三十四日目 前菜
前菜の豆のソースをかけたカルパッチョをナイフで切り分けながら、国王は話を始める。
「改めて、急だというのに今回の会食に参加してもらい、感謝する」
「こちらこそ、このような機会を設けていただき、光栄です」
パラナも丁寧に返答し、食事を続け、既に下がっていたマクスウェルは、周囲に警戒を払っている。
それに気が付いた国王は、一口水を飲んで指摘した。
「ここ一帯は、近衛兵たちに監視をさせている。余程のことでもない限り、警戒はしなくても大丈夫だ」
「―そうですか」
マクスウェルは無表情で答え、静かにパラナの後ろに待機した。
「もっと軽い男と思っていたが、護衛としての自覚もあるのだな。やはり、話や闘技場でしか得られない情報とは当てにならん」
彼はしみじみとそう呟き、食事をしつつ、話を続けた。
「話の続きとなるが、今回、君たちをここに呼んだのは頼みたいことがあるからだ」
思った以上に早い、本題の話に、パラナはついフォークを置いてしまう。
「そんなに気張らなくて構わん。君たちに今すぐどうしてほしい、という訳ではないからな」
それを見て、彼は固い笑顔でそう言い、パラナもぎこちない動作で食事を再開する。
「私も、君たちの情報は予め聞いている。従者には軍部出身の者たちがいるとはいえ、戦える配下は数人しか居ないこともな」
「そうですね。申し訳ないですが、私の権限で動かせる人員は、多くありません」
彼の言葉に、パラナは肯定し、国王も頷く。
「そうだろう。だから、有事の際に何か人を貸してくれ、と大々的に言うことはない。
しかし、その"何か"があった時、君の懐刀でもある"天魔"の力を貸してほしい」
「天魔の、力ですか」
予想はしていた依頼に、パラナは動揺した様子もなく繰り返すと、彼は続ける。
「あぁ。闘技場という娯楽の場ではなく、"戦場"に、君の闘技者の力を借りたい」
「…………」
その話を聞いても、当の本人であるマクスウェルは何も言わず、ただ、主人であるパラナの言葉を待っている。パラナは一口、水を飲んでから食器を置いて断言する。
「申し訳有りませんが、ただの反乱に対しての抑止力としてなら、私は、私の闘技者を戦場に送りたくはありません。
天魔―"マクスウェル"は、私の闘技者である以前に、異界から召喚し、条件をつけて私の下に着いてもらっているだけですから」
パラナははっきりと告げ、国王はその答えを聞いて初めて、口を綻ばせて笑った。
「パラナ、君も面白い男だな。
反乱を許せば、君の立場も危うくなるというのに、異界から呼んだ奴隷の肩を持つか」
奴隷、という言葉を聞いて、パラナは即座に言い返す。
「陛下、一つ申し上げておきたいこともあります。
―彼は契約によって従っていますが、その契約は自分の力でいつでも破れる状態で、今の状態を維持しています。それは、私の"奴隷"だからではなく、彼が"己の意志"で私に着いてきてくれるからです。
私の目的のために、彼は自ら首輪を着け、その結末を見守ってくれている。それを無碍にするような呼び方をするのは、陛下であっても止めていただきたい」
珍しく、感情を顕にして訂正を求めたパラナに、国王は目を丸くして、小さく頭を下げた。
「それは、申し訳なかった。私の偏見が招いた失言だったな」
「いえ、こちらも立場をわきまえず、強く言ってしまい申し訳ありません」
パラナも国王相手に無礼な発言をしてしまったことに気付き、頭を下げた所で、マクスウェルがため息混じりに割って入る。それと共に、爽やかな紅茶の香りが漂ってきた。
「飯が不味くなるような話はここで終わりで良いだろう。
先ほど紅茶を淹れた。少し、お互いに落ち着け」
彼は静かに紅茶のお代わりを淹れ、二人はゆっくりとそれを口にして、一つ、息を吐いた。
「…ふぅ。
さて、話を戻そうか。私も全て伝えていなかったのが悪かったからな。そのいつか来るであろう反乱の抑止の協力についてだが、何もその全てに参戦してほしいというわけではない。逆に、我々の軍部の情報についてならば、君のほうが詳しいだろう。君の闘技者がわざわざ参加するほどの反乱なんて、滅多に起きるとは思わない。その為に、防衛長官も日々尽力しているのだからな。
君に手伝って欲しいのは、"軍部の反乱"があった時だ」
国王の話に、パラナの眉が動く。
「君も恐らく兆候は感じているんじゃないか? 防衛長官が、暗に準備段階の事務手続きも回しているようだからな。それを見越して、敢えて君に仕事を振っていたようだが」
「……、全ては織り込み済み、ということでしたか」
パラナがしてやられたと言いたそうに言い、国王は紅茶を飲みながら語る。
「巻き込むにしても、有事のときだけ、というのも良くないだろう。
既にお前は後ほど起こるであろう、この内乱において、形はどうあれ既に参加しているのだからな」
この話において、国王が告げているのは協力の要請ではなく、協力の強制であり、パラナ自身、もしも"何かがあった時"、責任を負う場所に立たされていたことに気が付いた。
「…しかし、軍部で反乱の兆候があったとは思えないのですが…」
確かに軍部は胡散臭い事をしているのは事実だが、彼が仕事をしている中で、防衛の兆候はあれど、反乱そのものの兆候はあまり感じられない。そのことを伝えると、国王はふむ、と顎に手をやる。
「意識しないと分からないが、反乱の兆候そのものは巧妙に隠され、ずっと続いていた。
例えば"装備"を追加発注していたり、軍部に所属する諜報機関が不明な失踪や除隊を繰り返したり、な。
―丁度、この場には諜報部隊出身の人間が何人かいたな。君たちは、最近の軍部の人事についてどう感じている?」
周囲で護衛を務めていた近衛兵、だけではなくヴェルディに向けて国王が質問を投げかけると、予想外の動きに彼らは硬直する。
「…ふむ、発言をして、後ほど君たちの給与や待遇に何か手を加えるといったことはない。
今、君たちの視点で軍部の動きを評価してほしい、そう言っているのだ」
彼は静かに言うも、周囲が黙り込んでいることから、仕方ないと言いたげにヴェルディが真っ先に口を開いた。
「この場で発言をすることをお許しください。
―陛下の仰る通り、私が所属していた頃に比べ、諜報機関の人事について過去よりも厳しいものとなっています。
しかし、それが反乱への企て、というよりも近隣諸国の侵略を概ね終え、安定期に入っていると認識していまのですが」
彼女の言葉に国王はそう見えるか、と呟く。
「成る程。貴重な意見を出してくれて感謝する。
しかし、君たちの周辺にも不当に諜報機関から排斥された者が居たはずだ。確か、ドウルと言ったか。
あの者は、君たちと仕事をしながら何をしていた?」
「…………、」
そう遠くない過去に、マクスウェルによって潰された同期の行動を思い出し、ヴェルディはそれ以上答えられなくなってしまう。
「そうだな。諜報機関の人間は潜入することに長けており、何でもそつなくこなせるように教育される。
そんな人間が除隊され、その他の場所に流し込まれたということはどういうことだと思う?」
「……」
国王の言葉に、誰もが黙りこんでいたところ、マクスウェルが口を開く。
「平和による除隊という耳障りの良い言葉を盾に、元々何でも出来るような優秀な人材を職員として送られて喜ばない領主はいない。その実態はスパイとして情報を集めさせる、ということか。成る程、なかなかやることがずる賢い。
ドウルも、パラナの側近として仕事は問題なくこなしていたからな。
そんな警戒はしても、その紹介を断る口実はなかなか作りにくい。回りくどいとは思うが、時間を度外視すれば有効な方法だな」
「君の話す通り、この国の領主たちに、軍部は思った以上に内面的に絡みついてきている。
しかし、そんなことをしていてもここ十年以上、なんの行動を起こしていなかったのも事実だ」
国王はそう話しつつ、最後の紅茶を飲み干し、カップを置いた。
そんな話をしている内に前菜は食べ終え、彼はナプキンで口元を拭い、両手を組んだ。
「―さて、前菜は終わったかね。
そろそろメインに入ろうか」




