三十四日目 王の下まで
日も傾き、夜になった。
自室に戻ったマクスウェルは着替えを済ませ、軍部の紋章が刻まれたえんじ色のスーツを纏い、下に黒いシャツ、えんじ色のネクタイを着けて、不満そうに服の皺を伸ばすように叩いた。
前髪もオールバックにしてワックスで固めて、長い髪は後ろで一つに纏めた。
「……、全く」
更に用意された革靴を履き、漆黒の手袋を填めつつ、マクスウェルは面倒くさそうに部屋を出た。
道すがら、通り過ぎていった屋敷のメイドたちに奇異の視線を向けられながら、いつものポータル前に着くと、同じく、えんじ色のスーツを纏ったパラナが待っていた。
マクスウェルとは違い、下のシャツは白く、ネクタイも薄い灰色のもので、マクスウェルよりも落ち着いた様子となっている。
普段、整えているのか放置しているのか判断に困る金色の髪はしっかり整えられ、普段は感じない威厳のようなものを感じる。
パラナに対して、隣に立っているヴェルディは、軍部のコートを纏っているものの、普段通りの鉄仮面を着けて静かに佇んでいる。
「待ったか?」
「いや、今来た所だ。こちらも準備に無駄に時間がかかってな」
とても面倒そうに彼は呟き、マクスウェルは笑う。
「ここでそこまで言えるなら大丈夫だな。行くか」
「そうだな。お前も腹が減っただろう?」
二人はお互いを茶化しあって、ポータルへ入っていく。
ポータルを通った先、王城の転移室も他と変わりなく、殺風景ではあるものの、進む道を示すようにカーペットが敷かれており、半分開いていた扉から光が漏れている。
扉を開くと、壁一帯に飾り付けられた照明が出迎え、二人は迷惑そうに目を細める。
光に目が慣れてきたところで、一行はカーペットに導かれるまま進んでいく。ただ、壁に掛けられている観賞用の花や所々の窓はステンドグラスとなっており、手間がかかっているのはよく分かるが、余計な装飾のないパラナの屋敷に比べるとあまりにも煌びやかで、目が疲れる。
「……マクス、一つ聞いていいか」
「なんだ」
くらくらしながら通路を進みつつ、パラナがふと呟く。
「お前が王をしていた時の城もこんなのだったか?」
「私の城は城塞だ。なんの戦術もない装飾なんてするわけないだろう」
「そうか。…少し暗くすることはできるか?」
「任せろ」
詰まる所、眩しくて迷惑だ、とパラナのリクエストを受け、彼は二つ返事で魔法で周囲の光度を下げると、大分見やすくなった。
「よし、これで歩きやすくなったな」
「今回ばかりはお前に同意だ」
マクスウェルも面倒そうに頷き、無言のヴェルディを連れ、三人は先に進んでいく。
「止まれ」
先を進んでいくと、彼らに声を掛ける二人の人影があった。
彼らの前に立ちはだかったのは、防護服を着た兵士たち。服の下からはいつぞや見た、灰色のスーツが見え、スキルを装備しているのは間違いない。そんな彼らに向けて、パラナが礼儀正しく名乗る。
「任務ご苦労。国王陛下より招集を受けた、軍部のパラナと申します」
それを聞いて二人は止まり、端末を取り出してしばらく操作していると、彼の名前を見つけたのか、一人は敬礼して脇に寄った。
「失礼した。陛下から直々にお声がかかっていましたね。ところで、二人の従者についても確認はできますかな?」
もう一人が確認のため、二人の所属について聞くと、パラナは隠すことなく答える。
「一人は私の直属の闘技者。名は"天魔"。もう一人は私の従者として登録されている"接続者"だ。二人とも、私は登録していたはずだが」
彼の言葉を聞いて、再び端末を操作して確認していたが、確認が取れたのか、彼も敬礼して道を開けた。
「確認が取れました。パラナ様の護衛の二人ですね。
お時間取らせて申し訳ない。陛下がこれより先でお待ちです」
「問題なかったか。情報の確認、感謝する。―行くぞ」
一行は全員止められることなく検問を通過し、二人に見送られながら先に進む。
「―流石に、今日は警備もしっかりしているな」
パラナは二人の兵士が見えなくなったところで呟いた。
「普段はもう少し緩いように聞こえるな」
「ただの謁見なら、距離も相当離れてるし、直接の謁見はまず許されん。従者まで聞かれることは稀だからな。
私のような者であっても、簡単に顔を見ることすら許されんのが、ここの国王だ」
「随分と厳重なんだな」
マクスウェルの率直な感想に、彼は鼻で笑う。
「裏を返せば臆病とも言われて仕方ないがな。
一部の反国王主義者の常套句は、あの臆病者を引きずり降ろせ、とまで言われるザマだ」
「必ずしも、臆病者と言うわけでないとは思うがな。顔を見せられない理由があるのだろう。
逆に、御前試合の功労者とは言え、私達のような者に会食を誘うとはただの臆病者とは思えん」
マクスウェルの反論に対し、パラナもふむ、と考えを改め、まぁ、と答える。
「真意はこの先、陛下と会った時に分かるだろう」
「そうだな。わざわざ私たちに危険を冒してまで声をかけた理由を確認せんといかん」
二人は改めて今回の目的を擦り合わせ、先へと進んでいった。
そのまま通路を進んでいき、二度目の検問に当たった。
「パラナ様とその一行ですね」
通路を防ぐ、一人の年老いた執事。程よく伸ばした白いヒゲと、少なくなった髪は綺麗に整えて不快感を与えない。そしてピシッとしたスーツを纏い、その佇まいから只者ではないと理解する。
しかし、彼らは臆することなく問いに答えた。
「えぇ。これが陛下からいただいた招待状です」
パラナは素直に昨日伝令から手渡された招待状を渡してみせると、彼はそれを受け取って、文面を確認する。
「確かに、ここで発行している封印の刻印、判子の型も間違いない」
執事はそう言って笑顔で招待状に手をかける。
「だからこそ、お通しするわけには―」
「邪魔だ」
執事が不穏な動きを見せた瞬間、マクスウェルが即座に反応して執事を蹴り飛ばし、招待状を取り戻そうとする。しかし、奇襲されたにも関わらず彼は後退してマクスウェルの間合いから離れた、と思いきやその動きを読んで蹴りの体勢から踏み込み、拳が顔面に突き刺さる。フェイントを織り交ぜた一撃すら、執事は受け止めて笑う。
「なかなかいい動きをなさる。闘技者にしては、ですが」
「これ以上は挑発行為と受け取るが、良いのか?」
"天魔"は受け止めた拳を振り払い、念の為再確認するが、彼は笑ったまま構えを解いて、パラナの下まで歩き、招待状を手渡した。
「陛下と謁見するだけの相手とは聞いていましたから、少し試させていただいただけですよ」
「……、そうか」
マクスウェルもそれを聞いて構えを解いて、服のシワを手慣れた様子で直している。
「陛下も、なかなかに心労を抱えてらっしゃる。此度の御前試合で、貴方がたに声がかかったことも陛下の心労を少しでも和らげるため。
意地悪なことをして申し訳なかった」
執事は申し訳無さそうに話し、頭を下げたところでパラナはそれを止める。
「顔を上げてください。少なくとも、ここにいる方々は陛下に寄り添う者たちとして認識しています。
詳しい話は分かりませんが、私のような僻地にいる領主の息子に声を掛けるなんて、よほどなのでしょう?」
パラナは相手を気にする素振りを見せながら、事前に今回の目的を聞き出そうとするが、相手はそれほど単純ではないようだ。
「えぇ、詳しくは陛下から直接お聞きください」
「分かりました。では、行こうか」
結局情報は特に聞き出せず、三人は少し乱れた服を直しつつ、通路の先を進んでいった。
―彼らが去った後、パラナの後ろ姿を見送っていた執事は服についた埃や汗を払い、深く息を吐いた。
「……天魔、と言ったか。確かにあれは勝てるかもしれん」
一瞬だけ感じた、奈落に堕ちたと錯覚するほどの殺意を思い出し、彼は身震いした。




