三十四日目 メインディッシュ 白身魚のムニエル 刻み野菜のソースを添えて
マクスウェルの質問に、国王は改めて食事に手を付けはじめ、ムニエルを切り分けながら答える。
「本当の狙いについては本人たちに聞かないことには分からん。
しかし、こちらの計画に非協力的であるのも含めて、このままでは近い将来に衝突が起きるのは確かだ」
「その言い方だと、反乱だけではなく、糾弾まで検討しているように聞こえるが?」
尤もな意見に、彼はムニエルを一口、口にしてから答える。
「それは君の受け取り方次第だ。結果として、軍部が抱え込んでいる"神成"含めたスキル持ち、兵士たちを兵器として利用するのであれば、変わらないこと。我々も生き残るために戦わなくてはならん」
「難儀だな」
マクスウェルは面倒そうに呟き、彼は鼻を鳴らす。
「そうだな。素直に彼らが協力してくれれば、それだけで何もかも解決するのだが、何かと理由をつけて、彼らは神成を隠そうとする。あまつさえ、その力を利用しようとまでしている始末だ」
その話を聞いて、マクスウェルは少し考え、質問を投げかける。
「ここまで話を進めておいてだが、その神成とやらに拘るのは何故だ?
お前らは協力してほしいと言っていて、利用されるのであれば殺せという。それほどにまで価値があるというのか?」
今までの話の中で感じていた矛盾をぶつけると、そうだな、と淡々と答える。
「アレは、我々の求めていた、究極形に最も近い。その名の通り、"神の器"として産まれた子供だ」
「……!!」
二人が話している最中、邪魔をしないように黙々と食事を続けていたパラナが、初めて動揺を見せた。
その反応を見て、国王は不思議そうに彼を見つめる。
「なんだ、お前は知らなかったのか。"十年も一緒に居て"?」
「……、」
国王の言葉にパラナは感情を押し殺そうとしていたが、動揺は隠せないほど表に出ている。
「陛下、その話は天魔にまだ伝えていなかったのですが」
「そうか? それは失礼した」
震える手で、喉に詰まった食べ物を水で流し込み、発言する。
「それに、私と彼女は、もう何の接点もない相手です。今更話すような話でもないでしょう」
「……お前がそう言うなら、そうなのだろうな。ただ、お前の従者はそれで納得してくれるのか?」
「―いえ。私は何も聞きませんよ」
国王の指摘に、パラナの後ろに立つマクスウェルは静かに答え、彼の優しさに気付きつつも、言い切る。
「天魔もこう話しています。その話は、もう良いでしょう」
「……ふむ、追求しても良いが、それはそれでお前の従者から反感を買いそうだな。この辺にして脱線していた話を戻そう。
先ほども話したが、"神成"―神の名を冠した者。その理由となるスキルは"降神"。文字通り、その身に神を降ろすスキルだ」
「ふむ、こちらにもそんな方法があったのか」
思ったより反応の薄いマクスウェルに向け、国王は興味の目を向ける。
「お前の世界にあった力なのか?」
「少し仕組みは違うがな。元々、私の世界に根付いている神に選ばれた人間は、その神と交信し、力を得ることができる。
そして、その神と同調すればするほど、より人を超えた力を使えるようになる、といった奴はいた」
「それは随分と宗教的な力だな。
確かに、神を降ろす一点に限れば同様の力だが、奴の厄介な点は、神を選別して降ろすことが出来る」
「なるほど。私の世界では、根付いている女神の力だけだったが、様々な神の力を使えると」
説明を受け、厄介だな、と思いながら要約すると、彼は頷く。
「そういうことだ。お前の戦いぶりを見ていて、お前がカバーできる範囲はとてつもないが、敵もお前も変わらない範囲を網羅してくると考えたほうが良い。ただ、お前のように組み合わせた力を使えるかと言われると未知数だ。何せ、実戦の記録が全くない」
「記録がない?」
予想外の言葉に、マクスウェルも聞き返すと、国王はそうだ、と続ける。
「文字通り、神成の記録というものは、少なくとも我々のデータベースに存在しない。
何なら、存在そのものを秘匿されていたからな。我々が神成の存在を知ったのは、数年前に軍部の監査をした時の話だ」
「それだけの理由があるのか?」
「恐らく、幼少期の時点で発見されていれば、老人たちは全力で洗脳教育を行おうとするだろう。奴はそれ知っていたため隠し続けた、と考えるのが筋だろうな」
「なるほど」
当然と言えば当然の理由に納得し、ふと、気になったことをぶつける。
「それだというのに、パラナと共に暮らしていたのか?」
「そうだな。お前もこの国の領主の子どもたちの扱いについては知っているか?
神成は、君の主人の下にずっとついていたんだが、子ども同士の情操教育の一環でもあるから、我々があまり調査をしたり、口出しはせず、その領主に任せていたんだ」
「それをうまいこと利用されたわけだな」
「その通り。まぁ、今もそこはあまり口出しはしないようにしているがな。相手の情報は提供するようにしたが」
彼は困ったように話してから、脱線していた流れを戻す。
「そして、我々が最も危惧しているのは、老人たちと神成が接触することだ。奴のスキルで、老人たちが"降ろされ"、更に制御されてしまえば、この国のバランスが崩壊する」
「お前としては、その方が都合が良いのでは?」
「…天魔、思考が短絡的すぎるぞ。この国の体制が崩壊したら、真っ先に処刑されるのはこの私だ。
私の保身といえばその通りだが、それ以上にこの国の全てを壊してまで、自由を得たいと思っていない」
マクスウェルの爆弾発言に、彼は呆れつつ窘め、話をまとめる。
「ざっと話したら、こんなものだな。
私は形式だけとは言え、この国の王には変わりない。そして、私の代で全てを無に帰すのは望んでいない。それが、老人たちの目論見に反していようと、私は軍部、それに従う神成を手段を問わずに止めたいと考えている」
「今から総司令を処刑すれば良いのでは?」
「天魔、二度目となるが思考が短絡的過ぎるぞ。不用意な真似をすれば、結果的に反乱の芽を生むことになる。後手に回ろうと、我々は"正義"を振りかざす必要がある」
「だから、準備だけは進めているというわけか」
マクスウェルは面倒そうに呟いた後、パラナに意見を求める。
「主人としては、どうしたい?」
「…………」
ゆっくりと食事を続けていたパラナは、出来るだけ感情を出さないように食器を置いて、口元を拭ってから答える。
「―お前は、準備さえ出来れば殺せる、と以前言ったな」
「勿論。見栄や虚勢で言ったつもりはない」
マクスウェルは即答すると、彼は静かに命じた。
「ならば、狩れ」
主人の命令に対し、マクスウェルは口元を綻ばせて頭を垂れる。
「……ふ。御意」
二人が了承したところで、そのやり取りを見ていた国王はぱんっ、と手を叩く。
「良い回答を、感謝する。
しかしだな、ここまで話しておいてなのだが、我々はまだ君の力に猜疑的だ」
「ふむ。―確かに、アレが相手であれば当然か」
国王の言葉に覚えがあるため、マクスウェルも特に反論すること無く頷き、話を続ける。
「だからこそ、もう一度君に御前試合を提案したい」
「…? 御前試合?」
パラナも不思議そうに聞き返すと、彼は話し出す。
「そう、御前試合。
相手はそうだな、"∆∂∆∑"なら良いだろう」
「…もう一度言ってくれ」
聞き取れない単語が聞こえ、二人は困惑しながら聞き返すが、返ってきたのは聞き取れない単語だった。
「聞こえなかったか? 『∆∂∆∑』、だ」
「……???」
はっきり告げてくれたにも関わらず、理解できない言葉で、二人が困惑していたところで、国王は思い出したように訂正する。
「あぁ、忘れていたな。この言葉は異界の言葉で"悪夢"を意味する単語だ。
言ってしまえば、我々が作り出した、究極の失敗作。存在そのものが悪夢というのが由来だ」
「詰まる所、化け物か」
その説明を聞いた要約を告げると、そうだな、と頷く。
「神の器としては全く使い物にならんが、強すぎる故に、封じるしか手段がなかった怪物だ。今も、ここの地下に封じられている」
「……そんなモノを、天魔にぶつけると?」
「面白いじゃないか。
私の力を知りたいのだろう?」
マクスウェルを送り出すのに抵抗を見せたパラナに対し、当の本人は乗り気であり、楽しそうに笑っている。
「私の力も見れて、どうしようもない化け物も処分できて、一石二鳥だな。私はいつでも構わん。
準備が出来たら声をかけてくれ」
「…天魔、私の意志は気にしないのか?」
不満げなパラナに向けて、彼は冷静に説明する。
「主人、神成と私をぶつけることに承諾した時点で、選択権はない。
ならば、話をどんどん進めていったほうがいいだろう」
「…そうか」
パラナはまだ不満げだが、納得して応じ、国王は嬉しそうに手を組む。
「迅速な判断助かるよ。しかし、こちらの準備はすぐにはできん。そこはまた後日、連絡する。
―して、話もこの辺りでいいだろう。折角の食事なんだ、これからは硬い話はほどほどにして楽しもうではないか」
既に二人ともメインの肉と魚を食べ終えたのに気が付き、国王が合図すると、コックたちが入ってきて口直しの氷菓が置かれる。
今回は色とりどりのフルーツを砂糖をまぶして凍らせたシンプルなもの。国王は子供のような笑顔で宝石のように輝く果物を眺め、口に放り込む。
「あぁ―仕事終わりのこれはやはり格別だな」
国王の顔を見て、パラナも恐る恐る果物を口に含めると、甘味と果物の酸味、それに加えてミルクのような風味が絶妙に口に広がる。
「―これは、ただの砂糖じゃないですね」
「あぁ。ミルクや果物を凍らせて粉砕し、粉のようにまぶしたものだ。
色も綺麗だし、味も良い。私のお気に入りだ」
今までの態度とはうってかわって、嬉しそうに果物を口に運ぶ国王を前にして、パラナはふと笑ってしまう。
「―意外だろう?」
国王の言葉に、パラナは咳払いをして誤魔化しながらも、正直に答える。
「えぇ、少し。
しかし、いつまでも人は気を張って生きていけないですから。こんな時くらいは良いのではないでしょうか」
「そうだな。息抜きがなければ人は生きていけない。お前とも、思ったより意見が合うようだな」
「そうだな。息抜きは大事だぞ。
というわけで紅茶のアフォガードだ。折角だから試してみてくれ」
またもや話に割り込んできたマクスウェルが、紅茶が掛かったアイスを置き、国王はふむ、とそれを見つめる。
「ありがたくいただくが―うちのコックと張り合うならまだコースは残っているから、調理場に行ってもいいぞ?」
「張り合っていいのか? 今すぐ行ってくる」
「マクスウェル…」
謎の対抗心を燃やしていたマクスウェルが国王に促されるまま、部屋を出ていってしまい、パラナは困惑しながら彼の名前を呼んだ。
「…ふむ。これも素晴らしい出来栄えだな」
その間にも、熱い紅茶で程よく溶けたアイスを食べながら、国王は満足げに呟いた。




