三十四日目 食後酒 特産ワインとリンゴの紅茶
他愛のない会話を続けながら、会食も終わり間際。コース料理の最後に、口直しの飲み物が二種類用意された。
どちらも一口で飲み切るようなサイズで、一つは甘い香りのするアップルティー、もう一つは濃い赤紫色のワインとなる。
誰が何を用意したのか、一目瞭然であるが、国王はワイングラスを揺らしながら聞いた。
「普段見ない銘柄だな。どこのだ?」
「私の居た国で作られた、特産のワインだ。こちらの世界でも王や貴族に贈られる最高級品を用意した」
彼らの予想に反し、コックと共に戻ってきていたマクスウェルが話し、彼は目を丸くする。
「ふむ。お前がワインを担当したのか」
そう言って、一息にワインを口に入れ、味を確かめるようにして飲み込んだ。
「悪くない。香りも良く、甘みが強いな。発酵を進ませてないものか」
「その通り。食後にあまり辛味の強いワインを飲むのも良くないだろう? 酒特有の苦みが苦手だったり、食後酒としてよく使われる銘柄を持ってきた」
マクスウェルは自慢げに話し、パラナもそれを聞いてゆっくりと飲み干した。それを見て、国王は紅茶のグラスを手にとって、香りを楽しむ。
「つまり、こちらの紅茶は我が城のコックが用意したものとなる、と。
確かに、慣れ親しんだリンゴの香りだ。だが、たまに飲んでいたものより香りが強いな。茶葉を変えたのか?」
「それは、天魔殿から淹れ方を教わったのです。茶葉は普段と変わりませんね」
国王の問いに帽子を外して体の前に持っていた、中年のコックが答え、ふむ、と一口飲む。
「淹れ方一つで風味も変わるのか」
「淹れ方というものはとても大事だ。それは、生き方においても変わらん。
本来、結果が同じだろうと、手順を変えれば少し変わった結果になることもある。それは覚えておくといい。
お前と同じく、元は一国の主だった、私からの忠告だ」
マクスウェルの言葉に、パラナも国王もバツが悪そうに苦笑する。そして、二人とも同じように身に覚えがあったことに気が付いて、笑い合った。
「まぁ、お前はまだ若い。まだまだどうとでも出来る。―老人特有の独り言のようだからな、あまり気負わなくてもいいぞ」
二人に向けて、フォローするように補足したところで、パラナが口を開いた。
「この会食も終わり際ということで、一つ、聞いてもよろしいでしょうか?」
「答えられる範囲ならば答えよう」
「陛下がおっしゃる、老人たちの正体はなんでしょうか?」
パラナの質問に、国王は一瞬口を閉ざそうとしたが、首を横に振ってから静かに答えた。
「異界から来た、神の一柱と名乗っている。名は"アザゼル"、それと"アルマロス"」
「……ここでも、か」
"老人たち"の名前を聞いて、マクスウェルは誰にも聞こえないように呟き、聞いた。
「その神々は、何の力を持っている?」
「詳しくは分からん。ただ、どちらも"進化"に特化していると聞いている。何せ、私も名前しか知らないからな」
「そうか」
マクスウェルは淡々と受け止め、国王は首を傾げる。
「お前は、思ったより反応が薄いな。というより、"元より理解がある"、と言ったほうが正しいか」
「……話したほうがいいか?」
鋭い指摘に対し、彼は嫌そうに聞くと、対照的に国王は嬉しそうに答えた。
「是非とも聞かせてくれ」
そこまで言われてしまい、近くにいるパラナも興味深そうに答えを待っていたこともあり、仕方ないと言いたげに話しだした。
「はぁ…。あまり、私はこの話をしたくないんだが、きっかけは私だからな。仕方ない。
端的に言えば、私は何度かお前らの言う、"神"と相対したことがある」
「だと言うのに、お前はまだ生きている、と」
すかさず国王が指摘すると、マクスウェルはため息混じりに続ける。
「そうだよ。私は神を目の前に相対し、勝利している。更に言えば、神の"殺し方"を知っている」
「…!!」
マクスウェルの言葉に、空気が凍りつく。その空気を察知し、彼は舌打ちした。
「……これ以上は止めておこう。"聞かれてるな"」
明らかに異常な空気を感じ、マクスウェルがこれ以上の話を止めようとしたが、国王は続ける。
「いや、話してみろ。老人たちが、本当に危険だと思うなら、この場で我々を殺してるだろう」
「ここで暴れたら、私以外が全員死ぬから言ってるんだ。お前らを守りながら、神を二体同時に殺せる自信はない」
馬鹿か、と言いたそうに一蹴すると、凍えるような気配は消えていき―元通りになったところで、全員が安堵のため息をついた。
「……、はぁ。命を張った挑発をかけるのはやめろ」
「すまん、本当に千載一遇のチャンスだと思ってな」
「……死にたがりも、ほどほどにしておけ」
国王の偽りのない謝罪に、彼は頭を掻きながら忠告する。しかし、国王にはあまり反省の色が見えない。
「余計な気を遣わせたようで悪かったな。―だが、少しは情報を得られたのではないか?」
「…まぁな。だが、私はそこまで働く義理はないぞ。何度も言うが、私の主人はパラナ一人だ」
「分かっている。しかし、だ。仮に神成がいずれを降ろしたら、どうなる?」
「その時はその時だ」
国王の挙げる可能性について、マクスウェルは即答し、パラナはため息混じりに呟く。
「今後は、こんなのを相手にしていくのか…」
「そうだな、主人。少し前まで、ただの興行だけだったと言うのに」
マクスウェルとしても、ろくでもないことに巻き込まれた事に共感し、国王は笑う。
「本質は変わらんよ。この興行の裏に隠された"真実"を知ったため、ただの興行だけをしているわけにはいかなくなった。それだけのことだ」
尤もなことを言われてしまい、二人は一旦黙る。そして、国王は思い出したように告げた。
「それと伝え忘れていたが、闘技場の参加自体は、今後も続けていて構わん。
そこはお前らの好きにしてくれて構わないぞ」
「良いのか? 死ぬかもしれないというのに」
「あんなところで死ぬような者であれば、ここに呼ばれることはないだろうよ」
すっとぼけた質問に対して即答し、彼は周囲に目配せをして頷いた。
「さて、時間も遅い。楽しい会合であったが、今日はお開きとしよう。
して、ポータルまでは兵士を付けようか?」
お開きの合図を国王が出し、帰路の護衛を提案されたが、パラナはその申し出を断る。
「申し出ありがたいですが、私の所にも、優秀な護衛が二人も居ますので」
「そうか」
パラナの返答に彼は笑い、せめて、と言いたそうに、立ち上がる。
「では、見送りくらいはさせてくれ。―今日は感謝する。有意義な時間を過ごせた」
「こちらこそ、貴重な機会を設けていただき、ありがとうございます」
二人は最後に言葉を交わし、パラナは一礼してから背中を向け、部屋を出ていく。そして、彼に従う二人の従者も、同じように一礼してから出ていった。
「……」
パラナたちが去った後、閉じられた扉を静かに見ていた。
「陛下、夜も更けていますが、これからどうしますか?」
微動だにしない国王に向け、従者の一人が声をかけ、ようやく我に返ってそちらを振り向いた。
「―ん、あぁ、そうだな。
明日の公務に支障を出すわけにはいかんし、早く寝よう」
彼の姿を見て、従者は一歩近寄り、静かに言い放った。
「―随分と期待しているようだが、使命の放棄は許さんぞ」
「…………えぇ、理解しております」
結局、自分はこの国の傀儡でしかないと再度思い知りつつ、彼は寝室へと向かっていった。




