単語は見つからず、ページを捲っていく。あくまで形式上の記録のようで、目次や索引もなく、ただ情報だけが固まって載っているようで、適当にページをめくるわけにはいかず、マクスウェルはため息混じりに解読を進めていく。

 解読に集中していても、物音を聞き取り、即座に本と本棚を無音で戻し、カモフラージュの魔法で姿も隠す。音すら魔法で消し、存在感を抹消したマクスウェルは、天井に張り付いて入り口に集中する。

 待っていると扉が開き、中に誰かが、ヴェルディが部屋に入ってきた。


「…マクスがこの辺りにいたと聞いていたけど、居ないですか」


 彼女は一通り書斎を探して、誰も居ないことを確認して部屋を出ていく。扉が閉まり、足音が遠ざかっていったのを確認し、彼は静かに着地して魔法を解除する。


「……危なかったな。次からこちらに来るのも気をつけんとな」


 冷静に呟き、解読を続行する。

 ―しばらくして、一切の手がかりを得られないまま、彼は疲れたように固まった首を動かして鳴らし、伸びをする。


「……そろそろ戻るか」


 目も疲れてきたので、素直に部屋に戻ろうとしたところで、近付いてくる気配を察知して再び片付けをして姿を消す。


「……」


 息を潜めて、来客が遠ざかっていくのを待っていたが、再び部屋に入ってきたのは、資料を持ったシナロアだった。

 仕事で整理しに来たのか、前に山積みの書類を抱えており、手頃なテーブルに置いて、手際よく他の隠し本棚を資料をしまっていく。


「ふー、相変わらず多いねぇ」


 仕事は頑張っているようで、忙殺されていたようだが、マクスウェルは静かに彼女の後ろに降り立ち、声を掛ける。


「励んでいるようだな」


「ひゃうっっっ」


 予想していなかった声に、彼女は反射で振り返りながら振動を、纏った掌底を打ち込んできて、マクスウェルは軽々と手首を掴んで腕を伸ばし、力が入りにくい状態にする。そして空いた手も動けないように拘束して、改めて声をかけた。


「良い反応だ。日頃の訓練の賜物だな」


 そこまで言われてから、眼の前に居たのが誰か理解し、彼女の手から力が抜ける。


「マクス…? どうしたの、こんなところで…」


「なに、ちょっとした調べ物だ」


 いまだに動揺しているシナロアの問いに淡々と答え、彼は手を離す。彼女は手首の感覚を確かめるように振りながらため息を吐く。


「本当、びっくりさせないでよね」


「悪いな、見知った顔だったからつい」


 笑うマクスウェルに対し、不満そうに頬を膨らませながら、彼女は作業に戻る。


「で、改めて聞くけど、パラナのことについて調べに来たの?」


「そうだな。良さげな資料は見付けたが、隠し本棚にある手前、持ち出しにくくて解読していた」


「あぁ、そこにあった年表についてかな? もう一通り目を通したけど、流石に領主の経歴はあれど、その子供までの記載はなかったかな」


 彼の話を聞いて、思い当たる節があったのか、彼女が答えると、マクスウェルは訝しげに聞く。


「何? 本当か?」


「嘘ついてどうするの。そういえば話してなかったけど、ここの領主って完全世襲制じゃなくて、場合によって血筋関係なしに継いでることがあるから、事細かに記載すると、どうしようもなくなるからじゃないかな」


 マクスウェルの問いにはっきりと答え、彼女は続ける。


「それにパラナについては、存在を隠そうとしてた形跡もあるし、家族関係についての記載は隠してある文献も全部読み漁ったけど、それらしい記載がなかったんだよね」


「……意図的に消されてたというのか?」


 引っ掛かる単語を聞き、マクスウェルが聞き直すと、彼女はそうかもね、と適当に答える。


「一応、他の領主の子どもは割と写真とかにも姿が残ってるんだけど、パラナはそういった記録が全くないの。そうなると、父親―総司令が意図的に記録を残さないようにしてた可能性も考えられない?」


「それは、そうだな」


 思いがけない情報を得て、マクスウェルは肩の力を抜いた。


「話に聞く限り、あの人は随分と隠し事をしたがるようだから、どんな意図があるかはわからないけどね。

 ―それと、そろそろお昼だけどどうする?」


 一通り、本棚に資料をしまい終え、彼女は一息ついてからマクスウェルを誘うと、彼は空腹感を思い出して腹を撫でる。


「もうそんな時間か。一緒に行くと怪しまれそうだから、先に行っているぞ」


「分かった。じゃあ、私は片付けして戻るから」


「頼んだ。それと、有益な情報も感謝する」


「? どうもいたしまして」


 彼の言葉の意図はわからずとも、感謝されたことは素直に受け取り、彼女は片付けを始める。

 そして彼は先に部屋から出ていき、数時間ぶりの陽の光を浴びて目を細める。


「……本当に、いい情報を得られたな」


 マクスウェルは珍しく厭らしい笑みを見せながら、食堂へと向かっていく。


(しかし、この情報を使うのはなかなかタイミングが難しいな。狙うは、後戻りの出来ない所。御前試合を無事に切り抜けた後であれば、問題ないだろう。

 ―して、明後日の御前試合、どうしてくれようか。話に聞く限り、相当厄介なようだが)


 彼は一人、今後の計画を立てながらも、明後日の戦いに備えることにした。

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