三十三日目 夜更けの天体観測
試合を終え、帰路の途中、パラナたちが迎えに来ていた。
「ただいま、帰ったぞ」
「そうだな、お帰り」
労いの言葉をかけるが、浮かない表情をしている。
「言いたいことはあるだろうが、一旦屋敷に戻ろうか」
パラナが言わんとしていることは分かっていたが、彼は帰宅を促すと、仕方ないといいたげに先に進んでいった。
屋敷に着いた途端に、マクスウェルは窮屈そうにしまっていた翼を広げ、胸に手を当てる。
「…悪いな、先を急がせて」
「理由があったんだろう、何かあったのか?」
「奴をぶちのめす前に、刺されたじゃないか。あの錫杖、毒を仕込んでたみたいでな。神経毒みたいだったが、あまり即効性がなかったのもあって、今更効き出してな。解毒するにしても、制限解除が必要だったんだ」
マクスウェルは深呼吸しながら答え、パラナはそうか、と呟いて扉を開ける。
「体調も良くなったら、いつもの部屋で待ってる。話はそこでしよう」
「分かった、すぐ向かう」
パラナはそれだけ伝え、従者たちと一緒に出ていってしまった。マクスウェルはあまり気にした様子はなく、目を閉じてから地面に座り込み、ゆっくり呼吸を続けていた。
「―よし、行くか」
数分経過して、体調が改善したのを確認して、彼もパラナとの集合場所に向かっていった。
―パラナの個室兼、離れの一角にある大きな望遠鏡が備え付けられた天文台に向かうと、彼は既に天体観測をして待っていた。
「パラナ、入るぞ」
「あぁ、適当にしていてくれ」
いつも通り、マクスウェルは適当な椅子を引っ張り出し、それに座ってから小さく頭を下げる。
「まずは、命令を無視したことは悪かったな」
「そうだな、お前が一時的な解呪をしてまで無視したのには意味があったんだろう?」
先ほどの戦いの後、パラナからの命令―あの軍部の敵を殺せ―それを無視したことについて聞くと、彼は申し訳無さそうに答える。
「まず一つ、あの状態から勝てる自信がなかった」
「……お前がか?」
普段、自信満々な姿ばかり見ていただけに、その答えに驚き、パラナも望遠鏡から顔を外す。
「冗談で言ってない。敵の力量を判断した結果の答えだ」
真面目にマクスウェルが答えると、彼はそうか、とだけ呟いて続けた。
「他には?」
「あそこで暴れたら、犠牲者が多すぎる。お前の無事も保証出来なかったからな」
「仮に、私があれを殺せるなら死んでも構わんと言ったら?」
マクスウェルの答えに、淡々とパラナが聞くと、彼は鼻で笑う。
「もしも、の話は嫌いだな。だが、仮にお前がそこまで覚悟できていたとしても、私は戦わなかったよ」
「その理由は?」
「お前を殺してまで、目的を果たす気はないからだ」
マクスウェルは目をそらさず、はっきりと告げる。それを聞いたパラナはさもおかしいと言いたげに笑い出した。
「おかしいか?」
少し不満げなマクスウェルに向け、パラナは笑いながら答える。
「そうだな、おかしいよ。
―そうか、お前はそう言ってくれるのか」
「?」
よく分からないと言いたそうに、マクスウェルは頭にはてなを浮かべる。彼はひとしきり笑った後、一息ついてから話しだした。
「まぁ、お前の気持ちは嬉しいよ。ありがとな、マクス」
「…? そうか?」
意味のわからない礼を言われ、彼は困惑気味に応じる。パラナは一旦天体観測に戻り、話を変える。
「とりあえず、お前の考えは分かった。一応確認なんだが、あれには勝てるのか?」
「本気を出せばな」
彼は即答するが、パラナは苦笑した。
「本気、本気か」
「…確かに、言い方が悪いな。わかりやすく言うと、今日の試合で見せた姿、あれよりも上の姿がある。
そこまで変身できれば、勝てる」
「まだ変身を残してたか」
「どうだ? 怖いか?」
冗談っぽく笑うマクスウェルにつられ、パラナも笑い、星を見ながら話し出す。
「ところで、帰り際にさり気なく言われたんだが、明日の夜、国王との会食の予定ができた。
当然、お前には護衛として来て欲しい」
「構わん。それとクルドとヴェルディは?」
突然の話に、彼は即決し、他の護衛を確認すると、望遠鏡を操作しながら答える。
「仕事もあるから、他の護衛はヴェルディだけだな。クルドには、シナロアと別の行動を頼みたい。大丈夫か?」
「シナロア含めて構わんぞ。別に、あいつに何をしていたか聞いても構わんのだろう?」
「大丈夫だ。妙なことをさせると言うより、残ってた仕事を代わりに仕上げて欲しくてな」
仕事の話をされ、彼は疑問を覚える。
「夜まで仕事をしないと消化できない位なのか?」
「いや、私たちの仕事自体、明日は午前休みにした。
たまにはリフレッシュしたい、というのが建前で、国王との謁見もあるからな。仕立て屋に寄ったりする必要があって、時間が足りん」
「なるほど、その代わりに少し長めに仕事を頼んだということか」
マクスウェルも納得したところで、パラナは笑いながら話す。
「そういうことだ。何なら、シナロアには護衛を頼んでたからな」
「それは初耳なんだが、あいつは了解したのか?」
「大丈夫だ、許可ももらってある」
「ならば良い」
本来自分の部下である割には、マクスウェルは興味なさそうに答え、パラナは意外そうに彼を見る。
「思ったより何も言わないんだな」
「別段、この老人がとやかく言うことではないからな」
「そうか」
パラナは再び天体観測を始め、マクスウェルはところで、と話を変える。
「お前はよく、望遠鏡をみているが、星を眺めていて楽しいか?」
「楽しいよ。これは私の趣味でな、この望遠鏡も相当な金を注ぎ込んで改造を繰り返したおかげで、色々な星や惑星も見ることができる」
パラナは少し楽しげに話しだし、そうだな、と続ける。
「この望遠鏡の改造には教育の所に結構協力してもらってたんだ。
何せ、遠くの星を見るというのは結構難しい。天文学の専門にも声をかけてもらって、この望遠鏡を改造を始めてた。
手短に話すと、基本的に肉眼での可視化を目的とした、レンズによる望遠鏡はだいぶ前からあったんだが、それより遠くとなると、肉眼での観察は難しい。だからこそ、星そのものが発する電磁波や赤外線から特定する仕組みも取り入れてもらうよう、提案してもらったんだが、如何せん設備の大きさが足りなくてな。
私もそこには頭を悩ませていたんだが、空間転移や座標操作の応用をすれば、ある程度解決するし、空間の縮尺を操作することでこの部屋でも大型天文台並の―」
「―楽しそうだな」
珍しく、楽しそうに趣味の話を続けるパラナに向け、マクスウェルは静かに呟いた。
「ところで、この惑星周辺に、小惑星ベルトとかはないのか?」
「―ん? あることにはあるが、そこそこ遠いぞ? どうしてそんなことを気にする?」
「何、後学のために知っておいて損はないと思ってな」
マクスウェルは意味深に笑いつつ、パラナは不思議そうに彼の質問に答え始めた。
「この時間帯なら、実際に見ながら解説できるかもしれん。確か、転写モニターもあったはずだが―」
普段に比べて俄然やる気のパラナの説明を聞きながら、マクスウェルも興味深そうにメモを取っていた。
そんなことをしながら、今日も夜が更けていく――




